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22 生徒会役員改選告示(2)

 マイクを握るのをあきらめ、乙彦はゆっくりと座り直した。周囲のがなりたてる声が返ってカーテンとなり安心する。ここなら誰にも聞かれないですむというわけだ。

「とりあえず俺もお前の意思を確認できて安心しているんだが、まだ誰にも伝えてないな」

「ああ、誰にもだ」

 外部三人組の片割れどもにも伝えていない。人に相談して決めるべき内容ではないと思っていたし、あのふたりだって乙彦からぐだぐだ愚痴られても困るだけだろう。

「ただ規律の先輩たちには立候補をことあるごとに勧められていたので具体的な情報集めだけはしていた」

「結城先輩がいろいろ考えていたらしいからな」

 ふむふむと頷きつつ、藤沖は少しずつ伸びてきた丸刈りの頭をなでた。

「最初の予定とは大幅に異なってきたが、俺はやはり関崎に向いているのは生徒会だと思っていた。委員会はこういったらなんだがぬるま湯だ。評議委員会ですらそう感じるんだから、お前にとっての規律委員会も似たようなものじゃないのか」

「そうだな。学校祭の時はそうでもなかったが」

「『幻の制服』だもんな、あれは笑わせてもらった。記念写真はいつもらえるんだ」

「そろそろ現像した奴が出来上がる頃だ」

 写真を一緒に撮った来客者たちに一通ずつお礼の手紙を書かねばならない。悪いが藤沖分は後回しにさせていただくことにする。


「俺の方から話したいことがもうひとつあるんだ」

 時間を節約するために乙彦から切り出した。

「なんだ、言ってみろ」

 いつものように兄貴風吹かせようとする藤沖。

「俺が明日、生徒会に立候補用紙を提出した段階で、A組の評議委員を受けることはできなくなる。当然のことなんだが」

「ああ分かっている。俺もそのことは承知している」

 藤沖も目をつぶり、腕組みしながら頷いた。

「本来なら俺は評議から降りて、やっと形になりつつある応援団の指導に没頭したいところなんだが事情が事情だ。仕方あるまい。来期も俺が引き受ける」

「そうか、それなら安心だ」

 口ではそう言ってみたものの正直不安がよぎる。藤沖は気がついていないかもしれないが、あの合唱コンクールをきっかけにだんだんと風向きが変わってきているという現実に。女子たちはあまり反応していない様子だが、男子連中の一部が藤沖に対して面白くない感情を抱いているのでは、そんな気がしてならない。

「関崎が副会長に立候補するとなると、問題は規律委員の座だな」

 藤沖は全く意に関せず次に進んだ。

「お前は立村を推したいようだが、俺としてはひとつ異論がある」

「なんだそれは」

 まだこだわりがあるようだが、代わりになりそうな人材がいないのも事実。これも合唱コンクール以降の動きだが、立村の株が上がってきているところからしてなんらかの形の委員復活はありうるだろう。立村本人も、推されたからには断らないようなスタンスを取っているし、藤沖がいちゃもんつけなければなんとかなるだろう。

「いや、勘違いするな。俺は決して立村を低く評価しているわけではない。公私混合はしていないつもりだ」

 妙にとってつけたような言い訳をしつつ藤沖は、

「俺もこの前話したと思うがお前が生徒会に行くのであれば、仮に元評議三羽烏が鳴き喚こうがなんとかなりそうな気がしている。評議委員会だったらどうなっていたかはわからないがな。どちらにせよお前がさっさと生徒会で権力を握ってしまえば、たとえ委員会組織でざわざわしたとしてもどこ吹く風と聞き流せばよいだけのことだ」

 ここまで藤沖はゆっくりした口調で語った。すっと立って電話で、

「すいません、コーラお願いします」

 自分の分だけさっさと注文した。


 ──藤沖は俺と立村が委員会関連の対立をすることを恐れていたようだしな。

 乙彦は全然気に留めていなかったことだが、仮に乙彦が評議委員に納まり、規律に立村が押し込まれた場合、本人たちの意思とは別に外部生VS内部生同士の軋轢が周囲から演出されてしまい、面倒なことになりそうだという話はあった。藤沖が話したことだ。

 このまま乙彦が生徒会に入ることができれば……もちろん落選のリスクはあるが……とりあえず藤沖はこのまま無難に評議を勤め、今まで下がったクラス内評価をを引き戻すことができるだろう。立村が規律に入ってくれればそれはそれでまたよし。家庭科室でお針子さんさせられていた時も立村は規律の連中と仲良くしゃべっていた。それに昔馴染みの清坂もいる。結構居心地よいのではないかとも思う。

「ひとつ相談なんだが、関崎」

 コーラが届いたところで藤沖はストローで混ぜながら、

「片岡はどうだろう?」

 いきなり切り出した。

「片岡が何かしたのか」

 問いかけると藤沖はがははと笑った。気づかない乙彦がまるでぼんくらとでも言いたげに。

「さっきの話の続きだ。規律委員会に片岡はどうか、と言ってるんだ」

 ──片岡? おい、藤沖、それ正気か。


 前から藤沖は片岡のことを気に入っていていろいろちょっかいかけていた。もっとも片岡本人はありがた迷惑の様子だったが。本当は乙彦だけを誘いたかったであろう焼肉パーティーもいつのまにか割り込まれてしまうといった有様。こればかりは藤沖の「片思い」なのではと思わずにはいられない。

 が、なぜ、規律委員に片岡を推したいのか。

「そうびっくりするな。お前も片岡の性格はよく知っているだろう。やることなすことはガキっぽいがああ見えて成績は悪くない。与えられた仕事もきっちりする。何よりきちんと校則を守っている。遅刻もしない」

 ──桂さんにたたき起こされて車で連れてきてもらっているようならな。さらに校則守るったって全部桂さんの監視下なんだがな。

 片岡の諸事情を知る乙彦としてはあいまいな返事しかできそうにない。

「もちろんあいつも中学時代、とんでもないことをやらかしてきたことは確かで清い水ばかり飲んでいたわけじゃあない。だが、だからこそあいつは弱い立場の奴の気持ちがわかるんだな。お前もいろいろと聞いているかもしれないが」

「あくまでも噂だがな」

 実を言うと乙彦も片岡の詳しい事情については確認をしたことがなかった。確かに女子たちの過剰なまでの片岡避けにはあきれ返るところもある。もっと片岡の価値を評価してやってもいいのではと思う。しかし、本人がその現実を受け止めてその中で全力を尽くしているのであればそれはそれでいいのかもしれない。できれば三年間の間に女子たちの中に隠されているしこりのようなものを取り除く機会があればと願ってはいる。

「藤沖に聞きたいんだが、片岡は中学時代いったいどういう悪さをしたんだろうか」

 タンバリンの音がけたたましい。乙彦は尋ねた。

「男子たちは大目に見ているようだが女子たちからは反感買いすぎているような気もする」

「本当に知らないのか」

 驚いた風に藤沖はつぶやき、改めて、

「まあな、女子更衣室で下着を盗むなんて魔が差したとしか言えん。ちゃんとあいつなりに土下座して謝っているしそろそろ女子もみそぎが終わったと割り切ってもいいと思うんだが」

「いつのことだ」

「中学一年。本当にガキンチョの時の話だ。誰でもむらむらしたくなることはある」

 藤沖は乙彦の顔を覗き込みつつコーラをストローで一気に飲み干した。


 ──噂はやはり本当か!

 周囲のいい加減な噂を信じる気はなかった。しかし、あれだけ片岡を可愛がっている藤沖の口からはっきりその「事実」が飛び出せば信じないわけにはいかない。 

「もうとっくの昔に禊は終わっている。だからこそ、ここであいつをなんとしても復活させてやりたい。その気持ちを分かってもらえるとありがたいがどうだろうか、関崎」

 ──いや、それはまずい、まずいぞ藤沖。

 乙彦は腕時計を覗き込んだ。

「悪い、せっかくカラオケボックスに来たんだ、歌わせてもらえないか」

 まだ時間には余裕がある。五曲は歌えるだろう。

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