【第百五話】 フォールレイス連山
馬車に揺られ続け、若干ケツが痛くなってきた頃。
ようやく外にいる兵士の誰かが到着と停止の合図を大きな声で叫んだ。
正確には分からないが王都を出て大体二、三時間といったところか。
俺に限らずだけど、途中で普通に寝落ちしていた時間もあったためもしかしたらもう少し長かったのかもしれないがとにかく、ようやく仕事が始まるということだ。
馬の休憩という意味も込みで一度休憩を挟んでいて、もうその時点で全く見覚えのない風景だったので随分と遠くに来たことだけは間違いないだろう。
一つ欠伸を挟んでゾロゾロと馬車を降りていく一行に続くと、なるほど確かに目の前には縦にも横にも無数の山が連なっている緑の景色が広がっていた。
フォールレイス連山とかいうんだったか。
連山なんて言葉は正直初めて聞いたわけだが、この様を見れば納得という感じである。
一つ一つはそう大きくなさそうだけど、純粋に密集しているがゆえに面積が広いといった具合だ。
比例して? 高さはそれ程でもなく、頂上に上るのにも何時間もあればいけそうな感じ。
あくまで距離にしてという話であって山道をそれだけの時間歩き続けられるのかはまた別の問題なのだろうが。
あと登っても奥なり横に別の小山があるせいで外から見ただけでは奥行きもどこまで続いているのか分からん。
これを徒歩で探索しろって?
スペシャルだるいぞそれ……水とかは支給してくれるらしいとはいえ、この手の仕事ばっかだな俺。
「フリーワーカー諸君は集合してくれ、段取りを説明する」
おっさんの偉い人。
すなわち……名前は忘れたけど、責任者的な人が声を張ると皆がぞろぞろと集まっていく。
唯一バンダーと相方の不審者だけは聞いて居た通りに別行動になるらしく、周辺をウロウロして中の様子を窺っていた。
「ここからは各パーティーで別れて散策をしてもらう。君達一組につき我々騎士団員が一人で一つのグループという構成だ。我々が担当するのはあの一番高い山がある手前まで、それよりも向こうは別の町から派遣された部隊が同じタイミングで調査する手筈になっている。重要なのは魔族、或いは魔獣を発見することではなく痕跡を見つけること、すなわち本格的な討伐隊を組む必要性の有無を調査することだ。くれぐれも独断で危険な行動は避けてくれ。我等はあくまで調査隊、君達はおろか我々にも無謀な戦闘は可能な限り回避するようにとお達しも出ている。無事に帰ることが一番であると常に頭に入れておいてくれ」
学校のホームルームや全校集会とは違うので特に了解や了承の返事がリターンされることもない。
いや、昨今じゃ学校でも教師の話とか誰も聞いてない気がするけども。
とはいえこういう場面ではそういうものなのかオッサンも別段気を悪くした風でもなく、部下の人に目で合図を送るとそれぞれのグループに宛がわれる兵士が傍に付いた。
俺達に寄って来たのは二十代半ばと思われる金髪の兄ちゃんだ。
騎士の方も予め俺達素人に帯同する組と騎士同士で組んで捜索する組に分かれることが決まっていたらしくペアに分かれるのもスムーズだった。
つーか三人グループなので他所とそう変わらないはずなのに、人間以外の仲間が多くてなんかうちだけすんごい大所帯である。
魔物使いという珍キャラは他にはおらず、大抵が武器を持っているし手足や銅に鉄製の防具とか身に付けていて、イメージといえばそれまでとはいえ何かそういう格好だけで強者感が溢れる不思議。
つっても所詮は雑用の仕事なので平均年齢はだいぶ低いんだけどね。きっと本物の強者というかこの道の上級者はこんな仕事受けないんだろうさ。
「俺はゲイツだ、よろしくな。山に入るにあたってまずこれを渡しておく、ここのリーダーは誰だ?」
金髪兄ちゃんは堅苦しさを取っ払った挨拶を口にし、紙切れと小さい竹笛をこちらに差し出している。
見た感じ紙切れの方は地図っぽい。
つーかリーダーとか言われても、そんなんいないんだが?
ただのポンコツ雑兵軍団なんだが? って、ちょっと待てい。
「おい、無言で俺を見るな。俺がリーダーなわけないだろ」
「いやぁ、悠希さんが一番しっかりしていると言いますか、色んなことを考えてくれると言いますか」
「そうですね~。判断力や行動力は私達よりはあると思いますし、何より大家さんですし」
「大家さん関係ねえ……というかジュラ達含めりゃ半数以上がソフィーの使い魔なんだから絶対ソフィーのがいいって。それかいっそジュラ」
「むしろこの子達のことも見ておかないといけないからこそ全体の纏め役は悠ちゃんにお願いしたいかなぁと。ジュラはやってくれなさそうですし」
「当然だろう。どこにそれを是とする理屈がある」
ですよね~。
「まあいっか。リーダーだから何をするってわけでもないだろうし、分からないことはこの騎士さんに聞けばいいだけだし」
不毛な押し付け合いは『それいつまで待てばいいの?』みたいな金髪兄ちゃんの無言の圧力が中断させた。
というわけで観念して地図と竹笛を受け取る。
つっても俺に渡されても地図の見方なんてロクに知らんし、こういうのは必要な奴が持っておくべきだろう。
「何かあった時には笛を鳴らしてくれ、それが緊急または何かを発見した時の合図になる。どちらであっても近くにいる兵士がすぐに駆け付ける。ルートは地図にある通り、ある程度まで登ったら散らばって探索だ。姿が見えるか声が届く距離感を維持して適度に、そして適切に散開してくれ」
「おっす」
あんまりダラダラしていると怒られそうなので素直に了承。
すぐに金髪野郎は『では出発だ』と歩き出したので大人しく後に続いた。
「リリ、これ持ってな。ソフィーはこれ」
竹笛をリリに、地図はソフィーに押し付ける。
二人は不思議そうに俺を見て、そのまんま疑問を口にした。
「わ、わたしが持っていていいんですか?」
「悠ちゃんは何も無しでいいんですか~?」
「俺が地図なんて持ってたって仕方ないからな。ジュラにしろリンリンにしろ人より目も耳も鼻も利くんだから、効率を考えてもソフィーが持ってるのが一番だろ」
「この笛は?」
「何かあった時の備えってんならリリが持っているべきかなって。一番運動神経無さそうだし、一番トロいし、一番怖がりだし」
「……わたしの評価が酷過ぎる」
「いや、別に馬鹿にしてるわけじゃないんだ。単にお前が一番心配だってだけで」
「そ、そうなんですか? えへへ……」
「…………」
え? どこに喜ぶ要素あったの?
こいつ怖っ。
思いつつもやっぱり金髪の真面目にやれとでも言いたげにこちらを見ていたので敢えて言及はせず、そのまま山を登っていく。
木々に囲まれてはいるものの日光は入ってきているし、足元もそう乱雑に草が生い茂っているわけでもないので歩くだけならそう苦労はなさそうだ。
言われた通りに足跡だとか、何かが争った形跡だとかを探しつつ奥へ奥へと進む静かな森はこれといって不穏さや不気味さみたいなものも感じない。
地図には各組の担当範囲やルートが記されているため割とスムーズなのも幸いしているのだろう。
ただただ山に放り込まれて何か探してこいとか言われても絶望感しかないだろうことは想像に容易いだけに。
とにかく、今の所は目に見える範囲では特に何も異変もない。
というか仮にバケモンがいなかったとしても普通に野生の狼とか猪とかが出てきたりしたら怖いんだけど、あと蛇とか。
まあ……猪は前にリリが爆殺したし、狼の上位互換みたいなリンリンがいるし、蛇の究極形態みたいなジュラがいるので怖がるのもどうかと思うが……。
「そろそろ他の組ともだいぶ離れた頃合いだろう。ここらで俺達も範囲を広げていくぞ」
山道を歩き始めて二、三十分が経った頃。
金髪君が散開のタイミングを告げた。
つまりはここからはバラバラになって探索するということだ。
「悠ちゃん、どうします~?」
「散らばらなきゃならないならペアを作ろう、幸いにも総数は六なわけだしな。ソフィーはジュラと、リリはリンリンと、俺はポンだ」
「なるほど~、ちなみに組み分けには意図があるんですか~?」
「お前達二人には何かの際に一緒に戦える相棒が必要だろ? その時にジュラと連携を取れるのはきっとソフィーだけだし、鼻が良くてデカくて強いリンリンがいればリリも安心だろ?」
「それだと悠ちゃんはポンちゃんで大丈夫です?」
「俺は素人だからな。最初から何かあれば逃げ一択だし、ポンなら俺を持ち上げながら空飛んででも逃げてくれるだろ。安全な場所までソッコーで逃げる、その手段があれば俺は大丈夫だ」
「「なるほど~」」
「手分けっつってもそんなに広範囲に散らばらなくていいって話だし、最悪声も届くだろうから叫ぶなり笛吹くなりして助けを求めろよ? こんだけ静かなら何があるとも思えんが……」
「了解ですっ、リーダー♪」
「ですっ」
「やめろっつの。それからポン、話は分かったな? 俺はバケモンと戦う腕力とかないし、あっても実行する気ゼロだから即逃げるぞ。俺が指示したら俺を掴んだまま飛んで逃げるんだぞ?」
『ホー!』
頭上から了承の意味だと思われる力強い鳴き声が返る。
直後に首と脳天に激痛が走った。
「いででで、ちょ……おま、馬鹿待て!」
『ホー?』
「ばかもん、脳天を掴んで持ち上げようとするんじゃないよ。首が取れるわ! 現実には人はタ〇コプターでは飛べないんだよ」
『……ホー』
反省、みたいなテンションで言ってっけど……ほんとに分かってんだろうなこいつ。
普通に頭鷲掴みにして飛ぼうとしたんだけど。すんげえ痛い、主に頭頂部。