3.アバターはランダムなので本人が若いかどうかは定かではない
《皆様はAブロックに振り分けられました。戦闘開始まではあと30秒です》
機械的なアナウンスがそう告げ、俺の意識を完全覚醒させた。
辺りを見回すと、そこは石造りのコロッセオのような場所。とは言っても、93人が自由に戦えるように配慮されているのだから、かなり広い。
俺は剣を構えつつ、素早く周囲を見渡した。そしてすぐにナイトの姿を発見する。あいつのアバターはそこそこ大柄なので、多少距離があっても分かりやすかった。そう遠くない場所に飛ばされたのは僥倖だった。
俺はプレイヤーの合間を縫ってナイトに近付いた。そんなことをすれば目立つかとも思ったが、そこかしこで同じようなプレイヤーの姿が見受けられる。
「ナイト」
短く呼ぶと、ナイトは素早くこちらを向いた。そのスピードがあまりに早かったので、こちらも思わず身構えてしまった。
「なんだ、レイか」
「ああ。……この予選、協力して戦おう」
「そうだな。その方がよさそうだ」
「とは言っても、背中合わせなんかじゃ逆に戦いづらい。作戦を立てよう」
《残り10秒です》
無機質な声のアナウンスが告げる。俺は少し早口になって、瞬時に考え出した粗雑な作戦を話す。
「俺たち以外にもグループはいくつもある。そいつらはできるだけ避けて、1人のプレイヤーを狩ろう」
「分かった」
《残り5秒。4、3、2、1―――スタートです》
アナウンスがそう告げた瞬間、そこかしこでバトルが始まった。俺たちのところにもプレイヤーがそれぞれ襲い掛かってくる。
「ちっ!」
俺は舌打ちをして、俺に襲い掛かってきた金髪の男の剣を受けた。俺たちプレイヤーが持つ剣は、外見こそさまざまだが性能はどれもまったく一緒だ。つまり、どちらかの剣が刃毀れしたり折れたりということはシステム的にありえない。
俺は斜め下に相手の剣を逸らし、右腕一本で金髪が生えている頭部を右から左へ薙いだ。金髪はしゃがんでそれをかわす。だが俺の狙いはむしろそれだ。
相手がしゃがむことを予測していた俺は、柄に左手を叩きつけて無理矢理に剣の軌道を修正、斜め下に斬り払う。しゃがんでいた金髪がその一撃をかわせるはずもなく、見事直撃。キャラクターのステータスも変わらないので、恐らく今の一撃でHPの2割ほどは減った筈だ。
動揺を隠せない金髪に、俺は容赦なく追撃する。左斬り上げ、左薙ぎ。やっと立ち上がった金髪だが、もう遅い。俺の剣は次撃の準備体勢に入っていた。
だがそこで、視界の端にぎらりと光るものを捉えて咄嗟に首を縮めた。俺の頭があったところを銀の刃が斬り裂いていく。
「あっぶね」
これがバトルロワイヤルの怖いところである。1人の敵に集中しすぎれば周りから攻撃される。常に周囲にも気を配っておかなくてはならない。
俺はそのまま腰を屈め、低い体勢からの一撃を放った。再び動揺している金髪の腹部にクリティカルヒット。水色のポリゴン体に姿を変える。
一回転し今度は後ろの敵に攻撃。さすがにこれは防がれた。その受け方からして、なかなかの手練だ。敵は俺の剣を力尽くで弾いて斜め上からの斬り下ろしを放つ。俺は後ろに下がって回避。おみやげに、弾かれた剣を振るが、敵も僅かに身を引いてかわした。
このまま強敵と戦うのは得策ではないと判断し、俺はそのまま逃げの体勢に入った。
「あんたとは本戦で戦うことにするよ!」
敵は一瞬追いかけるそぶりを見せたが、ちっと舌打ちしてやめた。ふう助かったと胸を撫で下ろす。
「ナイト!」
ナイトは既に敵を倒していた。ちょうど俺に加勢しようかどうしようかといったタイミングだったようである。
「行こう」
「おう」
辺りを見回すと、そこかしこで剣閃がぶつかっている。戦いの輪の少し後ろで虎視眈々とチャンスを窺っているプレイヤーもいた。
俺たちはそのうちの一1人に狙いを定めた。黒髪の、ちょっと地味目のプレイヤーだ。前で戦っている2人の戦いが終わった瞬間に勝者を襲撃する算段らしく、背後でタイミングを見計らっている。
「あの2人が決着する前にしかけるぞ」
「オッケ。3カウントで行くか?」
「いいね」
お互いに武器を構えたことを確認し、カウントを開始する。
「3」
「2」
「「1」」
「ゴー!」
最後はナイトが言い、俺たちは同時に黒髪の地味プレイヤーに剣を振り下ろした。その二本の剣は、容赦なく黒地味を斬り裂く。
「ッ!?」
声にならない悲鳴を上げて振り返る黒地味。だが俺たちは既に二撃目を振りかぶっていた。
横に駆け抜けながら黒い剣を振るう。黒地味も反撃とばかりに剣を振るうが、俺は前方に跳ぶようにしてそれを避ける。続いてナイトの鉄剣が黒地味を襲った。
だがそれは黒地味の剣によって防がれてしまう。また俺が戻らなければならないか、と思ったが、その必要はなかった。ナイトが黒地味の腹を蹴ってスタンさせた後、水平斬りからの連続技で止めを刺したのである。
「さっすが!」
俺に向かってサムズアップして見せるナイト。俺はナイトに駆け寄った。
「次はどいつにする?」
「いつの間にかだいぶ減ってるからな。候補もそう多くない」
当然といえば当然だが、数を減らしてこそいるものの壊滅した大集団はないようだ。
「2人組ならなんとかいけるかな?」
「そうだな……。どうせなら戦闘中の奴らにいきなり仕掛けてみよう。あの青い服と銀髪の奴でどうだ?」
「オーケー。じゃあ俺は青い服の方を」
俺は頷き、剣を構えた瞬間に銀髪の方へ駆け寄った。敵を剣の間合いに捉えたと同時に水平斬りを放ち、HPを減少させる。驚いて振り向く銀髪。そのHP残量が少ないと踏んだ俺は、ナイトが青い服と戦っているのを横目に見ながら、やや無理矢理に畳みかけた。
俺の読みは当たっていたようで、軽い突きを一発入れただけで、敵は水色のポリゴン体に姿を変えた。
ナイトの援護に入ろうかと思ったが、その瞬間背中に衝撃を感じる。同時に視界右下のHPバーが長さを減らした。
「つッ……」
敵の攻撃と判断し剣を伴って半回転。しかし敵の剣によって防がれる。火花のエフェクトが飛び散った。
敵は茶髪の若い男だった。アバターはランダムなので本人が若いかどうかは定かではないが。
俺がそれを認識したところで敵は俺の剣を弾き再び攻撃に転じた。剣を捻りながら突きを放ってくる。弾きにくい攻撃だ。どうやら強敵のようである。
それを避けながら俺は密かに、強敵との戦いに緊張が走るのを感じた。