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13.ゲームは水みたいなもの

 オルトロスを頭からはずし、枕元の棚に置いてから身を起こした。休憩時間はたったの10分だ。この短い時間で最低限の栄養補給はしておかなくてはならない。


「悪い綾、もうしばらく昼飯待ってくれ」


 仕事で家にいない両親に代わって普段から食事をつくってくれる綾に断りを入れて、俺はコップに水を注いだ。


「今日はBROの大会かなんかだったっけ? いいよ、頑張って」


 実はゲーマーの綾は、俺がゲームをやり込んでいることに理解を示してくれている。綾曰く、『ゲームは水みたいなもの、2、3日やらないだけでも死んじゃう』とのことだ。正直俺はそこまでは思っていないので、綾のほうがゲーマーということになる。


 しかし、ただ剣で戦うだけのBROに関しては、そこまで興味を抱いていないようだ。逆に俺がこればかりに傾倒していることを不思議に思っているようである。


「俺、決勝まで残ってるんだぜ」


 水を飲み干した俺は、特に意味もなく自慢してみた。


「へえ、すごいじゃん」

「あとは決勝だけだから、そんなに遅くはならないと思うけど」


 俺は置いてあったあんぱんを手に取り、袋を開けて頬張った。


「じゃ、今日は一応冷めても大丈夫なメニューにしておくね」

「よろしく」


 この自由度は、親がいないからこそだろう。まぁ逆に、親がいないからこそ俺たちがゲーマーになってしまった、というのもあるかもしれない。


 もそもそとあんぱんを詰め込み、再びコップに注いだ水で流し込んだ。少々もったいない気もするが、時間がないのでそんなことは言っていられない。


 自室に戻り、ベッドに転がった。オルトロスをかぶり、「トリップ、ブイアールバトルリストリクテッドオンライン」と相も変わらず長ったらしい口上を述べた。すぐにオルトロスが起動し、俺の意識を曖昧にさせる。数秒の後に覚醒したそこは、最早見慣れた控え室だった。ナイトの姿はまだ見えない。


 これが現実の決闘なら剣でも振って鍛錬するのだが、VR世界では意味がない。俺はナイトのログイン、ひいては決勝戦の開始をおとなしく待った。


 ほどなくナイトがログインしてきた。


「お、早いな」


 ナイトが言う。


「暇で暇で仕方なかったぜ」

「悪いな。パンかじってて」

「俺も食ってたけどな」

「お前飯食うの速いもんな」


《10分が経過しました。只今から、『Opened Online Battle Contest 日本大会』本戦決勝を開始致します。出場する〈レイ〉様、〈ナイト〉様をバトルフィールドに転送します》


 せっかく食事スピードの話をしていたのに、アナウンスに遮られた。途端に視界が暗転し、再び見えたときにはそこは草原だった。


 俺の正面に立つナイトを見据える。少し笑いを浮かべて、左手に銀の剣を握っている。よく見慣れた姿だ。対する俺も、ナイトからしたらよく見慣れた姿で立っているのだろう。


《残り5秒》


 泣いても笑っても、勝っても負けても、俺にとってはこれが最後の戦いだ。


《4》


 この決勝戦が終わったら、俺はしばらくゲームから身を引く。


《3》


 優勝して最強を証明してから引退するか。


《2》


 負けて悔恨を残したまま辞めるか。


《1》


 2つに1つ、俺次第。


《スタートです》


 俺とナイトは同時に地面を蹴った。


 先に剣を振るったのはナイトだった。俺の頭部を狙った右薙ぎ。俺は身を屈めて回避し、お返しに腹を狙って右薙ぎを放つ。だがこちらもかわされる。


 ナイトは手首を捻って袈裟斬りを放ってきた。俺は防御も回避もできず、直撃をもらった。代わりに腹に突きを入れる。これでおあいこだ。


 右上に斬り上げ剣を抜いた。その間にナイトは次撃の体勢を整える。


 ナイトが唐竹を放った。俺は自分の剣でそれを受ける。ぎゃりんと金属音をさせながら弾き、逆袈裟を放った。直撃。ナイトの剣が俺の股下から吹き上がり――剣道でいうところの逆風だ――俺を両断する。俺は右薙ぎで反撃するが、ナイトに剣の柄で防がれた。明らかに金属ではない音が響く。


 ナイトは右手で剣を押し俺の剣を弾くと、左手一本で薙ぎを放ってきた。俺は膝を落としてかわし、水平に近い角度で右斬り上げを放った。ナイトは大きく後退して回避する。


 俺はナイトを追って前に出た。左から胴を薙ぐ。が、防がれた。切り返して突きのような斬撃を放つナイト。俺はかわすことができない。


 ナイトの首元を薙ぐ。クリーンヒット。さらに逆袈裟に繋げたが、こちらは防がれた。剣を弾かれ体勢を崩す。唐竹を放ってきた。俺は後方にステップするがかわしきることはできず、鼻先を銀の剣が掠めた。


 このまま前に出ると逆風が来る、そう判断した俺はそのまま後退を続けた。ナイトも敢えてか追ってはこない。


「どうした? 調子が悪いみたいだな」


 ナイトがにやけながら言ってくる。しかしそれは正しくない。俺の調子が悪いのではなく、ナイトの調子がいいのだ。あるいは、腕を上げたのか。


「ああ……風邪気味なんでね」


 それでも俺は見栄を張ってそう言った。ナイトはフッと笑って肩を竦めた。


「そういう訳なんで悪いけど……」


 なんでもない風を装い、俺はいきなり前に出た。


「不意打ちもさせてもらうぜ!」


 ナイトは驚いた顔を見せ、慌てたように剣を構えた。俺は容赦なく袈裟斬りを叩き込む。危ないところで防がれそうだったが、なんとか捻じ込んだ。さらに相手の反撃を封じるため、右斬り上げを放った。当然の如く防がれたが、構わず手首を捻って鍔迫り合いに持ち込んだ。


「おいおい、随分余裕のない真似をするじゃないか」

「どうしても勝ちたいもんで」


 言い終わるが早いかナイトの腹に蹴りを叩き込んだ。さらに左薙ぎを放つがかわされる。さらに地面スレスレから銀の刃が跳ね上がってきた。身を反らすが回避しきれず、頸動脈辺りを斬り裂かれた。一気にHPが減少する。残りは2割もない。一撃が文字通り致命傷となる。ナイトも恐らく同じだろう。


 俺が崩れた体勢を立て直している間に、ナイトは剣を振りかぶる。俺はナイトが放った袈裟斬りに自分の剣をぶつけ防御した。そのまま相手の剣を下方に流すと、右斬り上げで攻撃する。ナイトの前に倒れた姿勢を見れば、これを避けられないのは火を見るよりも明らかだ。


 勝った―――と、思った瞬間。


 腹部に衝撃を感じた。自分の意思に反して身体が後退する。俺の剣はナイトを斬り裂かず、切っ先が掠めただけに終わった。


 ナイトに蹴られたのだ、と理解すると同時に、自分の身体を刃を通るのが分かった。

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