第8話 Lesson1・部屋から出よう
「取り敢えずさぁ…まずは部屋から出ないか?」
「…嫌」
伊秩家2階の立夏の部屋。
とある休日の夜中…俺はその立夏の部屋の中で、部屋主と交渉中だったりした。
現在進行形でニートを決め込む妹、立夏。
先日、立夏にニート脱却の意思があることを知った俺は、まあ別にニート脱却を急かさないとは言ったものの、せめて…ニートはニートでも部屋からは出ようぜ精神のもとに彼女を説得していた。
「別に今すぐ働けとか、ニート辞めろって言ってる訳じゃないんだ。まだニートのままでいいからさ…せめて昼間とかさ、部屋から出てリビングとか来なよ。家からは出なくとも部屋くらいは出ようぜ」
衣類やゲームで床が埋め尽くされた立夏の部屋。
俺は床に座る事すらままならず、部屋の隅に立ったままで説得をしていたり。
一方の立夏は水色を基調とした淡い水玉模様のぶかぶかパジャマを纏い、布団の上で携帯ゲーム機をいじりながら曖昧な返事を返すのみ。
「別に部屋から出なくても不便感じてないし」
「お前ニート脱却すんじゃねぇのかよ!」
「いつかはね」
「あれっ? 脱却の意思が弱まってる!?」
…先日のあの日から、俺は夜中にちょいちょい立夏の部屋を訪れては、こうして雑談なり何なりをしていた。
ネットゲームのチャット以外、外部とのコミュニケーションが遮断された中にいる立夏に、何か少しでも刺激になれば…外に出るきっかけを掴めれば…との事で始めた兄妹の深夜のコミュニケーション(意味深とかじゃないよ)
他愛のない雑談なりまだしも、たまにニート脱却の話題を振ると、立夏はこうして曖昧な態度を取る事が最近のリサーチで判明。
まだ時期尚早か…
「アンタ…最近立夏と話した?」
「えっ?」
それは数日後の話。
学校から帰り、1人リビングでソファに腰掛けテレビを観ていた時に、ふとキッチンで洗い物をしていた母から聞かれた問い。
「立夏?」
「そう…アンタこの前、立夏の部屋に行ってなかった?」
キッチンから聞こえる母の声に、俺はテレビを観たまま固まる。
テレビではゴールデンタイム故に芸人たちがネタを披露するバラエティ番組が流れていた。
が、一気に眼中から消えた。
謎に冷や汗が噴き出す。
「…な、なんで?」
平静を装い、は?みたいな感覚で返事をしようとした矢先…あっ…ちょっと声が掠れた…
「なんでって言うか…この前夜にトイレに起きた時に、2階からバタバタ話し声が聞こえてきて…秋菜の部屋は1階だし、アンタが何か立夏の部屋に行ったんじゃないの?」
ジャバジャバと洗い物の音がキッチンからリビングへと広がり、元々小音量で流していたテレビの音を搔き消した。
す、鋭い…ってか、気づかれてたか。
ま、まぁ隠すことじゃないしな…
「あー…まぁ、うん。ちょっと最近話をすることがあったりして…」
バツの悪い喋り方過ぎる…と自己ツッコミ入れたくなるくらいに、しどろもどろに返答する俺。
何故だ…別に隠すような事ではない。
ただ妹と話をしただけの件なのだが、
何故だ…何故俺はキョドッている?
「ふぅん…ならさ」
キュっと水道に蛇口を捻り、水を止め。
洗い物を終えた母は布巾で手を拭きながら。
「ならさ…アンタ、立夏に言っといてくれない? たまには下に降りて来いって。顔見せろって」