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【第九話】 炒飯記念日

2/19 台詞部分以外の「」を『』に統一



 カルネッタから帰った俺はひとまず部屋に戻ることにした。

 買い漁った物を整理したりしまったりしつつ、加えてベッドやらテーブルやらチェストやらの配置を少しでも自分の部屋風にしようと頑張ったものの途中で諦めたりしているうちにそこそこの時間が経っていることに気付く。

 買い物から帰った時点で夕方が近付いていたのだ。

 例によって携帯が時間を表示しない上に時計が無いので正確な時間は分からないが、ぼちぼち夕食にはいい時間帯になっている頃だろう。

 カーテンをめくって外を見てみると既に真っ暗になった物静かな風景が広がっている。

 キン○マみたいなライトのおかげで全然気付いてなかったけど、思っていたよりも時間は過ぎていたらしく茜色の空は見る影もなくなっていた。

 ただでさえ森の中にポツンと建っているということもあって町中にある家で感じるよりももっと暗い。

 同じことを言った気もするけど、そもそもなんだってこんな森の中にあるんだろうか。

 元々の所有者であるおばあさんは代々受け継いできたものだと言っていたし、昔は違ったのかもしれないな。

 そんなことを考えながら、そろそろ飯にするかと部屋を出ることに。

 寮で暮らしている時も割と他の奴等より飯の時間は早い俺である。

 飯を食って、洗濯機を回して、風呂に入って、その頃には出来上がってる洗濯物を部屋に干して、そこから漫画を読んだりパソコンで動画を見たりといった休息時間を経て眠たくなったら寝る。それが俺の生活サイクルってやつだ。

 そういえば……この国の文化水準的に洗濯とかってどうするんだろう。

 機械や電気が無いとはいえわけの分からん道具で代用しているし、機械文明より進んでいるのか遅れているのかの判断がすこぶる難しい。

 まあ……魔法とか言ってる分そういう次元を超えた凄まじいものがあることは確かなんだろうけども。

「……作りすぎじゃね?」

 頭では疑問を呈しながらも体はノリノリで炒飯を作っていたのだが、あまりにノリノリ過ぎたのか完成したこの瞬間に目の前にあるのはフライパンから溢れんばかりの山盛りの炒飯だった。

 いや、別にノリノリだったからといってノリでこんなことになったわけでも海苔を買い忘れたわけでもない。そもそも炒飯に海苔なんて入れない。

 謎のままだった例のクッキングヒーター的なボードが案の定それと同じ用途であることが判明し、まずそれを使って米を炊いた。

 何故コンセントも無いのに起動するのかという疑問はさておき、言わずもがな炊飯器など無かったのでソフィーに言われた通り釜で米を炊いたのだが、その釜がやたらとデカいサイズの物しかなく、ならばといっそのこと買ってきた米全部を突っ込んでやったわけだ。

 というか、そんなのは関係無しに単純に、純粋に、俺があの炒飯を作る時にやるフライパンを縦に回しながらしゃこしゃこ掻き混ぜる行為が好きだからという理由がほぼ全てだったと言ってもいい。

 なんかこう中華の達人になったような気分になってきてテンションが上がるじゃん? 悲しきかなしゃもじがなくて大きな木のスプーンみたいなので代用した分だけ普段ほど吠え猛りながらフライパンを振ることは出来なかったんだけど。

 あとはまあ、余ればクールジェルにでも入れておいて明日また食べればいいだろうという楽したい願望によるものだ。

 たかだか一介の高校生である俺がそう毎日料理なんて出来るかっての。男の一人暮らしなんて大体そんなもんだ。

 結局それも『あれ? ていうか電子レンジとかなくね?』という疑問が絶望感を生んだわけだけど、最悪またフライパンで温め直せばいいだろう。

 そんなわけで炒飯を皿に移し、そのために買ったブイヨンでスープを作って飯の準備は完成だ。

 水やらスプーンやらは既にテーブルで待っているソフィーが用意してくれている。

 ちなみにジュラやあの白い髪の女の子も誘ったらしいが、二人ともに断られたということだ。

 ジュラはネズミを食った後だったからという理由で、エルフのルセリアちゃんはそもそも他人と接するのが苦手らしく普通に遠慮されてしまったのだとか。

 あの儚げな存在感と美しさを見れば納得という感じではあるが、それを理由に仕事以外ではほとんど部屋から出ないというのだからマリアも含め引き籠もり養成所的な施設と化している感が否めない。

 殺し屋だったりスノーエルフだったりするので事情は全然違うんだろうけど、だからといってネズミを食ったという情報は正直聞きたくなかった。食欲が失せるわ。

「おはようございます~」

 出来上がった炒飯を皿に移していると、ふと後ろから元気の無い声がした。

 振り返るとリリがダイニングに入ってきている。

 眠そうな目を擦っているあたり昼寝というか転た寝というか、そこから目覚めた直後ということのようだ。

「リリちゃんおはよ~」

「おはよ」

 ソフィーに続いてそれに答えてはみたが、別に昼寝から起きてきたぐらいでわざわざ挨拶し直さなくてもいいんじゃなかろうか。キリがなさそうなのでこのお気楽コンビの言動に敢えてツッコミはしないけどさ。

「悠希さん、何してるんですか? すごく良い匂いがしますよ?」

 すんすん、と鼻をピクつかせたかと思うと、リリの寝惚け眼が活気を取り返す。

 そしててくてくと傍に寄って来るなり興味津々に俺の手元を覗き込んだ。

「晩飯に炒飯作ってたんだよ。丁度今出来上がったところだ」

「シャーザン?」

「どんな聞き間違いだ。チャーハンだよチャーハン」

 きょとんと首を傾げるな。可愛いだろが。

「なんですかチャーハンって」

「俺の国の料理……って言うのも中華だから若干違うんだけど、まあどこででも食べられるようなポピュラーな料理だよ。男の料理代表格といってもいい。山ほど作っちまったし、お前も食うか?」

「へ? いいんですか?」

「釜がデカいのをいいことに馬鹿みたいに米炊いたし、色々連れ回した詫びというか礼というか、そんなもんだと思ってくれりゃいいさ。それ以前に昼飯ご馳走になってるしな。ソフィーが駄目って言うなら涙を飲んで貰うしかないけど」

 ソフィーはこれを作るに際して一部費用を負担しているのだ。

 リリだけタダ飯を食うことに納得がいかないと言われれば、二人してショボーンとするしかない。

 勿論そんなのは杞憂でしかなくて、ソフィーはにこやかに『一緒に食べましょ~』と言って自分の隣の椅子を引いてリリを手招きしているし、俺だってそうなると分かってて言っているわけだけどね。

「でも、パンもいただいたのに」

 しかし、当のリリはどこか煮え切らない態度だった。

 いや、炒飯だから炒めきらない態度というべきか。べきじゃねえよ。

 見るからに遠慮している感があるのはその性格ゆえか、単純に得体の知れない食べ物に対する警戒心なのか。

 後者ならともかく前者であれば知ったこっちゃねえと、俺は一旦スプーンを置いて久しぶりに両頬をこねくり回してやることにした。

「いらないならそう言ってくれればいい、遠慮してるなら面倒くせえからやめろ。良いか悪いかじゃねえ、食うか食わねえかだ」

「ぜひいただきましゅっ」

「よし、席に着けい」

 手を離すとリリはすたこらとテーブルの方に駆けていく。

 頬を抑えながらではあったが、どこか嬉しそうな表情をしていたのは気のせいではあるまい。食べたくない、という理由じゃなくて何よりだ。

 ソフィーが『よかったね~』と笑顔で迎え入れたところで一つ追加した皿にも炒飯を盛り、スープと合わせてテーブルに並べたところで俺も席に着く。

 そして三人揃って手を合わせ、俺にとっては正体不明どころか現実かどうかも定かではない異国の地における初めての夕食の時間が始まった。


「「「いただきます」」」

 

 一言声を揃え、かちゃかちゃと音を立てながら各々が俺製の炒飯を口に運んでいく。

 自信作というほどの腕前でもないのだろうが、数少ないバリエーションの中では一番作る頻度が高い一品である。ちゃんとパラパラになるようにネットとかで調べたほどだ。

「おいしいですね~」

「あ、本当だ美味しい……なんだか逆にちょっとショックです」

「なんでショックなんだよ」

 炒飯を ロリと巨乳が美味いと言ったから 今日という日は炒飯記念日

 なんてオリジナリティー溢れる一句を心の中で読み上げていたというのに、なぜか複雑そうな顔をするリリである。

「いやぁ……わたしなんて全く料理出来ないのに、そう歳が変わらない上に男性である悠希さんが美味しい物を作るというのは色々と複雑な気持ちにもなりますですよ」

 そう言いながらも軽快にスプーンを口に運ぶリリだったが、まあにこにこしながら美味しそうに食べているソフィーも含め満足してもらえたなら何よりだ。

「というか、お前ら貧乏を自称するなら自炊ぐらい自然と身に着くもんじゃないのか? 買い食いよりも安く済むだろうに」

「誰も料理をしませんからね、いつしかそれが当たり前になってしまって……といっても朝昼兼用でパンだけに抑えたりしてますのでそこまで食費は掛かってないんですけど」

「ったく、そんな偏った食生活してるから育つもんも育たないんだぞ?」

「……体の話ですよね? 明らかに視線がある一部にのみ注がれている気がしてならないんですけど」

「邪推するもんじゃあない。だけどまあ、それはソフィーの魅惑的なおっぱいが完全に否定してるからあんまり関係ないのかもしれないけど、どっちにしても栄養的なことも考えるとパンだけってのはよろしくないだろ。炒飯だけってのも立派な晩飯とは言えないけどさ」

 ジト目を向けるリリ、そして『いや~ん』とか言いながら、恥ずかしがっているというよりも完全に悪ノリで胸元を隠すソフィーという何とも賑やかな食事の席。

 元々夏休みだからか、こういうのは随分と久しぶりに感じられる。

 同じ寮生活の友達はほとんどが地元に帰っているし、寮生活ではない同級生とは日中遊んでも晩飯まで一緒ということはあまりなかっただけに。

 別に夏休みじゃなくても女子と飯食うとかほとんど経験ないけどね。彼女なんていたことないけどね。

「ん?」

 生きててよかったわ~と、しみじみと感傷に浸っていると突如天井がギシギシと音を立てた。心なしか微妙に揺れも感じる。

 真上を見上げる俺が余程不思議そうにしていたのか、ソフィーがその疑問を解消してくれた。

「どうやらマリリンが起きてきたみたいですね~」

「ああ、そういうこと」

 つまり、この音はマリアが二階から降りてきているということのようだ。

 階段降りただけでギシギシなって揺れるってどんだけボロい建物なんだよ……せっかくの脳内ハッピーが台無しじゃねえか。

 呆れるやら、早くも鉄筋コンクリートが恋しくなってくるやらで情けなくなっていると、当のマリアがノソノソと現れた。

 リリの倍ぐらいの寝起き顔で、初対面の時の三倍ぐらいぬぼーっとした表情がまた随分と愛らしい。

 というか、昼と変わらぬ姿で黒いキャミソールみたいなのを着ているのだが、今度は肩紐が両方とも腕の辺りまで垂れ下がっていて胸元がほとんど見えそうになっている。もうそれだけでごちそうさまと言いたくなるレベルだ。

「おはよ~マリリン♪」

「マリアさん、おはようございます」

 俺がその胸を凝視しているとは知らずに二人は元気にマリアを迎え入れる。

 昼寝から起きる度に律儀にもおはようを言い合うのはこのアパートの習わしなのだろうか。

「……おはよう、シェスタ、ベル」

 マリアは挨拶を返したかと思うと、その顔を俺へと向ける。

 やべ、胸見てたのバレた!? 

 と焦る心の内をおくびにも出さずにしれっと『おはよう』で誤魔化そうとした俺だったが、見上げる先にあるキョトンとした顔が全ての言葉を喉の奥へと押し戻していた。

「誰? 的な顔で見るんじゃねえよ、さっき自己紹介して握手もしたろ」

「…………………………………………………………………………ゆ、ゆう……き?」

 凄まじい黙考の末、マリアは俺の名を口にする。

 幾多の『?』が頭の上に見えた気がしたが、敢えて口にはするまい。

 こいつは怒ったり理屈で責めたりするよりも褒めた方が伸びるタイプな気がする。

「そうだ、悠希だ。よく思い出したぞ、偉い偉い」

 というわけで馴れ馴れしくも頭を撫でてやると、マリアは恥ずかしそうに顔を伏せた。

 照れてやがるのか。初々しい奴め。

「それ……何?」

 どこか甘んじてされるがままでいた風なマリアだったが、一瞬にして関心が移っていた。

 矛先はテーブルの上にある皿、すなわち炒飯である。

 同時に、明らかにマリアが発信源であろう腹の音がダイニングに響いていた。

「炒飯つって、俺の国じゃポピュラーな男の料理だ」

「…………(じー)」

「試しに食ってみるか? ほれ、あーん」

 あーん、と。

 スプーンですくった炒飯を差し出してみると、躊躇うことなくマリアはそれを口に含んだ。

 ふはははは、これでさりげなく間接キスゲットだ。自分の策士っぷりが憎いぜ。

 なんともドス黒いというか、自分でも若干引いてしまうぐらいの変態具合な気がしないでもないが、マリアは気にもしていないのか無表情で咀嚼を重ね、やがてごっくんと飲み込んだ。

 それでいて視線は炒飯に固定されていて、瞬き一つせずに俺の皿を凝視している。

 リリの情報によればこいつは普段から食ってるか寝てるかってぐらいの食いしん坊なんだっけか。

「……多めに作ってるし、お前も食うか?」

「…………(コクコク)」

 今や口の端からよだれを垂らしながらも力強く頷くマリアだった。

 結局全員に振る舞うことになってんじゃねえか。と思わなくもないが、まあ引っ越しの挨拶というか手土産というか、そういうことにしておくとしよう。

 ソフィーもリリも完全に歓迎ムードだし、せっかく全員揃ったのだ。これが俺の歓迎会代わりだと思えば悪い気もしないさ。

 俺の歓迎会なのに俺が料理作るのはおかしいけどね!


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