第三話「ちょっとここ通りますよ」
なんとか通話を終えた。
真面目に業務関連の話をしながら、耳元で喘ぎ声を聞かされるとかどんなプレイだよ。
疲れたよ、早く鎮まれ下半身。
言うまでもないことであるが、彼女……スマホちゃんの通話トレース(話し相手の言葉を自身の声で上書きする)やら喘ぎ声は上司に聞こえていないようだった。
何故分かるかって?
想像してみ。
部下との通話中に、女性の悶えるような声や、悩ましい吐息とか聞こえたら、あっ……察しってなりますがな。
しかしながら上司様はなんら気にすることなく普段通り、今更何を言っている?と首を傾げたくなるような社内の常識的なことについて質問したり、データベースに入力してある読めば分かるようなことを聞いてきたり。
本当あの人どうやって仕事してんだ、他に聞ける人だっているだろうに。
「ぬああああ、休みの意味ねえだろうが!あの○○○○め!」
俺は怒っている。
激おこってやつだ。
イラ立ちのあまり、握りしめたスマホから悲鳴があがっても無視できるほどに。
「そのへんにしてやってくれんかの」
だがその感情も、新たな登場人物の出現によって霧散した。
深紅の和服を着た少女が突然鍵のかかっていた玄関を一瞬にして解錠し、普通にドアノブを押し下げて入ってきた。
いやいや、何してんの。
「か弱い乙女にそのような仕打ち。男が廃るというものじゃ」
「のじゃロリだ」
彼女を一目見た瞬間、思わず口にしてしまった。
ショートに切り揃えられた黒髪、威厳のある古風な口調、どこか達観したかのような落ち着き、それらの要素とは裏腹にアンバランスな幼い声と体型。
間違いない。
惚けている俺に少女は告げた。
「わっちは付喪神のつくも。つくもちゃんと呼ぶがよいのじゃ」
俺は受難の到来を確信した。