21 初めての学校祭(4)
四時半までは後片付けに専念し、その後急いで乙彦は青潟大学講堂へと急いだ。
今まで一度も足を踏み入れたことのない環境ということもあり緊張するところもあるのだが、やはり学校祭の雑然たる雰囲気に勇気付けられた。高校内も結構外部三人組で探検したのだが、まだ未知の空間大学が残っている。学校祭が終わったらぜひやろうと思う。
──あいつらも委員会で忙しいんだろうな。
静内とはほとんど顔を合わせていない。名倉も学校祭中はほとんど参加せず塾に行くとか言っていた。外部三人組で空いている時間うろうろする楽しみも実はない。まあいい、学校祭が終わったらいろいろ感想など聞いてみよう。
乙彦は講堂の前に彩られた薔薇の花輪を眺めた。あちらこちらに飾られている花の鉢植えや胡蝶蘭など、かなりのにぎやかし。雰囲気がやはり高校とは違う。名前も入っている。だれだれさんへといった風に贈られてきたものが並べられているようだ。
「関崎、早いな」
声をかけてきたのは一年A組の男子たち五名ほどだった。片岡も混じっている。
「あれ、制服着替えたの」
片岡が目を丸くして言う。こいつらも一応は規律委員の任務中だった乙彦の格好を確認しているはずだった。
「当たり前だ、あんな派手な格好して歩くなんて常識的にはしんどい」
「でも明日も着るんだろ?」
「規律委員だからな」
みなけらけら笑った。時計をみな覗き込みつつ、
「あとは藤沖が来るかどうかだな」
それぞれ頭を着き合わせて話している。来ないとは思えないので聞いてみた。
「藤沖は来ないわけないだろう」
「いやわからんぞ。さっき女の子といちゃいちゃしてたぞ。学ラン姿でさ」
よくよく聞いてみると、藤沖は中学三年の曰くの彼女とふたりでなにやら語らっていたらしい。どういう内容なのかはわからない。ただ青大附高では着ることのほとんどない学生服を応援団ファッションとしてしっかり着こなしている藤沖が実に目立っていたというのは事実のようだ。
「ほら、生徒会の子で、ヘアバンドかけてたあの子」
「ああ、最近付き合いだしたんだよな」
「いろいろ噂もあるけどまあ、藤沖にも春が来てよかったよな」
片岡はその色話に加わらず、乙彦にささやきかけた。
「明日、内川くんが学校に来てくれるって話してたよ。家族で来てくれるんだって」
「ああ、うちの親もセットかもしれない」
うれしそうに片岡も口元をほころばせ、
「うちの学校の下見は絶対したほういいと思ってたんだ。俺が全部案内してもいいかなあ」
「お前時間あるのか」
「あるよもちろん。きっとうちの学校広いから迷っちゃうかもしれないね。いろいろ連れていきたいけどどこがいいかなあ」
入り口でたむろっているのも何なので顔をあわせた連中みなで講堂に入った。講堂というよりもどこかの高級な劇場みたいな雰囲気で全体が扇形に席構成されている。学生よりも近所に住んでいる人たちとか、出演者の家族とか、明らかに年齢層の高い人々が中心だった。一言、場違い。
「どの辺に座ろうか」
「前にしようよ、前」
なぜかまん前の席は人がほとんどいなかった。遠慮なく一年A組連中で陣取ることにする。みると同じことを考えているのは他クラスも同じようで一年C組の群れも見かけた。天羽、更科、難波の三羽烏も揃っているが羽飛はいない。南雲は当然のことながら規律委員を優先しているのでいない。女子もかなりの数揃っている。
「うちのクラスの女子たちはどうなんだ」
「あ、さっき会った。疋田ちゃんに花束持ってったぞ。A組代表ってことで。けどあれだなあ、花束よりああいう風に鉢植えみたいな方がよかったんか?」
よくわからないが、みな疋田のピアノ演奏を楽しみにしていることだけは間違いようだ。乙彦も歌う方は好きだがピアノ楽曲については不案内だ。正直寝ないで聴いていられる自信はない。それでも、合唱コンクールのトリを飾った「モルダウの流れ」の感情豊かな演奏を忘れることはできないだろう。その想いを載せて聴けば、たぶん、眠気には打ち勝てるはずだ、たぶん。
「関崎、関崎」
「どうした」
「あれ」
通路脇に座った片岡が、隣りから乙彦をつついた。黙って小さく後ろの席を指差した。向かって右後ろの斜め端目立たない席だった。まだやわらかい照明で照らされているので誰が誰だかは遠めでも見分けられる。片岡が唇を少し尖らせるようにして俯いた。言葉はなかった。
二人組の男子と女子が、静かに会話をしている様子が伺えた。
──ほんとに目立たない場所にいるなあいつ。
清坂がもし前もって教えてくれなかったら乙彦もたぶん、そこに座っている奴を無理やりA組チームに引きずりこんでいただろう。さらに泥沼と化していたような気がする。このやたらと豪華な会場だとたとえ隅っこに隠れていたとしてもピアノの音色は響き渡るだろうしあいつが願っていた通りに思い切り音楽に没頭できるだろう。
邪魔をしてはならないということだけ、胸に刻んだ。いつのまにか藤沖もひとりでA組グループの席に混じっていた。連れはいなかった。
「ぎりぎり間に合ったぞ。女子たちはまだか」
「そろそろ来るんじゃないか」
話をしているその脇から、A組の女子たちも現れた。やはり演奏前の疋田を応援するために楽屋へ駆けつけていたとのことだった。古川がいないのが意外だった。
「古川はいないのか」
「ああ、評議の仕事が長引いてるようだ」
「お前も評議だったはずだが」
「男子評議は早めに仕事が片付いた。いろいろ面倒なようだ」
あまり細かい説明をせず、藤沖は乙彦と片岡に語りかけた。
「とりあえず疋田の演奏が終わったら会場抜けてどこか食いに行こう」
食事のお誘いだが乙彦はきっぱり断った。あたり前だ。規律委員の仕事はまだ夜まで続くのだ。評議委員会がどれだけ暇なのか知らないが。
「悪い、片岡と一緒に行ってくれ。俺は規律の仕事がまだある」
「俺も今日は、早めにうち帰らないとまずいんだ」
片岡にもあっさり振られ、しかたなさげに藤沖はため息を吐いた。
会場が暗くなり、やがて最初の曲を演奏すべく、結婚式のお色直しを思わせる派手な衣装の女子が現れ丁寧に礼をしている。乙彦は疋田の順番を確かめ、しばらくは耐えることにした。六番目だった。
いい曲なのだろうが退屈なことには変わらない。それでも疋田が緊張気味に弾き終えた「トルコ行進曲」はテレビのコマーシャルで耳慣れていたせいか繰り返しの部分を楽しく聞くことができた。知っているかどうかは大きな違いだと思う。上手かどうかはわからないが乙彦の頭には、「トルコ行進曲」のメロディを使ったテレビアニメやドラマ、CMのイメージだけが繰り広げられていた。上手なことには変わりない。
「じゃあ私、もっかい楽屋行ってくるね!」
女子たちの他、男子たちも勢いよく追いかけていく。藤沖も乙彦たちに後ろ髪引かれるような顔で振り返りつつ姿を消した。じっくり聴いているのではなく出番が終わった段階でみな、楽屋に駆けつける。そんなグループがほとんどだった。その中で全く身動きしないふたりの姿が気にかかった。
「関崎、どうする、出て行く?」
「そうだな。俺も規律委員会に戻らないとまずい。制服も着替えないとな」
次の演奏者……C組の瀬尾と聞いたが……が始まるまでに少しだけ間があるのを幸い、乙彦は片岡について急ぎ足で後ろ出口へと急いだ。何を考えたのか片岡が舞台のまん前を腰かがめてすり抜けていくのを追った。思い切り大迷惑じゃないかと思うがすばしっこくて追いかけるのに精一杯だった。たったか歩いていく片岡は、向かって右端にいる二人組の脇をすり抜けた。
──片岡、それはまずいだろ。
止める間もなく片岡はすり抜け、あっという間に後ろ側の扉を開けて外に出て行った。そのタイミングでだんだん灯りが落ちていく。そっと足音が響かないように乙彦もその脇をすり抜けようとした。通路端の立村と目が合った。
──やばい、気づいていたか。
立村は何も言わず、乙彦に片手を立てて拝むようなしぐさをした。
その隣りの席にいる女子の姿にすべてを悟った。
葉牡丹を抱きしめて現れたかの女子は、立村の隣りで目を閉じたまま静かに眠り続けていた。乙彦に出来るのはそのまま足音忍ばせて講堂を出ることだけだった。
「




