10.俺は入れ替え系のネタに弱い
いやもうほんとに、何故か俺は入れ替え系のネタに弱い。ことごとく笑ってしまう。『物体B』を『びったいブー』とか言われたらもう吐血する。それぐらい弱い。
それで、今俺の目の前に立っている男の名は、〈パーターピン〉。『ピ』と『パ』が見事に入れ替わっている。既に俺は笑いを堪えるのに必死である。こんな感じで戦えるのだろうか。
《残り5秒》
無機質な声で、先程の微妙に調子はずれなアナウンスがフラッシュバックする。
―――パーターピン様を……。
《4、3、2、1―――》
―――パーターピン様を……。
《スタートです》
―――パーターピン様を……。
「ああああああああもうやだあああああああ!!」
俺は最早やけくそになって前に出た。パーター……パーターピンは「ファッ!?」みたいな顔をしているが、コイツの行動を意識するためにパーターピンという単語が出てきてしまって口元が緩む。
ぶんぶんと頭を振って意識からその単語を追い出す。水平斬りを放ちパーターピンを怯ませ、動きの止まったところに袈裟斬り。パーターピンが反撃してくるが、何とか防御。パーターピンの剣を弾いて突きを叩き込む。パーターピンは首を捻って回避……、
「ぶあー駄目だ!!」
俺は地面を蹴って後ろに跳ぶ。パーターピンはまた「ファッ!?」みたいな顔をした。
パーターピンパーターピンと繰り返すたびに面白さが増す。同じネタに飽きるとかない。周りからしたら全然面白くないだろうが、俺はすごく、すごく入れ替え系のネタに弱い。
再びぶんぶん頭を振って奴の名前を追い出そうとする。しかしそのときパーターピンが接近してきて、つい侵入を許してしまった。
右斬り上げを防ぎ、蹴りを返す。パーターピンの腹部にヒット。顔をしかめるパーターピン。それでも唐竹を放ってきた。俺はパーターピンの剣を自分の剣と交差させ、パーターピンが動きを止めている間に脚を下ろした。
再び時が動き出す。パーターピンが右薙ぎを放つ。俺は膝を折って回避し、パーターピンの腹部めがけて突きを放った。パーターピンは回避を試みず、敢えて受けることで俺との距離を詰め、逆手に握った剣を上から突き刺してきた。脳天から貫かれる俺。HPバーが一気に減少する。だが俺もパーターピンの腹を引き裂いた。恐らくHPは互角程度。
俺は立ち上がるのと後退するのを同時に行い、パーターピンから少し離れたところで完全に体勢を立て直した。だがすぐにパーターピンが接近してくる。俺はパーターピンの斬撃を弾いてそのまま反撃。切っ先がパーターピンを掠める。
と、ここまでの一連の動作で俺はずっと口元が緩んでいる。原因は無論、パーターピンだ。
パーターピンが突きを放ってくる。俺は身体を横にして回避。左斬り上げを放ってパーターピンを斬る。パーターピンも負けじと反撃してきた。俺の腹が斬り裂かれる。手首を捻ってさらに攻撃しようとしたが、パーターピンは後ろに飛び退いてかわした。
距離を詰めることもできたが、俺は何故かその気がしない。もうコイツと戦うの嫌だ。噴き出してしまいそうだ。
代わりにパーターピンの方から接近してくる。俺は最早パーターピンの歯を食いしばった必死の表情を見るだけで『パーターピン』という単語が脳裏をよぎり、ニヤけてしまう。
「へあァッ!!」
HP残量が少ないからか、気合を入れた一撃を放ったパーターピン。俺はそれを笑いをこらえつつ防ぐ。だが笑いそうであるが故に力が入らない。唐竹を押しこまれる。俺も脚を踏ん張って身体を支える。だが腕力が持たない。押し切られた。かなり威力が弱まっているものの、俺のHPバーを赤く染めるには充分な斬撃だった。
「ちッ!!」
俺は地面を蹴ってパーターピンから距離を取る。HP残量的には恐らくイーブンだろうが、俺のほうはパーターピンで笑いそうになっているので本領発揮できない。もうぶっちゃけ何が面白いのかも分からなくなってきたが、それでも面白い。
パーターピンが追撃しようと間合いを詰めてくる。何故コイツはHPが少ないのに前進できるのか。まさか俺が入れ替えネタに弱いのを知っている訳じゃあなかろうに……。
俺はパーターピンの放った水平斬りを防ぎ、そのまま自分の剣を上に撥ね上げた。パーターピンの剣も同時に上に流れる。俺は手首を捻りつつ袈裟斬りを放つ。パーターピンは瞬時に後退し回避。俺はそのまま前に出て突きを放つ。このときばかりは笑いをコントロールすることに成功した。
突然前進するようになった俺に驚きを隠せない様子のパーターピンだが、機敏に反応し俺の突きをかわした。逆に俺の脳天めがけて刺突を返してきた。俺は首を捻って回避、と同時にパーターピンの腹の脇にあった剣を右に振り抜く。パーターピンも俺の頭を斬り裂いた。
どちらが速かったか。どちらの斬撃が先にコンピューターに認識されたか。
その答えはすぐに分かった。パーターピンが水色のポリゴン体となって爆散したのである。
《勝敗が決定いたしました。勝者、〈レイ〉様。〈パーターピン〉様は敗北となります》
久し振りにそのイントネーションのおかしなアナウンスを聞いた俺は、今度こそ盛大に笑った。
何が面白いのかよく分からないのに笑ってしまうというのはよくある話。