14.俺は訳の分からないことを口走り、ナイトは口を開けて絶句した
《勝敗が決定いたしました。勝者、〈ナイト〉様。〈レイ〉様は敗北となります》
俺は身体を持たない状態でそのアナウンスを聞いた。大きくガッツポーズを決めるナイトの姿も見える。VR世界だとこういうこと――『意識体』として存在したりその状態でものを見たり聞いたり――もできるんだなぁ、と何故か他人事のように感心した。
《これにより、優勝が決定致しました。『Opened Online Battle Contest 日本大会』優勝者は、〈ナイト〉様です》
俺は、負けた。結局悔やみながら身を引くことになってしまった。
《これより優勝、準優勝賞品の贈呈に移ります》
その言葉とともにナイトの姿が消える。俺の視界も暗転した。
次に光が戻ったとき、控え室によく似た部屋で、俺は肉体を持っていた。ランダム生成で手に入れた線の細い身体。数か月間、1日も休むことなく同期し続けた、俺の分身。
《準優勝の〈レイ〉様には賞品として、Cerberus社のVRゲームベータテストに優先的に参加できる、『Priority Ticket』を贈呈致します》
その言葉と同時に、上のほうから小さな紙切れがひらひらと舞い降りてきた。手に取ると、赤い飾り文字で『Priority Ticket』と書かれていた。
「いいなー!」
ナイトが隣で子供のような声を上げる。
「え、そっちのほうが秋田米より全然いいじゃん!」
俺もそんな気がしないでもないが、ゲームから身を引く俺にとっては不必要なものだ。俺は曖昧に笑ってごまかした。
《優勝の〈ナイト〉様には賞品として秋田米5kg、副賞として5万Cerberus Pointsを贈呈致します》
「ごまっ……!?」
その言葉を聞いた俺は訳の分からないことを口走り、ナイトは口を開けて絶句した。
Cerberus Pointというのは、サーベラス社が提供する商品を購入することのできるポイントだ。略してCPなどと呼称され、1CPで1円分の価値がある。つまり、今回ナイトは大会に優勝したことで5万円を手に入れたのだ。
ちなみに、サーベラスの商品に欲しいものがない場合、額は9割になってしまうものの現金に換えることもできる。
「マジかよ……米ってせいぜい2000円ぐらいだろ? 副賞のほうが遥かにいいじゃねぇか……」
正規の賞品より副賞のほうが価値があるというのは時折あることではあるが、ここまで顕著なケースはなかなか見ない。やはりゲーム会社、めちゃくちゃだ。
《本日は皆様お疲れ様でした。今後もCerberus社をご愛顧願います》
最後にしれっと自社の宣伝を入れ、アナウンスは終了した。
「うへぇ……なんかとんでもないモンもらっちゃったな……」
逆に迷惑、といった感じでナイトが呟いた。
「いいじゃないかよ、もらえるモンはもらっとけば。どうせ現金持ち運ぶわけじゃないし」
「まぁそうなんだけどさ」
5万CPもあれば、プライオリティチケットなんて何枚も買える。やはり優勝と準優勝の差はそれなりに大きいといえるだろう。
「で、さ」
俺は少し改まった感じで口を開いた。
「俺、しばらくゲームやめようと思うんだ」
ナイトは少しばかり目を大きくした。
「半年後に受験だろ? やっぱりそれを考えたらさ」
ナイトは少し頷いた。
「まぁ、そりゃそうだよな。受験だもんな」
「お前はやめる気ないの?」
「俺は、とりあえず大丈夫かなとか思ってる。油断かもしれないけど」
だが実際、ナイトの志望校である松葉高校は、ナイトからしたら格下の高校だ。そのあたりも考えて志望校を決めたのかもしれない。
「そっか」
俺は頷いて、頭をかいた。
「まぁ別に、たった半年自重するだけだからさ、全然たいしたことないんだけど」
俺が強がってそう言うと、
「嘘つけ。ゲーマーがゲームやめるのは飲兵衛が酒飲まないようなもんだぞ」
と鋭くツッコまれた。
「まぁいいや。じゃ、勉強頑張れよ」
「お前もな。ゲームばっかりやってんじゃねぇぞ」
「お前に言われたかねぇ」
お互いに言い合い、メニューを呼び出した。軽く手を振り、ログアウトボタンを押す。
視界が闇に包まれた。
俺はゆっくりと目を開ける。感触を確かめるようにしっかりとオルトロスを持ち、ゆっくりと外した。
これでしばらく、コイツをかぶることはない。
ベッドから降り、時計を見た。1時2分。まだ昼飯時だ。
「綾、飯できてる?」
部屋を出て声をかけると、「ふぇっ!?」と頓狂な綾の声が聞こえた。
「おにいちゃん、早いじゃん! まだご飯できてないよ?」
「えーマジかよ」
「だって遅くなるかもって言ったからぁ」
台所に行くと、半袖シャツにショートパンツの綾がなにやら麺を茹でていた。
「ん? 今日のメニューは?」
「冷やし中華。時期的にそろそろ最後かもね」
最後、か……。最後の戦いを終えた直後であるせいか、妙に感慨深く聞こえる。
「もうすぐできるから、ちょっと待っててね」
その日食った冷やし中華は、別にいつも通りの味だった。