第6話 ニートの生活その1
ニートをいつかは脱却したい、その意志はある。
みたいな事を言ってしまったけれど、
正直、このニート生活は中々に…
楽だ。
カーテンの隙間から射し込む光に瞼を刺激され、アタシは浅い眠りの中から目を覚ました。
「うぁ…頭痛い…」
目を覚まし、ちょっと頭を持ち上げたら走る鈍痛。
昨晩は遅くまでゲームをしていたからか…もしくは寝すぎたか。
身体を起こすのすら億劫。
そこに頭痛が加われば尚更。
アタシは1つ欠伸を噛み締め、冷たい飲み物で頭をさっぱりさせるべく、止む無く起き上がる。
床一面に散乱した漫画やゲーム、服の類いを退けて、よいしょっと立ち上がる。
そして立ち上がった時にちっちゃな立ちくらみ。
ああ…これは、
夜更かしゲームと寝過ぎが同時のヤツだ。
最後に外出したのは3ヶ月前。
伸びた前髪が鬱陶しくて、ゲームの邪魔で、しょうがないから切りに美容室へ行ったのが最後。
そこから3ヶ月間、アタシは1回も靴を履いていない。
外へ、出ていないから。
「……麦茶切れてるじゃん」
アタシは家の1階、キッチンの冷蔵庫の中を覗きながらため息。
とある平日の昼間、11時過ぎ。
お父さんは仕事、お母さんもパート、兄貴と妹は学校。
アタシ以外誰も家にいないこの時間帯だけが、アタシが自由に家の中を歩き回れる時間だ。
「……」
頭をさっぱりさせるべく、冷たい飲み物…麦茶を求めて頑張って頑張って自室のある2階から階段を降り、
日差しがたっぷり射し込む、南側に位置するリビングを通り抜け、
やっとの思いでやって来たキッチン。
しかしその頑張りは無に帰した。
麦茶が無い…
「……あぁ」
麦茶が無いなら作ればいい、ってみんなは言う。
でも麦茶を作るにはまずお湯を沸かして、パックを入れて、少し待って、出来たのを冷やして…で時間が凄く掛かる。
冷水からでも出来るタイプのパックを常備して欲しいと、我が家のキッチン事情に嘆くばかり。
と。
「…あっ、これ」
冷蔵庫の中、そこには麦茶は無くとも、2本の缶ジュースがあった。
兄貴の分と思われるドクぺと、妹の秋菜の分と思われるオレンジジュース。
あとは家族みんなの牛乳のみが冷蔵庫の中にある。
「…もらった」
アタシは何のためらいも無くドクぺの缶ジュースを手に取り、プルタブを押し引っ張る。
プシュっと炭酸飲料の炭酸が抜ける音がキッチンに響いた。
よくニートって事でネタにされる案件で、
声の出し方忘れた
ってのがある。
あれは間違ったニート知識だ。
声の出し方なんて、声帯がある以上忘れる訳がない。
声の出し方忘れた、じゃなくて、会話と言う概念が思い出せない、が正しい。
声は出せても、何を話して良いのか分からない。
言葉は出せても、会話が出来ない。
人間何年もコミュニケーションを遮断していれば、忘れゆく会話の概念。
高校時代は出来た因数分解だって、その手の職に就かなければ1年ぐらいで忘れちゃう。
それと同じだ。
まぁ、アタシは毎晩ネトゲをボイスチャットありでやってるから、会話の件についてはセーフなところなんだけど。
「……ふわぁ〜っ」
今日起きてから何度目かの欠伸を噛み締め、アタシは自室に戻り、パソコンを立ち上げる。
そしてパソコンを起動させてる間に、着ていた万年室内着のパジャマをポイポイと脱いでいく。
今は夏の終わり、9月。
自分の部屋のエアコンはおんぼろで効きが悪く、またパソコンも古いタイプで長く使うと熱を持ち出す。
それに…誰も家にいない状況、かついても誰もアタシの部屋には入ってこないし。
アタシは最近、ネトゲをする時は開放感の元にやるのが癖になってきてるみたいで、ついついこの格好になってしまう。
パジャマを脱ぎ捨て、床に散乱する衣類の中へポイ。
ついでにブラとぱんつもポイっとして、パソコン用の椅子の上にあぐらを組んで座り、マイク付きのヘッドフォンを装着。
これから挑むのは最難関のクエスト。
心構えをしっかりと。
ガチャンっと下から音がした。
今までゲームに熱中し、時間を忘れていたアタシはふと卓上の時計を見る。
時刻は午後4時半。
恐らく、妹の秋菜が学校から帰ってきた。
さっきのは玄関の扉を開ける音だ。
「…しまった」
と、そこでアタシは頭を抱えた。
しまった…1階のキッチンからごはん持って来るの忘れた…
…アタシは今の立ち位置上、あんまり家族と会いたくない状況下にいる。
お父さんやお母さんは何も言っては来ないけど、それがかえって何か申し訳なくて、中々に面と向かって会えないでいる。
兄貴や妹だってそう。
何を言われるのか、何て思われてるのか。
正直、この堕落しきった生活に楽さを覚え出してる反面、いざアタシの今のコレを否定されたら…って思うと、ちょっと怖い。
ニートなんて、なるもんじゃない。
苦しいだけだ。
いや、まあ苦しいだけじゃなくて、
楽なところもあるんだけれど。
とりあえず会いたくない妹が帰って来ちゃって、誰もいないウチに食料をキッチンから自室に運び、夜は引き篭もり生活をする、っていう算段がヤバくなってきた。
さっき麦茶飲みに行った時に何か持ってくれば良かった。
と、後悔をしながらも…まぁ1食ぐらい抜かしても良いか、と前向き思考を働かせ、再びゲームに意識を戻していった。