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22 生徒会役員改選告示(5)

 二日連続カラオケボックスというのもずいぶん羽目を外し過ぎと思われそうだがそもそも秘密を保つことの出来る場所がそこしかないのだからしかたがない。静内が男子であれば乙彦の家に名倉と一緒に連れ込むことも可能だが、さすがに女子を親しげに親へ紹介するのは気がひけるし向こうだって嫌だろう。

「あーあ、もう、今日は私が部屋代出すからとことんつきあって!」

 昨日行ったところとは別の、比較的防音の利いたカラオケボックスに静内自らの案内で連れて行かれた時、名倉とふたりで思わず、

「静内相当、壊れてるな」

 つぶやいてしまった。振り返った静内の目は明らかに血走っていた。結膜炎かと思うくらいだった。

「何よ、壊れて悪い? あれだけいろいろあって悪い?」

「事情は聞く。それと部屋代は割り勘だ」

 とりあえず静内をカラオケボックスに押し込んでから、学校祭の反省会をとことん行うことにしようと決めた。学校内ではとりあえずよい子の評議委員を通している静内ゆえに、さぞや爆発しそうなマグマで溢れかえっているだろう。覚悟はしている。


 意外と名倉が手慣れた手つきでウーロン茶三人分を部屋電話で注文している。乙彦が夏休みいっぱいしょっちゅう連れ回した結果ともいえる。

「さてと、静内、お前先に歌え」

「いいの。関崎、あんたの方がもう歌いたくってなんないって感じ」

「名倉はどうなんだ」

「俺は聞き役専任だ」

 互いに好き勝手言いながらそれでも曲集をめくる。静内のために得意そうな一曲を最初に入れてやる。流れ出した曲に一瞬のけぞるような振りをして、すぐに立ち上がり、

「私が今何を求めているかがよくわかるわね」

 マイクを手に取った。流れ出したのは強烈な洋楽パンクロックの名曲だった。乙彦には単なる絶叫にしか聞こえないがそれでも静内の精神状態をよく表しているとは思っていた。隣りでウーロン茶を飲む名倉に尋ねてみた。

「祭中ずっとああだったのか」

「そうとう、きてたということは事実だ。歌わせるよりしゃべらせたほうが精神衛生上よいと思う」

 医師志望の名倉らしくじっと観察しながらつぶやいた。

 ──それにしても静内はしっかり音程取れてるな。さすが指揮者として細かいところに拘るだけある。


 ようやく歌い終わったところで乙彦は無理やり静内と名倉にグラスを持たせて、

「とりあえず乾杯といくか」

 声をかけた。今日のテーマはなんといっても「学校祭の総括」なのだから。

「何もめでたくないけどまあいいわ」

「乾杯!」

 互いにグラスを打ち鳴らしウーロン茶を飲みなおした。とっくに三人とも口をつけているし順番が逆な気もしなくもないがそんなこと気にしていられない。乙彦が何気なしにつぶやくと、

「そう、くだらないことで伝統をひっぱるのはやめてほしい!」

 切実な声で静内が叫んだ。パンクロックの力は相当なようで、静内の口調は学校とは違いだいぶヒステリックになりつつある。

「何よ評議委員会ってまともだとか言ってたけど大嘘じゃない!」

「あのフィナーレか?」

 だいたい予想はついていた。水を向けると静内は激しく首を縦に振った。あきらかにいつもの静内ではない。ウーロン茶ではなくまさか未成年厳禁の酒なぞ頼んでいないだろうかきにかかり思わずメニューをめくる。大丈夫だった。

「関崎まさかあれ見てたの?」

「俺も規律の仕事をしていたからある程度は観ていた」

「俺は遠くから」

 男子ふたり頷くといまいましげに静内はガラスのテーブルを叩いた。

「女性蔑視もいいとこじゃないのあれ! 多少演劇っぽい要素が入る演出も私は否定しないし、音楽たっぷりはもらせた展開も悪くないと思う。ほんと、ミュージカルとして見るならいいのよ。けど、なんであんな最初と最後で意味もなくカンカン踊りを踊らせるのってなにが目的ってわけ?」

 やはりそうだ。学校祭最終日のグランドフィナーレで評議委員女子全員で華やかなフレンチカンカンをスカートふりふり踊った様がいまだに話題となる。お堅い評議……とは誰も思っていなかったらしく予想外という反応は全くなかった。ひとえに結城委員長の偉大さともいえる。しかし、その嵐に巻き込まれた女子たちの反応はというと真っ二つに分かれているようだった。

「古川は別に文句言ってなかったが。いきなり決まったのか」

 とりあえずクラスの下ネタ女王様はソロデビューを果たしたとあってご満悦だった。

「そう、結城先輩がフィナーレで吹奏楽や合唱、それからバレエが得意な人たちにも声をかけて面白いものにしよう、と準備していたのは聞いてたけど一年には関係ないことだと思ってたのよ。それ以外にも仕事いっぱいあったし。結構一日目二日目は、他の高校や中学から見学に来た人たちもいっぱいいたし新聞社からの取材とかも」

「そんなのあったのか」

「あったんだ。私たちは一年だから出番ないけど、結城先輩がどういう風な話をしているかをこっそり聞いたり観察したりはしてたし。関崎みたいに派手な学ラン着てうろつくとこまではしなかったけど」

 あまり見かけなかったがそれなりに静内も仕事があったのだろう。

「でも、少なくともあれはなかったよ。いきなり結城先輩が学校祭前日に派手なスカート持ってきて、これでひたすらくるくる回ったりスカートめくって足見せたりしろなんて、なんか間違いよね」

 静内は空気のスカートを持ち上げるような真似をした。

「ずいぶんみな揃っていると思ったが、本当に学校祭前日なのか」

「そう。私もその辺りはびっくりしたけど、評議のみなさんたちは附属上がりばかりだからそういう突然の予定変更には慣れきってるみたいよ。古川さんも轟さんもすぐにスカート身に着けて一生懸命先輩たちと練習してたし。そう、先輩たちも結城先輩の言うことならいつものことだし逆らっても無駄と判断したみたい」

 恐るべし結城先輩。アイドルステージのイメージでもしていたのだろうか。ただ面子がどう考えてもアイドル然とした奴ではないのが不運だった。

「噂で聞いたんだが、静内、お前は抗議したんだろ」

「当たり前! 突然の予定変更はしかたないと受け入れるよ。それが評議の仕事だと思う。けど、女子だけなぜあんなふしだらな格好しなくちゃいけないのか、それが私には全く理解できなかったわけ」

「ふしだらとはずいぶん古い言葉だな」

 名倉がからかうときっと睨み返された。

「どうせ私は古い人間ですから! 媚を売るようなことは嫌いなの!」

「たぶん結城先輩の頭には『日本少女宮』の人たちが舞い踊っていたんだろう」

 乙彦なりに分析しておいた。

「だが、いかんせんそれは青大附高の評議委員で再現できるものではなかった」

「当たり前! だから最初から女子を男子の慰み者にするような演技を断るべきだったはず。それを何? 大喜びで乗りまくってきゃあきゃあ騒ぐのってあれはなに? 中にはもちろんスカートひらひらさせて踊りまくってた人もいたけど、親に見られてもあれ平気なの? 私が親にあんなところ見られたら勘当されてるよ確実に」

「古川は好きそうだからな。お前とは大違いだ」

 しみじみつぶやくとさらに静内はヒートアップして絡んでくる。

「うちの担任とも久々に意見一致したよ。まっとうな家庭で育ったならあんなこと平気で出来るわけがないってね」

「それは言いすぎだろ」

 乙彦がたしなめようとする前に、名倉がまた一曲準備を進めていた。

「静内、もう少し頭を冷やせ。お前の十八番のバラードだ」

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