【第百十一話】 お礼参り
灰色の雲が空の大部分を覆う曇天の下。
少々肌寒い通りの真ん中を二人で歩いている。
皆で朝食を取ったのち、洗濯したり風呂掃除を終わらせてからなので時間としては昼前ぐらいだろうか。
隣には騎士団の制服を着たレオナがいる。
いつも朝早くに家を出るレオナが何故こんな時間に出勤しようとしているのかというと、本日は休みを与えられたらしいのだが、それゆえに俺を宮殿に誘ったというわけだ。
勿論その目的は先日までの騒動に関わった人達、言い換えれば巻き込んでしまった人達へのお礼巡りである。
最初は何で俺がと思ったりもしたけど、そんな理由を聞かされては断るわけにもいかない。
少なくとも姫様、アン、アメリアさんには改めてお礼を述べなければいけない立場なのは俺も同じだ。
本来なら人に言われる前に自分の足で手土産の一つでも買って行くのが筋だとすら言えよう。
わけの分からん山登りをして酒を食らってる場合じゃなかったぜ。
さすがはただ一人の真っ当な社会人。
レオナはその辺りも抜かりはなく、予めアメリアさんやアンに渡すためのお詫びの品である【良い酒】を予約しておいたらしい。
俺にしてみれば何で二人にだけ? という疑問は当然のものなのだが、姫様に【個人的なお礼の品】を送るなどという愚行がそう簡単に許されるわけがないとのことだった。
そういう話を聞けば聞くほどに普段の俺がいかに死と隣り合わせな言動を連発しているかを思い知らされるわ~。
服装一つ取ったって同じ。
何で休みなのに制服着てんの? というこれまた至極真っ当な疑問も『私服で王宮に入っていいわけないでしょ』とか言うんだぜ?
俺なんて常に私服というか、何ならほぼ部屋着レベルの格好だったんですけど。
今もそうなんですけど。
普通に考えて庶民に正装とか求められても困る。
この前の何とか伯爵の家に行く時に初めて着たってぐらいなのに、それで非常識だなんだと言われてもね。そういうのは最初に教えておけって話だ。
『アンタはそういう奴だって認識されてるからいいんじゃない? 陛下や隊長達も言及しないし。だからって無礼な真似をしたら髪の毛燃やすけど』
ってレオナが言うぐらいだから今更取り繕う必要も無いんだろうけど。
あとしれっと髪の毛を人質にするな。
「それにしても、リリがあんなに食い下がるなんてねぇ、なんかあったわけ?」
手土産を購入し店を出たところで不意に昨夜の話題が飛んでくる。
朝起きてようやく夢オチ疑惑を脱したとはいえ、まさかこんな俺が結婚だなんてと浮かれるのも何だか違う気がして複雑な心境だ。
勿論レオナのことは大好きだし、そこに不満はない。
とはいえなし崩し感も強いし、まず付き合うところから始めてじっくりと関係を深めるものだと知識だけでは思っていた男女の仲が諸々すっ飛ばして結婚とか無茶苦茶過ぎるだろう。
戦国の世とも言える剣と魔法の世界であるがゆえにそういう文化なのだと言われれば返す言葉も見つからんけど、にしたって権力者とかが絡んでくるとすげえ面倒臭そう。
いや勿論レオナのことは大好きなんだけど。
「別に色っぽいことは……ほぼないけど」
確かにリリ一人だけ協議すべきと頑なに引き下がらなかったな。
まあ家族同然に五人で過ごしてきて勝手にカップルになられてもって気持ちは分からんでもない。
所謂サークルクラッシャー的な、皆の関係が変化するのは誰だって望まざるところだろう。
俺だって皆が皆と仲良くなったし、それなりに信頼関係や餌付け関係は築いてきたつもりなのでそんなのは寂しいし嫌だ。
とはいえリリ個人と何かあったかと言われても、あんまり思い当たる節もない。
看病したり……あとはまあ、体を拭いてやったりしたぐらいで。
「……ほぼ?」
すかさずギロリと、訝しげな鋭い目が向けられる。
言葉を濁したのが気に入らなかったらしい。
「ないって、マジで」
あれはただの看病だ、うん。
「そりゃあ、俺がリリにとって頼りになる存在かどうかは何とも言えないけど、なんだかんだで色々やってきたからな。お前の言うところの面倒見の良い兄ちゃんぐらいの感覚じゃねえの」
「ほんとにそれだけかしら……ま、あたしとしてもリリと離れて暮らすつもりは全くないし、もう最悪リリももらってあげて」
「いやいや、許されるのかそれは」
「別に夫人が一人じゃないといけない法律はないじゃない。平民がって意味では一般的とは言い難いけど」
「そ、そうなの? 法律とかの話は全然分からんけど、そういう世界なの?」
何ていうんだっけそういうの、一夫多妻?
でも王様とかも奥さんが亡くなってから独り身って言ってなかったっけ。
だから子供が姫様しかいないわけで、そう考えると禁止じゃないというだけで一般的ではないのだろうか。
一般的だからといって無茶な制度だとは思うけども。
貴族とか金持ちならまだしも一般人がどうやって複数の奥さんを養うんだよ。
そういうのは特権階級だけでやってろと言いたい。あと世の中のイケメンは死ね。
「アンタやリリが納得しようとしまいとリリを見捨てて出て行く気もない、出て行かせるつもりもない。それは理解しておいて。第一マリアなんてもはやアンタの子供一号みたいになっちゃってんじゃないの」
「子供というかペットというか……リリよりもまずあいつの方が絶望的に自立不可能なんじゃねえのか。まあ殺し屋やってるよりは二千倍マシだとは思うけどさ」
「それを否定するわけにはいかないけど、あんまり甘やかすのもねぇ。というか、二人に懐かれてる分にはまだいいけど他の女に浮気したら許さないから、本気で」
「あるわけないだろそんなこと、こっちに知り合いの一人すらいないってのに。俺が口説くのなんてお前と姫様ぐらいだぞ?」
「姫様に手出したらぶっ殺すわよ」
「急なマジトーンやめて? というかだな……」
「ん? 何よ」
「そういう話をするなら、そもそも俺の立場で結婚すること自体が大丈夫なのかって問題があるよな。お前とリリだけは知ってる事情で俺はここにいて、最終目標としては元の世界に帰るのを目標にしてんだぜ?」
「あぁ~、そういやそうだったわね……最近もう普通にというか当たり前にというか、馴染み過ぎてすっかり忘れてたわ。だけど少なくとも今すぐどうにかなる問題ではもないわよね」
「まあフィーナさんが居なくなっちゃって、途方に暮れてたというか絶望感に満ちていたのは事実ではあるけども。そもそもフィーナさんが生きていたところで一年二年でどうにかなるとも思えん難題を突き付けられてはいたけど……」
ただまあ、方法が無いという状態から一応の道筋だけは得られる可能性がある状態には変わったことも事実ではある。
言わずもがな昨日の神様とのやり取りというか提案というか、持ち掛けられた交換条件がそれに該当するわけだ。
とはいえ、三千万溜めるのとどこの誰が所持しているかも分からない肉体を回収するというこれまた無理難題と果たしてどちらが現実的なのやら。
どっちの腕だったかもう覚えてないけど、アンがその一つを受け継いでいることが周知の事実なのだとしたら、他の体を所持いている奴だって有名な存在という可能性は大いにある。
そういう特殊な能力を持っている人間を聞いて回ればある程度は絞り込める気がしないでもないけど、大前提としてこの国に生きている誰かとも限らないわけで。
そうなると他所の国を回り回って探さなければならないという規模の要件になっちまう。
見付けて会いに行くだけでもどれだけ時間が掛かるのかって話だし、見つかったとてどう交渉してそれを返してもらうのかという話でもある。
どんな人間が今その対象になっているのかは分からんが、どう考えても金では解決しないだろう。
それこそ三千万詰んだところで到底足りないというか、値を付けるなら価値はそれどころじゃないはずだ。
なら事情を話すか?
神様が困ってるんですって?
全部返してくれたら願いを一つ叶えてくれるんですって?
そんな話を吹聴しようものなら現在の所持者である誰かが代わりに神様の体集めを始めかねないっつーの。
それこそ俺の口を封じてでも、他の誰かを殺めてでも。
いやそれは勝手な憶測であって必ずしも悪党の手にあるとは限らないんだろうけどさ、アン以外に腕が一本、足が二本、そして心臓だっけ?
五つもありゃ全員が全員話の分かるまともな人間という保証なんてないし、人知を超える力を持っているということはそれなりの地位や立場を得ているはず。
もはや見つけたとしても簡単に会いに行ける人物なのかも怪しい。
この前あった襲撃事件が良い例だけど、ただでさえ敵対している国があっていつ戦争になるか分かんねえって情勢らしいというのに、もう考えれば考える程に途方もない。
いやぁ……確かにどうにかなる日が来るイメージが全然浮かばねえわ。
「ま、それは考えましょ。結婚するしないには関係のないことだし」
「あるだろ……いつの日かこの世界からいなくなるかもしれないんだぞ? そりゃ現実的にいつかと言われたらずーっと先の話かもしれんけどさ」
「じゃあそれが全てじゃない。少なくとも今日明日にどうにか出来る問題じゃないんだし、遠い未来のことを考えても仕方がないわよ。ま、そういう意味ではリリが事情を知ってる側でよかったわね」
「よかったのかそれは? 第一あいつが元凶というか、俺をここに呼び出した張本人なんだから当たり前だろうに」
「これ以上話がややこしくならずに済むじゃない。別に帰るのを諦めろって話じゃないし、何か考えが見つかればちゃんと話は聞くから」
難しく考えたって何かが良くなるわけじゃないわよ。
そう言って俺の背中をパチンと叩き、レオナは一歩二歩前に出て宮殿に向かう速度を少しばかり早めた。
言いたいことは分かるし後ろ向きにならないように励ましてくれてるんだろうけど、あんまり気楽に構えられても困るんだけどなぁ。




