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2 一目惚れLOVEと幼なじみLOVE


2 一目惚れLOVEと幼なじみLOVE


 ミヨちゃんとミクちゃんは年子。ミヨちゃんが上。

 二人とも東京で大学生をやっている。

 西側の音楽大学に通うミクちゃんは女子寮に。東側の理学部に通うミヨちゃんはアパートに。

 どっちも東京で暮らすなら一緒に住めばいいのに、ていうかここ関東なんだから実家から通えば? なんて思うのは、東京を知らない者の安易な考えなんだそうだ。

 東京というところは交通網が発達しているようでいて、実は移動にとても時間がかかる。

 時間が惜しいと二人とも言った。

 通学にかけるくらいなら練習したいとミクちゃんは言った。ミヨちゃんは終電を気にせず実験したいって。

 うちはお金はあるのだ。困ったことに。いろんな意味で。

 で、別々に暮らしてるふたりだけれど、交流はしているらしい。よく一緒に晩ごはんを食べるって。

 で、入学したてのミクちゃんがミヨちゃんとこまで遊びに行ったとき、それは起こった。

 大学の近くのやっすい居酒屋。

 二人が通されたテーブルの隣に、ミヨちゃんの知り合いがいた。ミヨちゃんの友達と、その彼氏と、その親友。

 紹介してる声が耳に入らぬ様子で親友氏はミクちゃんを見ていた。ミクちゃんもそのひとを見ていた。

「ひとが恋におちる瞬間を、初めて見ちゃった」

 と、のちにミヨちゃんは笑いながら家族に語って。

 りんごみたいな顔のミクちゃんがその口をふさごうとして。

 二人はあたりまえみたいにつきあい始めたし、周囲はなまあったかく見守っていた。

 幸福な、微笑ましい恋のお話だった。

 このへんまではね。


 なんだかおかしなことになりはじめたのは、あれはいつだったっけ。ミクちゃんが大学に入ってすぐの長い休み。ゴールデンウィークかな。夏休みかな。

 あたしは自分の部屋で漫画を読んでいた。

 そこにスマホを耳に当てたミヨちゃんが入ってきたのだ。

 二段ベッドの上にいたあたしには気づかなかったらしい。なにやら深刻な口調で電話の向こうとやり取りしてる。

 どういう設定になっているのかスマホからがっつり音漏れしていたので、あたしにも会話の全貌がわかった。

 電話の相手はミヨちゃんの友達。ミクちゃんと彼氏さんを引き合わせる結果になったひと。

 話をかいつまむと、こうだ。

 九州の高校時代からの付き合いであるご友人は、知っていた。彼氏さんには、中学時代から付き合っている幼馴染みの恋人がいたこと。

 でも、別れたのだろうと思っていたのだそうだ。新しい恋人ができたのだから、当然そうだろうと。

 向こうの恋人のことも知っていたから残念な気もしたが、しかたない。そういうものだ。よくあることだ。

 だがしかし、さきほど帰省した故郷で、地元の商店街で、二人を見かけた。

 は? と思った。

 ごく自然な雰囲気で寄り添っていた。昔と何も変わらなかった。

 声をかけてみた。

 彼女の反応は普通。うわあ久しぶり~みたいな。

 彼氏の反応は不審そのもの。友人の目を見ない。

「それは……アレだねえ」

 重い口調でミヨちゃんは言った。

『アレだよねえ』

 同じようにご友人も繰り返した。

 後で聞いたんだけど、よくあること、なんだそうだ。男も、女も。地元から遠く離れた大学に進学した子が、それぞれの場所に恋人をキープするっていうのは。

『でもまさか、あいつがやるとはねえ……』

 真面目なひとなんだそうだ。

 きっと自分がこんな事態に陥るなんて夢にも思わなかったに違いない。

 ご友人は『奴を呼び出して聞いてみようと思うんだ』と厳かに宣言した。

『結果はまた報告するから』

 電話を切った後で、ミヨちゃんは重い重いため息をついた。

「ミクになんて言えば……」

 このときには、言わなかった。

 話し合いの結果、彼氏さんが向こうの彼女との別れを決意するなら、わざわざミクちゃんの耳に入れる必要はないんじゃないかと。

 でも話はするするとは進まなかった。

 彼氏さんがご友人からの電話をひたすらシカトしたのだ。自宅を訪ねても居留守を使われる事態に、ご友人のみならずミヨちゃんの目も尖っていくのがわかった。

 何も知らないミクちゃんが、「この頃ミヨちゃん機嫌が悪くってえ。どうしたのかなあ」なんておっとりと呟くものだから、あたしまではらはらしたものだ。

 結局、東京に戻るまで連絡はつかなかった。

 ご友人の恋人が、彼氏さんの親友なんだそうだ。長期バイトで帰省せず東京にもいなかったんだけど、学校が始まるなり事情を話して捕獲を頼み、怒り心頭なご友人とミヨちゃんで取り囲んだ。

 彼氏さんは、泣き出したんだそうだ。幼馴染み彼女には、どうしても言えなかったんだ、と。

 ミヨちゃんはそのとき、こう思ったそうだ。

 あ。

 だめだ。

 こいつ、あかん奴や。

 頭が良くて見た目もそこそこ、周囲の覚えもめでたく、学校ではリーダーシップを発揮しちゃったりなんかして、頼りになる奴と自分も周囲も認識し、さしたるつまづきも経験せずにスクスクと大きくなったけど。

 実は決断力も実行力もない。

 いざってときにはどこまでも逃げる。

 あたしたちのおじいちゃんが、そういうひとだったんだそうだ。あたしは覚えてないけど。

 彼氏さんの下した苦渋の決断は幼なじみ彼女との別れ。

 いますぐここで電話するならミクには言わないとミヨちゃんは凄んだ。そうしないと、いつまでも実行しないと思ったんだそうだ。

 最初はメールにすると言ったのを、別れ話をメールでする奴があるかと親友氏が叱りつけたらしい。

 うーむ。子供でもわかる。それは、良くないよ。

 で、彼氏さんはいやいや電話して……スマホから悲鳴のような声が漏れ聞こえて……これは長引くなって、ミヨちゃんは思ったんだって。

 あ、このへんの事情は、ずっと後になってからミヨちゃんがおばさんズに話しているのを、テレビ見ているフリしながら、背中でちゃっかり聞いた。

 予想どおり、すんなりとは別れられなかった。

 彼女さんが半狂乱になり、食事もせず学校にも行かなくなってしまったので、彼氏さんは急遽九州へ帰った。帰らされることになった。

 あ、彼女さんは地元の短大に進学したんだって。

 彼氏さんちは老舗のナントカ屋さん。彼女さんちは取引先。互いの家はとっても近所。親をも巻き込む事態になってしまった。

 彼女さんの取り乱しようを目にした彼氏さんは、別れるという決意を貫くことができなくなった。情にほだされたというやつですね。でも、小学生にもならないうちから積み上げてきた情なのだ。生半可なもんじゃない。

 そして東京に帰ってきて……ミクちゃんにすべてを打ち明けた。

 なんにも知らずにいたミクちゃん。さぞショックだったろう。

 なんでそういう話を大学近くのカフェでするかね彼氏さんは。

 隣のテーブルにいた三人組……の、知り合いの知り合いの知り合いあたりでミヨちゃんのとこまでまで届いたってさ目撃情報。

 ミクちゃんは黙って頷いたそうだ。

 泣きに来るだろうと、ミヨちゃんはその晩アパートで待っていたけれど、ミクちゃんは来なかった。

 ミクちゃんて、そういうとこ、ある。開いているようでいて、肝心なところは見せない。

 ミクちゃんは、切られた痛みを自分ひとりでなんとかした。しようとした。周囲を巻き込んだりはしなかった。いつか、何事もなかったようになるはずだった。そのはずだった。

 一ヶ月もしないで彼氏さんが「やっぱりだめだ、君を忘れることなんてできない!」とかなんとか言い出すまでは。

 それからは泥沼。彼氏さんがあっちと別れると決めたり、こっちと別れると決めたりするたび、翻弄されるミクちゃん。

 一度、熱が下がらないといって休みでもないのにしばらく帰ってきたことがあったけど、いま思えばストレスのせいだったんだろうなあ。痩せちゃって、可哀想だった。

 あれはどちらと、そして幾度めに別れているときだったのか。

 あたしが巻き込まれたのは、このあたり。


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