11.なんかいまいちピンとこない
「随分苦戦してたな。お前らしくない動きだったけど」
控え室に戻った途端、ナイトに声をかけられた。
「うーん、入れ替えネタに弱いんだよね、俺」
「ってもしかして、お前パーターピンにずっと笑ってたの?」
「うん」
「アホか」
まったくもって彼の言うとおりである。もう後半に至っては何が面白いのかも分からなくなってきていたのに笑っていたし、そもそもあの男はそこまでの強敵ではなかった。ただネーミングセンスが神懸かっていたのである。
《三回戦で勝ち残られた皆様、お疲れ様でした。続けて四回戦を行います》
五回戦まであるこの大会も、ようやく終盤と言ったところだ。控え室を見渡せば、ここまで勝ち残って少々上気したような顔のプレイヤーが、俺たちのほかは2人しかいない。予選の前は186人だったから、実に46.5分の1の人数になってしまった訳だ。うーん、なんかいまいちピンとこないな。
《では、第1試合を行います。出場する〈夜ノ宴〉様、〈ナイト〉様をバトルフィールドへ転送します》
アナウンスが終わると同時にナイトの姿が視界から消える。
夜ノ宴といえば、ここまでずっと第1試合を戦い続け、その全てに危なげなく勝利してきた強敵だ。ナイトがあっさり負けるようなことはないと思うが、苦戦を強いられるのは間違いないだろう。
モニター越しに見えるナイトの前に立つ男は、右足を半歩引いた、柔道で言うところの左自然体で構えていた。黒っぽい服に身を包み、右手に握られた剣だけが妖しく輝いている。
《残り5秒。4、3、2、1―――スタートです》
その合図と共に、夜ノ宴が前に出た。ナイトの胸の高さで左薙ぎ。ナイトはそれを利き手ではない右腕一本で振るった剣で弾き、左手を添えて改めて斬撃を放つ。
夜ノ宴は後ろに跳び退くがかわしきれず、切っ先が掠める。だが臆することなく再び間合いを詰め、突きを放った。ナイトは身体を捻るがこちらも回避しきれない。左脇腹にダメージを負った。
ナイトは一回転して右薙ぎを放つ。夜ノ宴はそれを自分の剣で受け止め、弾くついでに逆袈裟を放つ。ナイトは避けもせず、代わりに横方向からの突きを叩き込んだ。夜ノ宴もそれをかわせない。いや、かわさないのか。
右下に流れた剣を引き刺突。ナイトは無理に身体を捻って回避を試みるも、かわしきれずダメージを受けた。
ナイトは地面を蹴って距離を取る。夜ノ宴も敢えて追うことはせず、2人は間合いを開けた状態で対峙した。2人とも口を開かない。2人の間に満ちている凄まじい緊張感が、モニター越しでも伝わってくる。
ナイトが不意に間合いを詰めた。夜ノ宴はまったく動じず、ナイトが放った左薙ぎを上方に流す。そのまま上から突き下ろすような刺突。ナイトは剣から右手を離して身を屈め回避。それどころか夜ノ宴の腕を掴んで引き寄せ、腹に膝蹴りを叩き込む。さしもの夜ノ宴もこの攻撃は予想していなかったようで、驚愕の表情を見せた。
弱ダメージプラススタン、そして驚きで完全に動きを止めた夜ノ宴に袈裟斬りを浴びせる。だが夜ノ宴はすぐにスタンから回復し反撃に転じた。
若干左肩上がりの右薙ぎ。ナイトはそれをパリィし逆袈裟を放つ。しかし瞬時に後退した夜ノ宴には当たらない。それどころか、大振りな攻撃だったがために隙が生まれ、再び前進した夜ノ宴の右薙ぎを喰らってしまった。
HP残量はお互い半分を割っている。あと数発で決着がつくはずだ。
ナイトが右斬り上げを放つ。夜ノ宴がそれを弾こうとするが、ナイトは上手く剣の角度を変えて鍔迫り合いに持ち込む。そこで体勢を整え、一気に弾いて突きを放った。夜ノ宴の肩をナイトの銀色の剣が貫いた。夜ノ宴も負けじと右薙ぎを放つ。ナイトは防御を捨てた捨て身の唐竹で応戦した。どちらも直撃。
夜ノ宴の剣が左から吹き戻る。ナイトは身を屈めて回避。低い体勢から刺突を放つも、夜ノ宴は身体を捻ってかわした。そしてナイトの手を取って引き寄せ、顎に膝蹴り。先程のナイトとほとんど同じ技だ。瞬時に敵の技を利用するとは、やはり猛者。
表情を歪めるナイトだが、視線は敵の剣からはずさない。腕の位置の関係で、夜ノ宴の左手はナイトを離している。フリーになった両手に握った剣で、夜ノ宴の突きを防いだ。
地面を転がって夜ノ宴の間合いから出ようとするナイト。しかし夜ノ宴はそれを許さない。
すぐに近付いてナイトを突き刺そうとする。ナイトは勢いよく回転して回避。地面に夜ノ宴の剣が穴を穿つ。
ナイトは回転の勢いを利用して立ち上がると、地面に剣を掴まれて一瞬動きの止まった夜ノ宴に向かって左薙ぎを放った。夜ノ宴は剣を抜いて防御しようとするも間に合わない。回避も間に合わず、ナイトの銀色の剣が夜ノ宴の顔面を真っ二つに斬り裂いた。
夜ノ宴が無数の粒子となって霧消する。ナイトは剣を振り抜いた体勢のまま固まっていた。
もし最後の斬撃が防がれていたら、恐らくナイトは負けていた。防がれないと思ったからこその斬撃、ではあったが、夜ノ宴が最初からかわすほうに全力を傾けていたら、致命傷は免れていたかもしれない。そうなったとき、ナイトは恐らく、夜ノ宴の反撃に反応しきれなかっただろう。
ナイトがまたもや明後日の方向にガッツポーズを披露したところで、
《勝敗が決定いたしました。勝者、〈ナイト〉様。〈夜ノ宴〉様は敗北となります》
と例のアナウンスが入った。
とは言っても、これをこの場で聞いているのはもう3人しかいない。ナイト、俺、そしてゼウス――俺の次の試合の相手、だ。