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【第百十話】 第一回俺は誰の嫁評議会


 風蓮荘に帰り着いた頃にはすっかり日が暮れていた。

 月明かりを頼りに通り抜ける真っ暗な森の中もこれだけ人数がいると怖さも感じない不思議。

 赤信号皆で渡れば何とやら、ってやつだ。

 そもそもこの世界の月って日本で見る何倍もデカいから比例して明るさも強いもんで、いかにも闇ってほどの暗さは無いんだけどね。

 腹も満たし、適度に酒も飲んだことで頭もふんわりいい気分だし、もうベッドにダイブするだけでぐっすり眠れそう。

 なんて暢気なほろ酔い気分は、玄関を開いた瞬間に全部纏めて吹っ飛ぶこととなる。

 ただいま~、とかって皆で声を揃えるなり目に入ったのは玄関で転がっているマリアの姿。

 途端に自分が何をやらかしたかを自覚し冷や汗がダラダラと流れて来る。

 あぁ……家のこと完全に忘れてた。

 洗濯物とかマリアの飯とかマリアの飯とかマリアの飯とか。


「マリアァァァァァァァ、すまーーーーーーん!!」


 同じく『あ、忘れてた』みたいな顔で固まるリリやソフィーと共にマリアを起こし、すぐにテーブルに座らせる。

 そして大急ぎで大量の米をフライパンに放り込み、山盛りのチャーハンを皿に積んでやった。

 聞けば夕方からずっとそこで俺の帰りを待っていたらしい。

 誰からの情報かって?

 ちょうど風呂から出てきたレオナです。

 ああ勿論レオナも拗ねていたさ。

「何であたしも呼んでくれないのよ!」

 と憤慨するレオナに皆で(一番飲んでたジュラ以外)平謝りし『その場のノリで決まっちゃんたもんでさ~』とか言い訳し、次は皆で行こうと約束してどうにか留飲を下げて貰った次第である。

 そうしてマリアが二杯目の特盛チャーハンを食べ、レオナがその横で晩酌をする中、俺達は順に風呂に入ることに。

 何を隠そうレオナの指示で風呂に入ったら集合するようにと言われたのだ。

 話があるとのことだけど、心当たりは特に無いし二人も同じっぽい。

 前みたく深刻な様子じゃないのがせめてもの安心材料だけど、何の話だろう。

 ……ん? 前みたく?

 そういえば昨日の夜なんか似たようなこと言われなかったか?

 そうだ、俺とレオナが結婚するみたいな。

 思い返してみれば全然詳しく聞けてなかったぞ。

 いや事情みたいなもんは聞いたけど、結局それによって今後どうなるのかも、どうするつもりなのかも分かっていないままだ。

「なあレオナ……」

 と、思い出した俺は……というか朝あんだけ浮かれてたのに何で忘れてんだと自分の馬鹿さにドン引きな俺はそれを確認しようと目の前でグラスを煽るレオナに声を掛けようとするも、丁度そのタイミングで最後に風呂に行ったリリが出て来たため一瞬反応して目が合っただけで終わってしまった。

 ちなみに今日は俺が頑張ってくれたからと一番風呂を勧めてくれた皆にありがとうと言いたい。

 いや、言ってる場合じゃなさそうだけど。

「お待たせしました~」

「ううん、急ぎの話ってわけでもないし皆お疲れでしょ。ゆっくりしてくれてよかったわよ。取り敢えず皆座って、悠希はここ」

 待っている間に洗い物をしている俺に向け、レオナは隣の椅子をポンポンと叩いた。

 言葉が途切れたことに気付いているのかいないのか、ともあれ全員が改めてテーブルを囲んでいる。

 マリアはもはや睡魔に負けつつあるらしく、目を半開きにしたまま薄っすら体を揺らしているがとにかく五人が椅子に腰を下ろしたところでまず切り出したのはソフィーだ。

「何だかいつもと違った感じですけど、どうしたんですかレナちゃん~」

「なんていうか、こんな風に改まって話すのもちょっと照れくさくはあるんだけど、一応は皆に報告しとかなきゃいけないことがあって……」

 自己申告の通りレオナの表情には若干の恥じらいが浮かんでいる。

 皆が続く言葉を待つ中で出て来たのは、まさに俺が聞こうとしていた話題その物だった。

「私……結婚することになって」

「…………」

「…………」

「……Zzz」

「おいマリア寝るな」

 聞きたいことそっちのけでツッコんでしまった。

 代わりにリアクションを声にしたのはリリだ。

「なるほど……次はどこの貴族様を調査すればいいんですか?」

「リリ……あんた悠希と同じこと言ってるわよ」

「悠ちゃんがそうだったなら皆おんなじということですからね~。で、今度は何に巻き込まれたんですか?」

「違うのよソフィア、今回はそういうんじゃない……とも言い切れないんだけど、相手はコレだから」

 すんごい控えめにこちらを指差し、俯き加減の視線が俺に向けられる。

 突拍子が無さ過ぎて瞬時の理解が困難だったのか、またしても沈黙が室内を包んだ。

 数秒の間を置いてようやく言葉の意味を咀嚼したらしい二人は揃って頭上にクエスチョンマークを浮かべる。

 もっとも、リリはビックリマーク付きだったが……。

「はい~?」

「ええええ!?」

「…………?」

 リリの大きな声でアリアが目覚めた。

 いや全然そういう場合じゃないんだけど、俺は俺でどういう立場でいればいいのか分かんねえっス。

 だって寝耳に水なのは俺もあんま変わらないし、唯一事前に聞いていたからといって三人にそれを説明する側の人間でもないだろどう考えても。

「悠希さんが結婚相手ということですか? それってどういうことですか!?」

「落ち着いてってばリリ、ちゃんと説明するから」

 一人興奮気味に身を乗り出すリリを宥め、レオナは事の経緯を説明し始めた。

 中身はというと俺が聞いたのとほとんど同じだ。

 例の馬鹿息子の父親であるバンディート伯が婚姻を撤回した。

 その理由として挙げたのがレオナには既に婚約者がいることを知らなかったという話で、先走って話を進めようとしたことを申し訳なく思うと付け加えて国王及び近しい上流階級達に報告、通達したのだそうだ。

 残念ではあるが本人達の意思を蔑ろにしてまで強いるつもりはない、という主張によって双方の面子を保った。それが真相であることも隠す必要のないこの場では特に誰を気遣うでもなくレオナは明らかにした。

 勿論それは決闘のことを伏せたいがための理由作りではあるのだが、当然ながら聞かされた側にしてみれば、ではその婚約者は誰だということになる。

 レオナ本人にとってもこの望まぬ婚約が解消されるのは喜ばしいことであるのに間違いはないためその言い分をあっさりと否定してしまうわけにもいかず、咄嗟に出る名前が俺しかいなかったというのが実情だった。

 そしてそれらの事情を聞いた王様やゴリラのみならず本当の事情を知っているアメリアさんまでもが予想外に祝福ムードを醸し出し、今更実は嘘なんですと言うわけにもいかず引くに引けなくなったというわけだ。

 なんつーか、王様に関してはそうなれば愛娘に俺みたいな馬の骨……いや犬の糞が言い寄らなくなるだろうという裏テーマがありそうな気がしてならないんだけど。

「それはつまり、嫌々悠希さんと結婚するということですか?」

「お前それを言うなよ……薄々そう感じて俺も喜んでいいのか虚しくなるべきなのか分からなくなってんだから」

「そ、そうじゃないわよ。実際真っ先に浮かんだのがアンタだったわけだし、そりゃ恋人とかじゃなかったかもしれないけど……もうアンタならいいかなって思ったから否定しなかったわけだし」

「それはつまり……素直に受け止めてもいいってこと? 消去法ではなく?」

「また貴族だの騎士団内の序列だのに振り回されるのも煩わしいし、もうこんなのはご免だって気持ちはあるけど……あんたならいいかって思った気持ちに嘘は無いわ」

「まままま、まじ?」

「アンタは馬鹿だけど、間違いなく馬鹿だけど……毎日ご飯も作ってくれるし、家事も出来るし、ここにいる三人だけじゃなくてソフィアの所の従魔たちだって世話を焼いて、懐かれて、そういう面倒見の良いところもある……あとあたしのこと大事にしてくれそうだし……」

「…………」

 そこで頬を赤らめるなよ、俺も恥ずかしくなってくるだろが。

 まだギリギリ夢オチを疑ってたんだぞ俺は。

「あの時言ってくれたでしょ。一人ぐらいあたしのために無茶する馬鹿がいてもいい、とか……惚れた弱みとか……」

「……聞いてたのかよアレ」

 お前意識無かったんじゃねえのかよ。

 そう思って恥ずかしいこと言ってたのに。こんな辱め酷いわ。

「で! もうあたしは覚悟というか受け入れる決意もしたし、こいつには拒否権無いから一応皆には言っておかないとって思ったの」

 レオナも恥ずかしいのは同じらいしく、どこか開き直るような声の張り。

 別にレオナと結婚するのを拒否する男はいないだろうが、それでも拒否権無しってのはどういうことなんだぜ?

 ああ、そもそもその貴族が変な言い訳しなきゃならない原因を作ったの俺だもんね。そりゃそうだ。

「といっても、結婚するからってどこかに行くわけでもないし、今まで通りここで暮らすから生活自体は変わらないでしょうけど」

「仰りたいことは分かりました。実際わたし達が暴走したこともそういう話の流れになった理由に大きく関係しているので頭ごなしに駄目だとは言えない立場なのも何となくですけど理解はしました。なので一旦今日のところは保留ということにしましょう」

「え? なんで?」

 相変わらずぬぼーっとしたまま黙っているため話を聞いていたのかどうかも怪しいマリアはさておき、百パーセントとまではいかずともある程度の理解と納得はした風のソフィーが何かを言い掛けた時、掻き消すようにリリがパチンと手を叩いた。

 保留という予想外の結論にレオナもきょとんとしている。

「だって、これは家族のことですから。二人だけで納得されても困ります」

「ど、どういうことよ」

「悠希さんのお嫁さんは皆が納得の上で決めるべきだということです」

「ちょ、ちょっと待って? じゃあリリは反対ってこと?」

「反対とまでは言いませんけど、機会は平等であるべきだと思いますです!」

「そんな力一杯言われても……ちなみに、ソフィアやマリアはどう思ってるわけ?」

「ん~、前回の一件とは全然事情が違っていますし、私は双方同意であるなら反対しようとは思っていない感じですかね~。勿論ここを出て行くという話になるととても寂しいので情に訴えかけるぐらいはするかもしれませんけど~」

「出て行くつもりはないってば。マリアは?」

「……ん。別に、どっちでもいい」

「どっちでもいいって……そんな無関心みたいに」

「無関心、違う。そのままここで暮らしても、レオナ出て行っても、マリアもついていくから一緒。今と変わらない」

「え……どういうこと?」

「悠希、いないと生きていけない」

「わたしもです!」

「ええぇ……」

 ブレないマリア、乗っかるリリ、ドン引きのレオナ、にこやかなソフィー、空気に徹する俺。

 もはやカオス過ぎて収拾が付かない気しかしない。

「みんな悠ちゃんのことが大好きですからね~♪」

「ということでこの件は後日改めて『悠希さんは誰の嫁評議会』で審議を続けるということで」

「いやいやいや……陛下に話がいってるのよ? 後から撤回なんて出来ないってば。出来たとしてもするつもりもないけどさ、悠希に失礼だし」

「……つーかお前そのネーミングだいぶボロクソ言ってなかったか? あとなんで俺が嫁側なんだよ」

 やっぱり我慢出来ずにツッコミだけは入れてしまう残念な男、その名も俺。

 結局この後もしばらく堂々巡りが続き、『家族の問題である以上は全員が納得する結論を話し合って見つけるべきです』というリリの主張(最後の方はもう『レオナさんだけズルいです』とか言ってた)と、半ば意地になって『もう決まったことだし、お互いの同意があるんだから絶対撤回しないから』というレオナの主張(拒否するつもりはないがそもそも拒否権がないので同意という意味ではした覚えもない)が落としどころも見つからないまま延々と繰り返され、最終的にマリアが寝落ちしたところで『対外的に撤回出来ないのならひとまずレオナの嫁(仮)とする』『後日改めて議論の場を設ける』『この結婚が成立したとしてもリリとマリアはセットで付属する』という双方の譲歩と呼べるかどうかも分からん条件で話を切り上げることになるのだった。

 いやぁ……モテる男はつらいぜ。

 なんて浮かれる気には不思議とならないんだが。

 陛下がどうとか貴族がどうとかって、決闘した時と変わらんぐらい話がややこしいことになってんだろこれ。

 自分が蒔いた種と言われればそれまでだけど、一般人の俺をそういう世界に巻き込んでくれるなというのに。

 あとレオナの嫁(仮)ってなんだよ。


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