4 入院さわぎ
4 入院さわぎ
あたしは、ラッキーだった。いろいろと。
彼女さんは駅前広場で通りかかった人に道を聞いた。このお宅にはどうやって行けばいいですか。
それがたまたま、お母さんの同級生だった。
「知っていたから教えたけどね、そのあと、じんわりとおかしな気持ちになっちゃって」
彼女さんの様子が「どこがどうとは言えないけれどもなんか変」だったから。
長くここに住んでいる人だから、我が家にまつわる不名誉な評判のことも思い出したのかもしれない。「出戻りの家」「魔女の家」「恋愛騒ぎでパトカーが来る家」……ついに救急車の実積まで作ってしまった。でも言い訳させてもらうなら、騒ぎはうちの人間ではなく、常に外の人が起こすのだ。
お母さんのお友達は、彼女さんの後を追いかけるように家まで来た。だがしかし我が家は坂の上にある。ずいぶん遅れた。
追いついたときには手を振り上げていた。止めようとしたけれども間に合わなかった。
あとから病院でものすごく謝られたけど、とんでもない。倒れたまま放置されていたら、どうなっていたことか。おばさんがいてくれて、すぐに救急車を呼んでもらえて、助かった。
ちなみに彼女さんは、あたしが倒れ、血だまりが拡がっていく様子を見て、悲鳴をあげて逃げた。
しばらくして、明らかに尋常ではない様子でそのへんを彷徨しているところを巡回中のパトカーに捕まったそうだ。
あたしは入院していて、何日かは意識も無くて、そこらへんの事情はあとから聞いた。
目が覚めたら看護師さんやらお医者さんやらお巡りさんやらが次から次へと現れ、診察されるやら事情を聞かれるやら。
身内もたくさん来て、お母さんはもちろんおばさんズやママまで登場するものだから、そんな大怪我なのかと、びびった。
あ、ママっていうのはあたしを産んだひと。ふだんは仕事が忙しいから東京にいる。お母さんと呼んでいるのは、正確には伯母さん。ちなみにミヨちゃんミクちゃんも、ホントは姉じゃなくて従姉。ウチはいろいろ複雑なのです。
ミヨちゃんミクちゃんももちろん来た。ミクちゃんの顔色を見たら、たとえ意識朦朧で管だらけでも大丈夫だから気にしないですぐ元気になるからと繰り返すしかできなかったよ。ミクちゃん悪くないもん。
彼氏さんの母親と彼女さんの母親も九州から来た。
彼氏さんのお母さんは、あの情けない人の母親とも思われないようなキリッとした人だった。「この度は本当に申し訳ありません」と、私やお母さんの前できっちりと床に膝をついて頭を下げた。
彼女さんのお母さんは、まあ、あの人の親だなあって感じだった。
一方が土下座する姿に「まあ」とかなんとか困惑している風を装って、こちらが「やめてください」というのを待っている感じだった。そしたら自分はやらなくてもいいからね。
ちなみにこの人は、大人たちの示談の話し合いの席で、「そっちも悪いのだから」的な発言をして、お母さんを切れさせた。
「御邦を襲ったのだったら、私だってそう考えたかもしれません。でも事情もろくに知らなかった妹になんの罪がありますか!」
そこでようやく、頭を下げたと、ミヨちゃんが教えてくれた。
なんかこう、あんまり謝られまくると、正直、許すのも疲れる。
だんだん心がささくれてきて、彼氏さんの謝罪までは我慢したけど彼女さんは勘弁してもらった。
彼女さんは扉の向こうでデモデモダッテしてて、顔を見せなかったけど。
もういい、来なくていい、とあたしは言った。
眠りに滑り込む刹那、あの指が、鉤の形になった指が、ぐわっと脳内スクリーンに大写しになって、驚いて跳ね起きたりもしていたあたり、図太いあたしの心であってさえ、決して無傷ではなかった。