22 生徒会役員改選告示(4)
立候補については藤沖にカラオケルームで打ち明けたのみ、規律委員の先輩たちにも決心は伝えていないし他の友だちにも一切話していない。
次の日乙彦が生徒玄関ロビー前にでかでかと張り出された「生徒会役員改選告示」の立て看板を見据えた時も、特に何か言う奴はいなかった。
「生徒会改選かあ。もう冬も近いねえ、寒いねえ、期末も近いねえ」
「クリスマスも近いねえっていうんだこういう時は」
しょうもないやり取りが聞こえてきた。横目でのぞくと天羽を筆頭とする元評議三羽烏がのんびりと語らっている。難波と更科が顔を見合わせて、
「ホームズ、あとうちのクラスの改選も近いってさ」
「確かにな」
話を合わせている。その通り、年末も近い。早すぎる一年が過ぎ去ろうとしつつある。
A組の教室でさっそく藤沖に迎え入れられた。
「関崎、見たか」
「ああ」
今の段階ではあまり大げさにしたくない。どちらにせよ立候補すれば公になるのは分かりきっているけれども、できればギャラリーに囲まれることなく静かに生徒会室にて書類を提出できるとありがたい。いくら学校祭でど派手な学ランまとっていた乙彦とはいえ、日常生活で不必要に目立つのはできれば避けたかった。それを知ってか知らずか藤沖は乙彦の隣りに陣取り小声で新情報をささやきかける。
「今のところ立候補者情報は上がってきていない。それぞれの委員会で水面下の青田刈りが行われているとは聞いているが具体的にやる気を出している奴の名前がまだ浮かび上がらないんだ」
「これから考えるんだろう」
現二年生だっているのだから。情報がすべて藤沖のもとに集まってくるとは限らない。
「クラス委員改選については結構早い段階でいろいろ話が固まっているんだが。まずお前も知っているとは思うが南雲が規律委員続投、これは当然だ」
「知っている」
さらに規律委員長も狙っているとはさすがに言えない。
「評議もとりあえずは連投組みがほとんどだ。面子もそう変わらないだろう」
「確かにな」
「だが美化、体育、音楽あたりで動きがあるかもしれん」
「それはなんでだ」
「C組の面子考えてみろ」
すぐに思い当たった。元評議三羽烏、今朝も元気に鳴いていた。
「あいつらがこのまま何もしないでいるとは思えん」
──知ったことか。
藤沖には悪いが、乙彦にとって元評議三羽烏はライバルとしてさほど重要な位置を占めていない。難波のつっかかりっぷりがめんどくさいといえばそれまでだが、立村にお守を頼んでおけばなんとかなるような気もする。
「関崎、おはよう!」
元気に声をかけてくる片岡に手を上げてこたえ、乙彦は次の授業の準備を始めた。これ以上外部に余計な情報が洩れないようにするための対策だ。
──とりあえず、昼休み、一番乗りで行こう。
待ち続けた昼休み、給食を平らげた後乙彦はできるだけさりげなく教室を出た。藤沖が着いてきたそうな顔をしていたが、
「悪い、俺ひとりで行かせてくれ。けじめだ」
よく自分でもわからない言い訳をして振り払った。藤沖が兄貴気分で世話焼きたがるのもわかるがさすがに高校一年の男子がべたべたくっついて歩くというのも気持ち悪い。
廊下で静内と顔をあわせた。やはり藤沖なしで行動して正解だった。
「あれ、関崎これから図書室?」
「いや、用がある。ただ帰りは行くつもりだが」
「そう、私も。名倉は?」
「わからんが来るだろう」
「じゃあずっと伸ばし伸ばしにしてきた、学校祭総括やらない?」
静内はぐっと握りこぶしをこしらえて自分の胸元に置いた。
「もう、言いたいこと溢れてて爆発しそうなんだけど」
「内容的に図書室では無理だろ。外に出るか、学食か」
「やっぱり、あれでしょ」
握りこぶしをマイクに替えた。なんたることか。乙彦の弱みがカラオケにあることをみなしっかり把握してしまっている。いいのかこんな体たらくで。
軽くショックを受けつつも放課後の約束を済ませて乙彦は二階の生徒会室へと向かった。斜め向かいに職員室といういかにも大人の目が届きやすい場所に位置している。生徒会室の扉はしっかり閉まっている。威圧感ありあり。呼吸を整える必要がある。告示立て看板をもう一度しっかり目に焼きつけ、ドアノブを引いた。
「はい、おお、君は確か」
すでに生徒会役員全員がクッキーをつまみながらテーブルを囲んで話し合っている。学校祭の「幻の制服」行脚で顔見知り程度いはなったけれどもそれ以上のつながりはまだない。男女それぞれ半々の面子の中、生徒会長がすっと立ち上がった。
「先日はいろいろお世話になりました」
一応規律委員の顔で頭を下げる。なぜかみな、拍手をする。
「おかげで規律委員会の『幻の制服』イベントも成功しました。あのそれで」
さっき静内と無駄話し過ぎたせいで時間が少し迫っている。要件を伝えねば。あせる。声が上ずりかけるのは気のせいか。
「おお、もしや」
「もしかして、さっそくですか」
「すごい、すごいよ!」
「さあ、もう一声!」
──何か勘違いしているのりだが、まあいいか。
乙彦はしっかり足を踏ん張り、生徒会長含む役員全員に伝えることにした。
「生徒会役員に立候補したいのですが、申込書をいただいてもいいですか」
二度目の拍手喝さい。副会長の女子先輩が立ち上がり、にこやかに紙と鉛筆を差し出した。
「お待ちしてましてよ。さあどうぞ」
やはりこの学校の生徒会は何か違う。受け取りつつ「会長・副会長・会計・書記・渉外」人員を確認する。もちろん会長はひとり、副会長ふたり、会計ひとり、書記ふたり、渉外ふたり。定員合計八名。ためらわずに副会長の項目に丸をつけた。
「副会長か、会長にはしなかったのはなんでかな」
生徒会長氏が受け取りながら乙彦に手マイクでインタビューの真似をする。
「さすがに外部生として何も知らないまま会長立候補するのはまずいと思います。やるならある程度学校内を把握してからにしたいと思います」
「なるほどなあ。とにもかくにもまずはめでたい! 青大附高の生徒会は来期も安泰だ! 二年一同も安心して海外遊学できるじゃあねえか!」
「まじ、感謝感謝!」
三人ほどが乙彦めがけて両手をすり合わせて拝むしぐさをする。問題の「海外留学組」らしい。
「もちろん日本にいる時は分かること全部教えるからね!」
「いや、向こう行ってからでもエアメール送ってもらえればできるだけのことはする!」
──最初からそれは期待してないが。
とりあえず大歓迎されたことだけはよくわかった。帰り際、生徒会長が副会長相手にしみじみと語り合っているのが聞こえた。
「いや、告示出すまではもう胃がべらぼうに痛くてなあ。生徒会なりたたねえんじゃねえかとか思ったけど蓋開けてみたらもう、三人も一年生立候補してくれたんだもんなあ」
「会長でしょ、副会長ふたりでしょ。もう最高じゃん」
笑いあう生徒会役員の声に送られつつ乙彦は指を折って計算してみた。
──副会長ふたり? それにもう、会長も立候補してるってことか? いったい誰だ?
一番乗りではないことだけがささやかに悔しかった。