21 初めての学校祭(5)
とうとう学校祭最終日を迎えた。規律委員の集合場として三日間たむろった生徒指導室でのひと時は、乙彦が想像している以上に濃密なものだった。三学年が入れ違い顔を出しては去っていき、時々先生たちが差し入れの飲み物とお菓子を持ってきてくれたり、今まではゆっくりおしゃべりしたことのない奴らと膝を突き合わせて語り合ったり。
南雲と東堂のふたりとも、この三日間でだいぶ腹を割った話ができたような気がする。なにせ「規律委員会アイドルユニット」なる怪しいトリオを組んだ立場だというのと、それにプラスして同じ「みつや書店」のバイト同士。共通点はそれなりにある。南雲たちがどう思っているかはわからないが、乙彦からすると結構骨のあるいい奴のように思えた。
「今日は最後のご奉公だけど、よろしく。あ、それと今日もバイトは」
「日曜だから休みだが」
「そうだよなあ。あ、そうだ、みつや書店のおばあちゃんが来てくれるかもって話をしてたからもし見かけたら俺のとこにぜひ遊びに来てくれってこと伝えといて」
南雲が「幻の制服」をしっかりまといながら乙彦および周囲の連中に声をかけた。
「お前は意外と年増受けするからなあ」
先輩たちが笑いながらからかう。南雲も軽く受け答えする。
「そうなんですよ、俺、人生経験豊かな女性が好きなんで。もうこれ、ガキの頃からそうなんで」
この辺も学校祭前の乙彦であればけっとそっぽむいていただろうが、この三日間でだいたい把握した。南雲のおばあちゃんっ子ぶりは相当なものだったらしく、その延長上でみつや書店の店長さんたちに愛想を振りまいているということを。心底、お年寄りはいたわるべき、いやいたわりたくてならないというオーラが溢れている奴だということを。
──人は見かけによらないと聞くが、まさにそうだな。
「わかった。伝えておく」
「助かるなあ、関崎サンクス。やっぱりっちゃんが言ってた通りだなあ、な?」
最後の「な?」は東堂に語りかけたものだった。どういう反応があったかどうかはわからないが、立村が以前より乙彦のことをよく話してくれていたらしいということだけは伝わった。ありがたいことだった。
──立村は、今日はどうするんだろう。
昨夜の学内演奏会で見かけた立村との視線の交わし合い。今朝も一応教室で挨拶はしたが詳しいことは問わなかった。一緒にいた片岡も口を閉ざしたままだったので立村がかの女子とふたりきりで過ごしていたことを知る奴は少ないらしい。
──まあいい、今日は内川たちも来るしな。楽しみだ。
今日は南雲と清坂が一時抜けをしたいとのことで、昼休みの休憩プラス一時間は乙彦が規律委員会アイドルユニットの残り部隊としてさまようことになる。中を見て歩きたい気もなくはないのだが、野郎の先輩方に説明してもらいながらそれなりの目的を持って見ていくほうが面白くてあえて残った。
「関崎、今日は誰か来る予定あったりするのか」
「はい、中学の友だちと後輩が来るはずです。うち、後輩は来年うちの学校受ける予定なので下見させるつもりです」
もちろん内川のことである。
「二年連続水鳥中学合格者が出るかってとこか」
「正直厳しいとは思いますが応援するつもりです。このマスコットもそいつにやろうかと思っています」
たらたらしゃべりながら蛍光黄緑の学ランをきっちり羽織り廊下をうろつく。先輩たちにつつかれ振り返ると、結城先輩が楽しげに乙彦を手招きした。先輩たちも手を振っている。
「どうだね、関崎くん、青大附高の学校祭は」
「はい、充実してます」
「君の噂はさすがによく流れてきているよ。もちろんいいほうにね」
見ると結城先輩の手には巨大な紙袋がぶら下がっている。ちらっと見えたものは古本の山らしい。アイドル雑誌だということだけは表紙カラーの雰囲気からだいたい伺いしれた。
「図書局がバザーやっててね。大収穫だったよ。貴重な雑誌がたくさんだ」
結城先輩の同級生たちが「どらどら見せろ」と覗き込み手に取ろうとするのを「これこれ、失敬な」と振り払う。相当「日本少女宮」のグラビアがたくさん見つかったのだろう。
「ああそれと、皆の衆、頼んでおいた件についてはどうかなあ」
「オッケーっす!」
なぜか先輩たちが親指立てて結城先輩に合図している。三年だけではなく二年もそうだ。なぜなのか。
「よしよし。ではまた学校祭の後にお会いしよう。さらばじゃ」
「さらば!」
頭を深く下げて見送ったのは乙彦だけだった。さすがに先輩に対して「さらば!」の一言を口にはできない。
職員室前を通りがかると、やはり周回中の南雲と女子の軍団が立ち止まっている。愛想良く振舞う南雲になぜか声をかけているのが名倉だ。乙彦も本当は一歩近づきたかったのだがかなり深刻な顔をしていたので聴きそびれた。あとで確認しよう。
美術部の教室も巡回の名目でぐるりと足を運んでみた。規律委員の先輩でひとり、やたらと芸術にうるさい人がいて一点ずつ評価を下していく。その声でかえってお客さんが引いているような気がするのだが、とりあえず規律委員としての仕事として歩くことに専念した。羽飛の絵も見かけたが乙彦には理解しがたい斬新な色使いに唖然とするのみ。乙彦には音楽にしろ美術にしろ観賞するという才能はないようだった。
「よっし、次は結城印のお墨付きたる図書局バザーの巡回だぞ。当然、違反がないかどうかじっくり本を手に取り確認しような!」
いかにも下心ありありの台詞を吐く先輩に爆笑しつつ、図書館に向かった。図書局員といえば古川こずえがいるはずだがたぶん評議委員の仕事を優先していることだろう。またいきなり「青いわねえその制服、青いのはあそこの先っぽだけでいいのよん」とか下ネタ女王様の洗礼を受けないで住むだけまだましか。
足を踏み入れたとたん、声をかけられた。
「関崎先輩!」
すぐに誰だか気がついた。乙彦は先輩たちに頭を下げてすぐそいつに近づいた。もうとっくに師弟愛あふれるコンビは一緒に行動している。
「内川、ずいぶん早かったな。それに片岡も」
「そうだよ、朝一番に来てほしかったからそう伝えておいたんだ」
片岡は今朝のぼんやりした面とは打って変わってすっかりお兄さん風を吹かせている。「兄貴風」というには少しおとなしめ。日曜なのになぜか水鳥中学の学生服姿で登場した内川をエスコートしてやっている。見事な仮面である。
「図書局のバザーで買い物するのか」
「うん。ここで、内川くんが欲しがってたものいっぱい手に入ったみたいなんだ」
どこかで見た光景。内川も大きな袋に雑誌を大量に詰込んでいる。結城先輩と違うのはその雑誌がテレビ関連のものということだった。
「時代劇特集か」
「それもあるみたいだけど、ちゃんと問題集も入ってるよ」
「片岡先輩が買ってくれました。悪いです」
「古本なんだから気にしなくていいよ」
すっかりやさしいお兄さんの仮面をかぶった片岡に乙彦は小声で、
「内川のお母さんがお前に挨拶したがってるぞ」
とだけ伝えた。ついうっかり調子にのっていつもの甘ったれ片岡に戻ったところを大人には見られたくないだろう。片岡も神妙に頷いた。
──それにしても、雅弘はまだか。