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3 鉤のかたちになった指

3 鉤のかたちになった指


 あれは土曜の昼下がり。あたし以外はみんな仕事とかで不在。ひとりでお留守番していた。

 チャイムが鳴ったとき、あたしはたまたま庭にいた。花を切っていたのだ。

 若い女の人だったので、警戒はしてなかった。普通のひとに見えた。良くも悪くも普通。普通くらいにきれいで、普通くらいにおしゃれで。

 ……なんか面倒くさそうなひと、とは思った。なにかあったらみんなが見ている前で泣きそうな。でもそんな子、めずらしくないし。小学校の同級生にだっている。

 門のところで、「どちらさまですか?」と声をかけた。

 それまでオドオドしていた突然の来客は、はっとなって「私、○○○○です」と言った。挑むように。

 名乗ったというより「私が、あの○○○○よ。知っているでしょう」という感じだった。

 いや知らないし。ミクちゃんの恋物語は、雲行きが怪しくなってからはあたしの耳に入ってきてなかった。まして彼女さんの名前なんて。

 さりとて、どなたですか? と口にできる雰囲気でもなくて。

 ……名前、未だに覚えてない。その後、何度か聞いたけど忘れた。聞けば、ああって思い出すだろうけど。たぶん関心が無くて覚えられなかったんだろう。我が家では「あの彼女さん」で話が通じてしまう。

 家族の誰もいないと知ると苛立った顔つきになったそのひとは、コノヒトダレ状態で戸惑うあたしを置き去りに、いきなり目的を果たし始めた。すなわち、恨み言を語りだしたのだ。

 あたしはただぽかんとして、可愛らしいお嬢さんの口から溢れる奔流のような黒い言葉に圧倒されていた。

 しばらくしてから、ようやく、この人が「ミクちゃんの、あの彼氏さんの、九州の彼女さん」なのだとわかった。

 彼女さんには彼女さんなりの言い分があるのはわかる。腹が立つのも、くやしいのもわかる。

 でもそれを、ミクちゃんにぶつけるならともかく、その家族に、しかも小学生の妹に向けてどおする。ぽかーん。

 あたしが冷静というか醒めているというか、ま、ぶっちゃけ呆れた視線を向けてしまったのは、無理からぬことだと思うの。

 でも失敗だった。

 色恋沙汰でおかしくなっているひとには、心の中でどんなことを考えているにせよ、親身になっているフリをしなくちゃいけないんだね。

 でないと。

「わたしのこと、ばかにしてるのね!」

 はっと気づいたときには彼女さんが腕を振り上げていた。

 その手があたしに向かって下りてきたとき、指が鉤のかたちになっていたのを、いまでも鮮明に覚えている。やる気まんまんの手、という言葉が浮かんだのも。

 とっさに避けたので、爪がかすったのは顎のあたりだけ。

 でもサンダル履きで庭に出ていたあたしは、避けた拍子に足が滑った。

 後ろ向きに倒れた。

 そこに、岩があった。


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