第六話「こっち来て」
さてさて、いい加減顔を上げるとしよう。
本当はもっと舐め回すように目に焼きつけたいのだが、このまま時間稼ぎしても仕方あるまい。
土下座状態から太ももをガン見していた視線を更に上へずらすのだ、頑張れ俺。
すると素晴らしい太もも、もといスマホちゃんであろう美少女が何やら頬を赤く染め、モジモジしながら俺を見下ろしていた。
光を反射して艶やかに輝く黒髪に、青色の瞳。
大きすぎず小さすぎず、程よく手のひらに収まりそうな胸とバランスの取れた美しいボディライン。
服装は黒を基調とした近未来的なデザインで、どこかのバーチャルアイドルさんを彷彿とさせる。
だがそれらの要素を加味して尚目を引くのは、ミニスカートとニーソックスの間に覗く絶対領域だ。
これは譲れない。
あっ、ついでにこの角度からだともう少し頑張れば何がとは言わんが、見えそうだ。
俺は思わず心の中でイイネ!ボタンを連打した。
「ま、ますたぁ………これ以上はそのっ、あ、あのっ、ぅぅ」
いかん、スマホちゃんがこれ以上ないくらいガチで真っ赤な顔で涙目になっている。
スカートを抑えようとして、でもどこか躊躇するように両手をさ迷わせては、こちらを窺うように潤んだ瞳で見つめてくる。
すごい可愛い。
まがりなりにもマスターと呼んでくれているからだろうか、俺の意思を最大限尊重しようとはしているが恥ずかしさのあまりそろそろ限界のようだ。
最初に話かけてきたとき、俺の奇行にお説教をかましてきた娘と同一の存在とは信じられないくらいの変わりようである。
「悪い悪い、あまりに魅力的過ぎてつい見とれてしまってな。それにしてもえらく可愛くなったな……一応確認しておくけど、君は俺のスマホ……でいいんだよな」
俺は名残惜しみつつも立ち上がり、スマホちゃん(仮)と目線を合わせ尋ねた。
「みみみ魅力的!か、可愛い!?でではなくて、は、はい、わたしはあなたのスマートフォンで間違いありません。あちらのつくも様にマスターが触れた瞬間、このような状態に」
俺の本音に対しあわあわしながらも、質問に答えてくれたスマホちゃんの表情は驚くほどに喜びに満ちていた。
それにしても普通の人ならばにわかには信じられない話だが、生憎と様々な作品で学んだ知識の数々に加え、細かいことには拘らない俺は大抵の非常識をあっさり受け入れてしまう。
普段、周りの人々は頭のネジが盛大に吹き飛んでいるだとか、過労でおかしくなってんだろう病院行けよ、と憐れみの目で失礼なことを平然と言ってくるのだが甚だ不本意である。
だいたい、自分のスマホが可愛い女の子になったのだ。
可憐な声音に、抜群の容姿。
犯罪一歩手前のセクハラに、恥じらいながらも耐えてくれるいじらしさ。
もう常識なんてどうにでもな~れ♪と思わず感嘆符をつけたくなるくらい嬉しいね。
受け入れない奴の気がしれない。
むしろこんな美味しい状況なら大金払ってでもウェルカムだ。
だから本当に問題があるとすればそう、スマホちゃんの後ろで身なりを整え憤怒の表情でこちらを睨んでいる、つくもちゃん。
怖かったのでずっと目を逸らしていたのだが、視界の端に表情を微笑みに変え、手招きしている姿が映るではありませんか。
ああ、無情。
我が命は風前の灯火であった。