21 初めての学校祭(9)
青立狩 高校一年・二学期編 21 初めての学校祭(9)
後ろから白いシャツとインディアンの帽子をかぶった男子連中が勢いよく飛び出していく。白いTシャツに絵の具をぬったくって、短パンで駆け抜けていく。「へいへいほー」とか「ひゃひゃひゃ」とか謎の言葉を歌いつつ。舞台になるであろう場所をぐるぐる走り回り両手を挙げて踊りまくっている。テープでいかにもインディアンを思わせる民俗音楽の調べが流れしばらくその状態が続く。と同時に反対側には学ラン姿の男子たちが腰に手を当て、これまたいかにも応援団ののりで、「さん、さん、ななびょーし!」とか叫んでいる。その声の主は乙彦もよく知っているあいつである。
インディアンが踊り疲れてその場で安座したのをタイミングに応援団の演義が始まり、みな手拍子で盛り立てている。遠すぎて様子が伺えないのだがたぶん藤沖念願の瞬間なのだろうとは想像がついた。しっかり手をたたきたかったが仕事が仕事だ。あきらめる。
その後、休んでいたインディアンたちがいかにも疲れた風に伸びをしつつ立ち上がり、またわざとらしく舞台前でしりもちをついた。同時に奥からこれまた勢いよく女子たちが十人から十五人くらいどどどと現れた。「女子」としか判別できない。乙彦も息を呑んだ。
──おい、あいつらまさか。
よく知っている女子がふたり、しっかり混じっている。
スカートを大量に重ねてはいている。やたらと腰が太いのでよくわかる。
ふりふりのブラウス姿という、明らかに制服以外の格好でおそろいだ。
──古川、それと、静内?
かろうじてふたりの顔は見分けられた。ただし表情は不明のまま。
流れた曲はコマーシャルやコント番組でよく流れるあの、「フレンチカンカン」だった。すぐに何が始まるかを把握するのに時間はかからなかった。
取り囲んでいる生徒達、特に男子連中の卑猥な歓声が空に劈く。女子たちも反発すると思いきや、大喜びで手を叩いている。多少のお色気は許容範囲のようだが踊っている女子たちはどうなのだろう。どう考えても静内がのりのりになるとは思えない。伸び上がってみようとするが果たせない。誰かが声を挙げた。
「うわー、古川さん、サービス満点じゃーん!」
「さっすが下ネタ女王様のパワーはすごい!」
まさかちらり見せるなんてアホなことをしているとは思えないが先生たちが止めに入らないところ見ると、これまた許容範囲なのだろう。乙彦が見られなかったからといって勝手に解釈しているわけではない。決して。
半端ならざる盛り上がりで「フレンチカンカン」の舞台も終わりそれなりに演目も進んでいるようだった。本当はもっと覗き込みたいところだがやはり規律委員の仕事たる警備から離れるわけにはいかない。乙彦は群衆から離れたところで誰かが服を脱ぎ出さないか、誰かが「ファイヤー!」とか言いながら走り出さないか、目を配っていた。
クラシックバレエの素養がある生徒がいるらしくソロで踊る人いたり、有志の合唱が組み込まれたりと手は込んでいる。すべてを確認できないがそれなりには楽しめる。しかし内容としては特にテーマらしきものも感じられずただ眺めるだけ。放送局のDJだけがひとり盛り上がっているだけ。
──結城先輩の趣味なのはわかるが、これでいいのか。
ふと、斜め横を見やるといつの間にか抜け出してきたらしい立村が別の男子と話をしながら眺めているのを発見した。暗闇でよく見えないが目を凝らした限り、霧島ではないかと思われる。ひとりで佇んでいるのであれば声もかけたかったがそうもいかない。
──立村はこの形式をどう思ってるんだろうな。
学校祭のイベントとして、傍観者としてであればこれほどよくできたフィナーレはない。見られなかったが……しつこいようだが……評議委員会主催の「フレンチカンカン」は最高の盛り上がりだっただろうし、技量を持つ生徒たちがさりげなく披露する場としては素晴らしい。これは学内演奏会でも感じたことだった。
──でも、しょせんこのままだと傍観者に過ぎないんじゃないか。
水鳥中学の、生徒達やるきなしなしの状態でそれでもフォークダンスと座談会を行うことだけで熱く意見をぶつけ合い、紅炎の燃え上がる様を間近に見たあの時よりも波は凪ぎ、ただ立ち尽くすのみ。炎そのものが見えないまま。
「さーてこれから、マイムマイムっすよ! みんな仲良く手をつないでいきましょう! それと規律委員の哀れなみなさま、円が下手に途切れないように見張っててくださいよ。逃げ出そうなんてことしたら即、逮捕で願いしますだ、ってことでいきまっす!」
──無理しているように見えてならないな。
一通り演目が終わり終盤あたりからやっと、観客をも含む「マイムマイム」のダンスが始まった。前もって予告されてなかったというのもあるのだろう。みなばらばらで、すでに輪から離れている生徒もいる。こういうことなら最初から手をつなぐことができるように整列させておき、自然に両手をつなぎ合うのが自然だと思うのだがそこまで考えていなかったようだ。現に手をつなぐこと自体で揉めている声も聞こえてくる。かといって規律委員が輪を整える以外に口を出す必要があるのか迷いもある。
「さーさ、みんななかよしなかよし、ほらほらまあるくなって!」
さすが南雲は慣れている。あぶなっかしい雰囲気のところには駆けつけてゆきにこやかに仲裁する。東堂もほぼ同様で、清坂だけがあちらこちら走り回って黄色い声を挙げている。乙彦は特に何かを発したわけではないが近づいただけでみな察してきちんとしてくれる。なぜなのだろう。楽ではある。
マイムマイムでみな両手を掲げて踊り出したのを眺めながら、乙彦は幻の紅炎を瞼の裏で感じようとした。あの時フォークダンスに最後まで反発した乙彦はあの紅炎をひとりの女子の側で眺めていた。お下げ髪の、今は可南女子高の制服をきたあの女子の眼差しが今でもずっと残っているのはなぜだろう。もう二年も経っているというのに。
「さーて最後は、とっぱじめに可愛くセクシーなフレンチカンカン娘の評議女子のみなさんにもっかい踊ってもらいましょう!」
──またやるのか!
てっきり「マイムマイム」だけで締めるのかと思いきや、最後はまた評議連中の「フレンチカンカン」と来るらしい。踊りつかれた連中がテンション高く拍手と嬌声を上げる。評議の連中は何も言わなかったが陰でいろいろ練習していたのだろう。静内は楽しんでいるのか、それともこの状況を耐えているのかを知りたかった。乙彦は前に出て舞台をみようと伸び上がった。
「では行きまーす! みなさん手拍子でどうぞ。一緒に踊りましょう! ただスカートめくるのはやめましょう! 相手のも、自分のも。つかまっちゃいます」
──んなことするわけないだろうが。
ようやく見えた舞台の上。「フレンチカンカン」部隊が輪になりそれぞれ足を膝上まで上げて踊り出している。背が高いのが静内だろう。それなりに無難にこなしている。古川を探したところなんと、円の中心部でわざわざ膝丈までスカートをたくし上げたりマリリン・モンローのものまねやったりとひとり芸人魂を打ち出している。いったいあれは自主的にやったものなのかそれとも結城先輩が演出の一環で打ち出したのか。判断に悩む。
──麻生先生も止めに入らないのか……。
下着を見せたりなんなりするわけではなく、ある意味「健康なお色気」なんだろうが男子たちのざわめきだけがヒートアップしているような気がする。
「ではではみなさん、楽しい学校祭もこれにてお開き。カップルになれた方なれなかった方、盛り上がった人盛り上がれなかった人、初めての人最後の人、いっぱいいますが何はともあれ無事に燃え尽きましたかあ?」
「はーい!」
DJとのやりとりのみ観客たちとの交流が成り立っている。最後に打ち上げ花火が連続して十本ほど上がり、真っ黒い空のもと大歓声が上がった。心地よい疲れとともに乙彦は懐中電灯を掲げた。警備役とはいえ、乙彦は確かにここにいた。空に印をつけておきたかった。懐中電灯の白い光がすっと天を指して飛んでいくように見えた。