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【第百二話】 ファンタジック飽和中


 委員長と別れた俺達はその足で帰路に就いた。

 寄り道と言えるのはおやつ代わりに軽食を購入したぐらいか。

 そんなわけで小腹が空いていたため簡単に匂いに釣られ、安売りしていた型崩れパンを一袋を買って帰っている。

 ついでに言えば同じく腹が減っていたらしいリンリンにはイノシシ肉の串焼を一本買ってやった。

 いや待て、何でお前のが一番高いんだよ。

 こちとら廃棄パンで我慢してんだぞ。そしてソフィーより先に俺にねだるな。

 どちらも今更にも程がある不満だけどさ。


「いただきます」


 しばらくして家に着く。

 さっそくおやつタイムだぜってことで三人それぞれが着替えを済ませ、テーブルで向かい合った。

 目の前には破いた紙袋を皿代わりにしたパンの山、そしてさっそくソフィーが煎れてくれた紅茶のカップが三つ。

「すんなりと仕事にあり付けてよかったですね~」

「ですです。今日は幸運でした」

「それはそうだけどさ~、ただの見回りだから単価の安さはしゃーねえにしても三万じゃ家賃払ったらほぼ残らんぞ?」

「ひとまずお支払いが出来れば大丈夫ですよ~。その後のことはまたその時考えればいいんです」

「楽観的な……そんなだから当日になってドタバタすんだろ。まあ何だっていいけど、結局のところどこに行くんだ? 地名とか聞いても全然分かんねえんだけど」

「フォールレイス連山、ですねぇ。王都からでも半日は掛からない距離かと~」

「……フォールレイス連山?」

「あのドラン神殿の跡地がある場所です」

「何それ?」

「ええ? ご存知ないのですか~?」

「ああ、知らん」

 自慢ではないが、出てくる固有名詞大体全部知らん。

 のだが、その反応を見るにこの世界では常識みたいな何かであるらしいことだけは把握した。

 その証拠にリリが『はっ!?』とか言いながら慌てて口元を抑えている。

 なるほど、きっとまた反射的に俺の無知に大して余計な一言を口にしそうになったものの、そうすることで俺の怒りを買い頬を揉まれる展開になることをギリギリのところで察したのだろう。

 どうせなら言っちゃってから気付けよ、これじゃ揉めないじゃないか。

 まあ揉むんだけどね!

「何で揉むんでひゅか~、わたし何も言ってないです~。むしろ言いそうになったのを我慢したのに~」

 というわけで隣に座るリリの頬を両手でこねくり回してやると、やっぱり目を回しながらアワアワしている。

 この反応が面白くてやってるまであるね。

「だから強くは揉んでないだろ? これは俺の趣味みたいなもんだ。リリのすべすべ柔らかほっぺの虜なんだよ俺は」

「そ、そうなんでしゅか? だったらまあ、たまに揉むぐらいなら……」

「まじで!?」

「ほ、ほっぺた限定ですよ?」

「ちっ」

「舌打ち!?」

「冗談だよ。で? その何とか神殿ってのは?」

 気を取り直してソフィーに向き直る。

 身内相手ならどうにでもなるけど、こういう情報が不足しているってのはいつかボロを出してしまう気がしてならない。

「かつて神の血族、通称神族が住んでいたとされている神聖な土地です」

「へー、神様……ねえ」

 そんなんがいるのか。

 そういやさっきも魔王軍がどうこうとか言ってっけ。

 異世界ってだけでもアレなのに、どんどんファンタジーが加速していくなおい。

「その連中が暮らしていた神殿? がその山にある、と」

「正しくはあった、ですね~」

「今はないのか?」

「というよりは、終末対大戦の終結を機に綺麗さっぱり消えてしまったということのようです」

「なんだ終末大戦って」

「ええ!? それも知らないんですか~!?」

 やっぱりそういう反応になるらしい。

 ソフィーは俺の事情を知らんから仕方がない部分もあるとはいえ、普通にイラっとした。

 そんな空気を察したのかリリが慌ててフォローに入る。・ 

「ほ、ほら。悠希さんって以外と世間知らずなところがあるというか、常識とか関係無いというか、ね?」

「ね? じゃねえよ、人を馬鹿みたく言うな」

 フォローへたくそか。

「まあ私も……というよりは大多数の人間がそうでしょうけど、そういう歴史があったということぐらしか知らないんですけどね~。魔王率いる魔族と人間、神族の連合が争い合った世界最後の種族間抗争という表現が分かりやすいかと」

「ふーん。つーかそもそも魔王軍って時点で俺的には意味不明なんだけど、どういう終わり方をしたんだ? こうして人間の社会が存続してるってことは魔王軍とやらに勝ったんだろ?」

「魔王が滅びて人間、神族側の勝利に終わって平和を取り戻した、というぐらいしか私も分からないんですよねぇ。ジュラなら知っていると思うんですけど~」

「ジュラ? 何で?」

「あの子はああ見えても百年以上生きていますから~」

「そうなの!?」

 何その新事実。

 見た目普通に二十代ぐらいじゃん。

「あの手の種族は長命ですからねぇ。あ、噂をすれば」

 ソフィーに釣られて出入口に目を向けると、ちょうどそのジュラがダイニングスペースに入って来た。

 今日も今日とてボンバーヘッドな髪型とカラフルなシャツにロングスカート。

 元ヤンの主婦みたいな出で立ちだ。

「何だい揃いも揃って。ティータイムの茶請けにあたいの悪口でも言ってたのかい?」

「そんなわけないでしょ~。ちょっとジュラに聞きたいことがあって、単に丁度良い所にって話よ~」

「聞きたいことぉ?」

 怪訝そうに俺達を見渡すジュラにソフィーが話の流れを説明した。

 明日の仕事の件、そしてそれにまつわる話になって、その終末大戦の話題になったといった具合だ。

「それで~、物知りのジュラなら知っているでしょ? 悠ちゃんに教えてあげて欲しいな~って」

「はっ、何であたいがそんな面倒なことを。あたいに頼みがあるなら酒の一つでも持ってくるんだね」

 しっしと、心底面倒臭そうに右手を振る。

 取り付く島も無さそうな雰囲気丸出しだが、俺もいつまでも言われっぱなしじゃないんだぜ?

「おいジュラ、あまりデカい口を叩かない方がいいんじゃないのか?」

「そりゃどういう意味だい坊や」

「頼みごとをするなら対価を払えという言い分は真っ当なのかもしれない。だけどな、お前の主人は家賃も払ってくれないんだが?」

「…………」

「家主の真っ当な言い分として今すぐ追い出してもいいんだぞ、おおん?」

 凄む俺など歯牙にもかけず、むしろジュラはソフィーにジト目を向けている。

 そのソフィーは返す言葉も弁解の余地も見つからないのか『今日のところは何とか~』と苦笑いでジュラを説得していた。

「ったく、何をやってるんだか。まあいい、そのための仕事だと言うのなら今日のところは負けといてやるよ。ソフィア、あたいにも茶をおくれ」

「はい~。ありがとうジュラ」

「で、終末大戦の話だって?」

「ああ。それもそうだけど、その前にジュラって何歳なの?」

 額に痛みが走る。

 普通にデコピンされていた。

「女に年齢を聞くんじゃないよダメ男」

「いって……だってソフィーが百年生きてるとか言うんだもん」

「……ソフィア?」

「いえいえいえ、そういう話ではなくて~。ただ物知りだってことを言いたかっただけだから、ね?」

「終末大戦の話はしてやってもいいけど余計な話はしないよ。魔王の軍勢と人族との争いが激化して、いよいよ全面戦争になった。それが終末大戦さね」

「人族ってのは人間って意味?」

「いいや、人間と亜人を一纏めにした言葉さ」

「亜人って?」

「獣人だとかエルフやドワーフの総称だよ。魔王軍は人族、神族の両方と争っていたわけだけど、抗争が長引くにつれて双方が劣勢に立たされていったのさ。何せ弱点が顕著だったからねぇ」

「弱点ってのは?」

「人族と魔王軍の数は同等と言われていた、だけど非戦闘員の比率が明確に違っていたのさ。民間人や地方の村なんかを襲われちゃどうしても防衛に人員を割かなきゃならないだろう? 魔族だって全部が全部戦闘型じゃあないにせよ、大抵が人よりも魔力や肉体的な長所を持ち合わせているもんだ。そうでなくとも姿形は多種多様、戦闘力が無くとも飛んだり潜ったり姿を変えたりと何らかの特性を持っているからねえ」

「ほう」

「対する神族もまた同じ。連中は特異な能力を持っていて戦闘には長けていたけど、逆に絶対数が少なく数の力に対抗しきれない。その結果神族と人族は手を組んだってわけさ。そして力を合わせて魔王軍に対抗するべく主神ロザリアは自身の肉体が宿す特殊な力を人間に与えた。【神の心臓・不老不死のタナトス】【神の右腕・滅びのハルマゲドン】【神の左腕・癒しのアスクレピオス】【神の右足・破壊のラグナロク】【神の左足・完全防壁のアイギス】それら五つの力をね」

「アイギスって……もしかしてアンの?」

「そうですそうです~。そう言えば先日そんな話をしましたね~」

「話すだけ話して部屋に戻るつもりでいるんだ、余計な口を挟むんじゃないよ」

「あ、はい。すいません」

「でだ、人間の側も同じく国家の垣根を越えて英知を集結し五つの武器を作ったのさ。【魔剣ダインスレイフ】【聖剣クレイブ・ソリッシュ】【邪剣ティルフィング】【封剣レーヴァテイン】【剛剣モラルタ】この辺りはあんたらの方が詳しいんだろうけど、俗に言う【伝説の剣】ってやつさね」

「…………」

 だから、ファンタジーが加速し過ぎだっつの。

 もはやアニメとか漫画の世界の話になってきてるぞ。

「そうして最終的には人族と神族が勝った、それから少しして神殿は消えた。それが歴史ってやつさ」

「でもさ、だったらなんで残党とかいんの?」

「言っただろう、一括りに魔族ったって多種多様なのさ。あたいみたく元から魔王の麾下に加わってない奴もいれば魔王が滅んだのちに野に散らばった連中もいる。勿論人知れず集結し直して密かに機を窺っている馬鹿もいるってな具合でね。とりわけ当時でいう幹部の一部や女王の死は確認されていないんだ。どこで誰が何を企んでいるかなんて分かしゃしないのさ。だからこそ人間サイドも今なお危険な存在であると認定したままなんだろう」

「だったら普通に危ないんじゃねえのそれ?」

「身を隠して徒党を組んでいるのだろうということは昔から言われていますけど、当時取り逃がした数自体がそう多くはありませんし、表立っての争いなども何十年もないですからね~。そればかりは実害が生まれない限り想像の域を出るものではないかと」

「なるほど、ねえ」

「所謂残党であれ野生であれ人間にとって脅威になり得る可能性があることに違いはありませんので、どこかで目撃されればこうして国が調査に出向くというわけです」

「おっけ、歴史の部分とか人間の認識は分かった。これ以上はもう頭に入らん」

「なら話は終わりだね。あたいは戻るよ」

「ありがとうジュラ~」

 にこやかなソフィーに見送られ、ジュラはパンを一切れ手に取って去っていく。

 最終的にはよく分からんけど、一つだけ言えることははっきりしているぜ。

 その時代に呼び出されなくてよかったわ~。ゆーて最近は大概物騒な話ばっかり舞い込んでくるようになってっけども。

「話も一段落したし俺達もおやつの時間も終わりにすっか。俺は洗濯もん取り込んで来るわ」

「あ、わたしもお手伝いしますよ悠希さん」

「おうサンキュ。で、ソフィー」

「はい?」

「これ、ジュラに渡してやってくれ。レオナに買っておいた葡萄酒だけど、お礼代わりだ」

「いいんですか~? きっと喜びます♪」

 あいつも苦労してそうだし、たまには労ってやらねえとな。

 休日前とかはレオナとよく晩酌してるから最終的にはあいつの口にも入るだろ。


          ☆


 やがて夜も更け、今日も一日が終わろうとしている。

 その後は特に何があるでもなく普段通りに家事に勤しみ、皆で夕食を食らい、順に風呂に入ってあとは寝るだけだ。

 テレビもネットも娯楽施設も無いのでほんとそれだけのサイクルになりがちな異世界事情。

 普段なら今頃レオナが晩酌を始める頃なのだが、今日は残業でもあったらしく寝る前に明日の朝食に必要な物を準備しているとようやく入り口の開く音がその帰宅を告げた。

 そのままペタペタと足音を鳴らし、すぐに当人が現れる。

 人がいるとは思っていなかったのか、入って来るなり俺と対面したレオナは一瞬ビクッとして固まり、そのまま目を逸らした。

 気まずそうとは違う、どこか居心地が悪そうな表情で。

「おう、お帰り。今日は遅かったな」

「え、ええ……ちょっと仕事終わりにアメリア隊長と話をしてたら遅くなっちゃった」

「そうか。飯は食ったのか? スープやパンならあるぞ?」

「今日はいいわ。疲れたしお風呂入って寝る」

「そか」

「それで、ね。あんたに一つ言っておかなきゃならないことがあるんだけど……」

「何だよ」

 どこか神妙な顔付き。

 面と向かっては言い辛いことなのかレオナは背を向け、少しの逡巡ののちにいつか聞いたようなセリフを口にした。


「あたし……結婚することになったの」


 なるほど、ファンタジーが加速し過ぎてとうとうループ要素まで追加されちゃったわけか。


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