【第百三話】 チーム風蓮荘
迎えた翌朝。
俺達は起床するなり軽く飯を食い、身なりを整えてすぐに出発した。
今日は俺の異世界人生初の三人組となってのお仕事だ。
洗濯とか風呂掃除はもうパス。んな時間はない。
飯に関しても昨日作ったスープと一切れのパンのみ。
同じくゆっくりしている時間もないし、今から仕事だってのに腹一杯にしてちゃまともに動けなくなる&絶対途中で眠たくなる。
言い訳ではないが、余り物を食ってるわけじゃないぞ?
これは所謂作り置きだ。予め次の日の朝昼に食うために多めに作っているという主婦の時短術だ。
毎日毎日朝昼晩キッチンに立っていられるか。大抵同じようなもん作るのに。
とまあ今はそんな話はいいとして、今日も今日とて森の中を歩いて王都へ向かっている。
三人での仕事とは言ったものの、実際にはもっと賑やかな面子だ。
俺とリリ、ソフィーに加えてジュラ、リンリン、ポンという珍獣軍団も同行しており、もはや傍目に見ればサーカスでも始めるのか? って勢いである。
残念ながら俺の癒し成分ことルセリアちゃんはお留守番。
一人で残していくのはとっても心配なので一緒に居残りしようとしたのだが、マリアがいるから大丈夫だと即決で却下されました。
そんなわけで何一つ気乗りのしないまま王都に向かっている。
というか、もう仕事がどうとか心底どうでもいい。だってそれよりも俺の興味関心の全てを独占していることがあるんだもの。
「悠希さんっ、わたしの話聞いてますか!?」
ボーっとしていると、突如耳元で響いたリリの大きな声が我に返らせた。
そういえばずっと隣で何か喋ってた気がするけど、全然届いてなかったわ。
それを察したのか見上げる顔が片側の頬を膨らませた不満げなものへと変わっていく。
「すまんすまん、ちょっと考え事してた」
「考え事?? 何を考えていたんですか??」
「そりゃ、まあ……」
当然ながら昨夜のレオナとのやり取りしかないよね。
どうやらループ要素ではなかったらしいいつかと同じ台詞は、その後こんな感じで続いたのだから。
『あたし……結婚することになったの』
『…………そ、そうか。で、今度はどこの貴族と隊長をぶっ飛ばせばいいんだ?』
『やめなさいっての。そう毎回毎回運よくお咎めなしで済むばっかりじゃないんだからね?』
『んなこと言ったって、お前が変な事言うからだろ。リリやソフィーも言ってたけどな、どんだけ怒られてもまた同じことがあったら俺達も同じことをするぞ?』
『分かってるわよ。だからこうやってちゃんと話をしてるんでしょ。皆と約束したし、また心配掛けちゃいけないと思って報告してるんだから。って言ってもアンタの場合ちょっと事情が違うんだけど』
『どゆ意味? というか誰と結婚すんだよ、今度は何に巻き込まれたんだお前』
『そういうのじゃないってば。ただ話の流れというか、行き着く先としては仕方がないていうか、あたしも腹を括るしかない気がしてるっていうか……』
『つまり、結婚させられるのは事実ってことなのか? 絶対に認めんし許さんぞ、誰だよ相手は』
『…………』
レオナが無言のまま指差す先にいるのは……というよりも、この場にはそもそも一人しかいない。
唯一伸びた人差し指が向いている先は。
『……え? 俺?』
レオナは無言のままで、微妙に視線を逸らしつつ小さく頷いた。
その照れと恥じらいの混じった表情が冗談で言っているのではないと告げている。
『……そうか、これは夢か。だったら覚めなくていいから一生夢の中にいるよ俺』
『違うっつーの』
軽くビンタを見舞われる。
なるほど、普通に痛い。
『だったら何の冗談なんだよ……ちゃんと説明してくれ』
『要するに、ね』
と、前置きして語り出したレオナの説明は、言われてみればまあ納得出来るような出来ないようなという話だった。
要約するに、例の貴族様は馬鹿息子の婚約に際して色々と段取りをしていたらしく身近な人間や仲の良い貴族、ひいては王様にまでそういう予定であることを事前に漏らしていたらしい。
そんな中で今回の一件によって話は無かったことになったため祝う側に先んじて用意や準備をさせてしまうわけにはいかないと直ちに婚約解消を伝えたのだとか。
その理由として告げられたのがレオナに婚約者がいると知らなかった。本人たちの意思を尊重したい。という言い分で、それに関しては円満に解決しているとも言ってくれたそうだ。
『ある意味では自身の体裁を保ったというか、面子を守った意味もあるんでしょうけど……破談になったからには周囲も理解や納得するだけの理由が必要だったってことみたい』
『なるほど……なあ』
『で、そういう理由で結婚の件が無かったことになったとして、じゃあそれは誰だって話に当然なるのよ。とはいえあたしだってアンタ達の一連の行動なんて知らされてなかったわけで、それを朝議の場で陛下の口からその件を振られて咄嗟に話を合わせはしたんだけど寝耳に水すぎてどう答えたらいいのか困っていたらアメリア隊長が助け舟を出してくれたのね。実はそんなのいませんとは言えないから……アンタってことになっちゃった』
『いやアメリアさん誤魔化すの下手かよ……』
『咄嗟に出せる名前なんて他になかったし、伯爵がそんなことしてたなんてこっちも知らなかったから口裏合わせる時間なんてあるわけないんだからしょうがないでしょ。陛下や他のお偉方の前で宣言しちゃったし、何だか凄い祝辞を述べられちゃったから今更撤回も出来ないし』
『そ、それじゃつまり……レオナは俺の嫁?』
『そういうことに……なっちゃう、かも』
『かもってなんだよおおおおお!! 最終的に何かモヤモヤするだろおおおお!! 喜んでいいのか浮かれちゃ駄目なのかどっちなんだよおおおおおおお!!!』
『あ、あたしだって急にこうなっちゃってよく分かってないんだってば。だから詳しくは後日ちゃんと話しましょ、その節のお礼もちゃんとしなきゃだしアメリア隊長やアンリと食事の席を設けることになってるから、あんたもその時来なさい。あとどうなるか全然分かんないからまだ皆には内緒だから! 今あたしから言えることは今はそれだけっ。じゃあおやすみ』
レオナも恥ずかしいらしく逃げるように去っていく。
こうして知らない所で勝手に結婚しそうになっている謎現象と相手がレオナって事実、そしてただのその場凌ぎでそういうことにしておいただけという現実の間に揺られまくり、悶々としながら一夜を過ごしたのだった。
というわけで回想終了。
真に受けるなと後で怒られそうだけど、それでも何だかニヤけちゃう。
「ぐへへ」
ワンチャンレオナが俺の嫁。
結局は貴族の体裁や何とか隊長の面子を壊さないための放言だろうから大した意味なんて無いのかもしれんけどさ。
「……何をにやけているんですか?」
「い、いや……何でもない」
あぶねえ、リリがすんげえジト目で俺を見てる。
レオナも言ってたけど、どうなるかも分からんのに吹聴しちゃ不味いよな。
むしろ暴走して余計なこと言って誰かの反感を買ったり貴族の面子潰してまた姫様やアメリアさんに迷惑かけることになっちゃ今度こそやべえし。
ってことで何とか疑いの眼差しを向けるリリを誤魔化し、王都までの道を進んでいく。
やがて辿り着いたいつもの町並みは、やはり夜が早い分こんな時間でも十分に人の往来が多く賑わっていた。
集合場所である反対側の正式な方の出入口に向かう最中、大通りで足元の犬が裾を引っ張って俺の足を止める。
「何だよ」
『ガウッ』
「ああ? ああ……」
進行方向右手にはいつもの串焼き屋。
マリアみたく匂いに釣られたらしい。
「またかよお前、毎度毎度ご馳走してもらえると思うなよ。うちはそんなに裕福じゃありません」
『くぅーん……』
「分かりやすくしょんぼりするんじゃないよ、俺が酷いことしてるみたいになっちゃうだろ。いや、この場合むしろソフィーが飯を食わせてない酷い主人みたいに思われるわ」
くーん、じゃないよ。
そういうの弱いんだぞ俺。だからポンにも何か対等なツレみたいな空気出されてるんだろうけども。
「あはは~、ちゃんと出る前に食べさせたんですけどねぇ……」
と、ソフィーも苦笑い。
それでいて素寒貧なので自分が払うとは言ってくれない残念さでござる。
「しゃあねえな……そん代わり現場に着いたらしっかり働いてくれよ。見回りなんだから下手すりゃお前の鼻や耳が一番の戦力なんだからな」
『バウ!』
「ったく、どいつもこいつも返事だけは一丁前でいやがる」
仕方なく店の方に寄って行く。
頼まれたら弱い俺の馬鹿。こんなことしてっから我が家のエンゲル係数はいつまで経っても下がらないんだよ。
「おっちゃんおはよー」
この肉串をの店と少し先にあるパン屋は俺の数少ない常連と呼べる場所であり、唯一世間話をする程度の関係を構築した人物でもある。
あちらも俺を覚えてくれていてるので気さくに片手を挙げてくれた。
「よう兄ちゃん、今日もいつものかい?」
「おっす。このケルベロスもどきがせっつくもんで」
「あいよ。毎度あり」
一本のはずが、結局ジュラにまで奢ることになって二本になってしまった。
こうなりゃ二人……というか一人と一匹にだけ食わせて俺達は見ているだけというのもアレなのでリリやソフィーにも確認してみたが、朝飯を食ったばっかなのでいらないらしい。
ついでにポンには来る道すがら家から持ってきたパンをちぎって与えているので寄越せとは言わなかった。
あと言い忘れてたけど家出てからずっと俺の頭の上にいる。
いい加減止まり木扱いもどうかと思うけどね。ソフィーに連れられてる時は肩に止まるくせに、何で俺の時だけ脳天限定なんだよ。
もう誰が珍獣使いか分かんねえぞ見た目的に。
「もう他の方達も集まっているみたいですね~」
そうこうしている間に大門が見えて来た。
風蓮荘がある方向とは逆の、他所の町であったり領地から出入りする際に使われる大きな門である。
確かにソフィーの言う通り、何かそれっぽいグループが二つ三つ固まって待機している感じだ。
俺達もあそこで待っていれば何か責任者的な奴が現れるのだろう。
慣れの問題か、熟練度の違いか、今から一仕事だってのに特に緊張感を漂わせている連中もおらず、それが少しばかり心の中にあった不安を解消してくれた気がした。
「て、てめえは……」
この辺りでいいんじゃね? ってことで他のグループの近くで立ち止まると、途端に横から声がする。
何事かと振り向くとどこぞで見た顔が一つ。
二十歳そこそこだと思われる年齢の茶色いロン毛で、胸部に鉄の胸当てを、両手首には金属製の籠手みたいな物を装着していて、鞘に収まった細身の剣を携えているいかにも戦士風な恰好をした男。
それは確かに見覚えがあり、忘れるはずのない顔だった。
ハンター×バンターことリック・バンダー。
いつぞやの王様の依頼やフィーナさんの付き添い仕事の時に行動を共にした男である。
「またお前かよ! 毎度毎度先回りして現れるんじゃねえストーカー野郎!」
思わず罵詈雑言が漏れる。
この前一応の仲直りというか和解をしたので蟠りとかは別にないけど、だからといって仲良しというわけでもない。
それにマリアに対する言動も忘れたわけではない。
「誰がストーカーだこの野郎、先回りってことは俺が先にいたんだろうが。お前が毎度毎度後から現れてるんだよ」
「悠ちゃん~、お知り合いですか?」
不穏な空気を察したのか、ソフィーがのほほーんとした空気を振り撒くことで緊迫感を和らげつつ間に入ってくれた。
計算してやってるなら中々の策士だなお主。
「ああいや、何度か一緒に仕事を受けた仲でな。悪い奴ではないんだろうけど、見た目のチャラい感じに似合わず普通に強いから気を付けろ」
「何で初対面の相手にわざわざ警戒を植え付けんだよ。ここにいるってことはお前等も調査隊に加わるんだろう?」
「そうだけど」
「互いに銭金のためにやってんだ。よろしくしようや相棒」
「それは構わんけど、なんか……お前とも腐れ縁になりつつあるよな」
「こっちも出来ることなら会いたくねえ顔だってこと忘れんなよ?」
そんなわけで山の中を見回るというだけの今回の仕事は、また無駄に賑やかな旅になりそうだ。