第八話「オカン、飯はまだか?」前編
皆さんは覚えているだろうか?
炊飯器が宙を舞い、内包された炊きたてのお米たちが、我が家のフローリングをねちょねちょにしてくれたことを。
俺は忘れていた。
つくもちゃんは目を逸らしていた。
スマホちゃんはあわあわしていた。
軽く掃除をした後、釜が無事だったので洗って米を研いだまでは良かったのだが、肝心の炊飯器本体が御陀仏なされていたのである。
「これじゃご飯は炊けないな」
そう告げると、つくもちゃんはまるでこの世の終わりじゃと言わんばかりの表情で目が虚ろになった。
「なんとか……なんとかならんのか?」
「ま、まあ鍋で炊ければいいんだけど、生憎と詳しい手順は知らないんだ。不味くてもいいって言うなら挑戦はするけれども」
「……グ○れカス」
えっ、スマホちゃん今なんて?
美しく可憐なボイスで、有名なネットスラングをぼそっと呟かれた衝撃ときたらもう。
「そんな言葉どこで覚えたの?」
「インターネットからです、マスター。この姿のままでもわたしの機能を操作可能みたいで、えへへ」
愛らしい笑顔でごまかされたが、人化したままインターネットへ直接接続できるって……リアル電脳化かよ。
「なんてうらやま……じゃない。スマホちゃん、そのままご飯の炊き方調べてくれる?」
「はい、おまかせ下さい」
静かに目を閉じ、んぅ~と小さく唸ったり、むむむっと眉を寄せたりと百面相を始めるスマホちゃん。
なんだかすごく微笑ましい。
飯が炊けるかもという期待からか、虚ろだった瞳に輝きを取り戻したつくもちゃんも、スマホちゃんへ暖かい眼差しを向けている。
「検索完了しました」
ものの数分もしないうちに情報が揃ったらしい。
「おおっ、でかしたのじゃ」
「ありがとう、それじゃあ俺が炊くからやり方を教え…………」
「マスター、それには及びません。僭越ながら、このわたしにお任せあれっです!」
何やらスマホちゃんがすごく張り切っている。
特に俺がやりたいわけではなかったので、任せてみることにしよう。
つくもちゃんの専属飯炊き係に任命されるのも嫌だから、このどさくさに紛れてなかったことにするって寸法よ。
さらには可愛い女の子の手料理も食べられるしね。
炊くだけだけど!
俺は内心ほくそ笑みつつ、スマホちゃんにお願いするのであった。
うん、腹黒いね俺!
まだ部屋すら出ない人たち。
話よ進め!