21 初めての学校祭(3)
それぞれ学年によって学校祭中の仕事は割り振られている。それぞれ「幻の制服」姿でのし歩いた後休憩をはさみ、再度ぐるぐる回る。大抵高校内の出店は三時半頃にいったん終了し、夜の部の準備へと進む。夜は野外演劇やフォークダンスなどが中心だが、外に出れば次は体育委員がすべて賄ってくれるので昼ほど動き回らずにすむ。そんなこんなで一日目はあっさり終わった。
──これだけでいいのか本当に。
公立の水鳥中学ですらもっと仕事がてんこ盛りだったはずだ。先輩たちに聞くと、
「一年の仕事は学校祭が終わってからだよ。記念撮影しまくった写真を生協で現像し、いただいた住所にお礼状を書いて送る。記憶に残っている限りの会話内容をイメージして、例えばうちの学校を受験する予定の生徒には応援メッセージを、OB・OGの皆さまには労いを、いろいろと文面を考えるというわけだ」
「先輩、これは伝統ですか」
「いや違う。清坂ちゃんの発想」
知らなかった。あとで清坂美里に確認すると当然のように、
「そうよ。これ、評議委員会でも学校祭だけじゃなくていろんなイベントの時やってたことそのまんま取り入れただけ。だってうれしいと思うよ。目指している学校の先輩から応援メッセージもらえるって感動しちゃうと思うよ」
返事が返ってきた。どうも南雲と清坂が一年規律委員の中では積極的に提案をし、どんどん取り入れられている様子が伺える。それも乙彦の知らないところでどんどん進んでいるらしい。蚊帳の外はあまり気持ちがいいものではない。
「それを規律委員全員に伝えたのか」
「伝えてないかもね。みんな常識的に認識してると思ってたし」
「俺は聞いてなかったんだが」
「あ、そっか、ごめん!」
あっさりと流された。つまり外部入学者には初めてのことでも、内部持ち上がりの生徒たちにとってはごく日常のことらしかった。
「清坂のやる気は買うが、できればそれは全員に告知してもらいたい。俺も手紙を書かねばならない以上、筆ペンを用意したり練習したりする手間がある」
「まっさか、関崎くんそんな気張ったことするわけないって! 私たち、それこそ蛍光ペンでメッセージカード書いたりする程度なんだから!」
ちっとも気にしていない様子で清坂は笑った。まだまだ二日目、三日目と続くのだから深い突っ込みしすぎるのも無駄だろう。どちらにしても文字をきれいに書く練習は急いでしておかないとまずい、それだけは確認した。
二日目は土曜ということもあって、人出もざっと見た限り倍に増えている。すれ違う人が一列ではなく二列に広がっているところからも明らかだった。それでもすることはほとんど同じで、撮影タイムの回数も増えている。ただ「幻の制服」と「制服マスコット」をぶら下げて歩いているだけというのに、年配のOB・OGらしき人たちが涙ぐみつつ写真に納まる姿が乙彦には不思議だった。
「タイムスリップ感覚なんだよ、みんな」
また三年の先輩がしみじみつぶやく。
「もう俺たちの青春は終わったよ、という再確認なのかねえ」
「だがこの制服は、大先輩たちもご存知ないのではないでしょうか」
「ないけど、やっぱりそれなりの想いがあるんだろうなあ」
時々、煙草を吸う場所を探している来場者に控えめな注意をしたり……一応禁煙なので……、ナンパしている男女にはさりげなく立ち止まり鋭い視線を浴びせたりと、乙彦なりに規律委員としてどう対処すればいいかは大体つかめてきた。
また、二年、三年の先輩たちもいろいろ思うところあるようでしょっちゅう乙彦に、
「ほら、生徒会室にちょっくら顔だしてくっか」
「ほら、来賓用喫茶室行くか」
「ほら、茶室もあるぞ」
声をかけて強引に引きずり回す。行ったところで何をするでもなく頭を下げたり二言三言話をしたりとその程度なのだが、先輩たちの気迫がその時だけ違う。
「こいつ、規律で外部入学の関崎です。よろしくお願いします」
何を頼んでいるのかわからないが乙彦を紹介してやたらと頭を下げさせる。先輩に逆らう気はないが、少し強引なような気もする。尋ねてみた。
「先輩、いったいなんで俺を紹介するんですか」
「結城からの命令だよん」
たいしたことなさそうに三年先輩は語る。
「結城は評議委員長だし、お前も結構目、かけられてるだろ。けどお前外部入学だからまだOB・OGのみなさまや生徒会のみなさんとかには顔知られてないから、この機会を利用してってことだよ」
「それで本当にいいんですか」
何か先輩たちの立場が心配になるのだが、みな口をそろえて言う。
「いいっていいって、お前さんががんばってくれれば青大附高の先輩たちが楽になるって」
──そうなのか?
二日目のメインイベントは、大学・高校・中学合同で行われる「学内演奏会」である。
昼の部は三時半に打ち切られ、同時に学内演奏会に出演する委員、もしくはクラスメートを応援したい委員は特別に仕事を免除される。一応乙彦も、A組の疋田がピアノ演奏に参加するので申し出てみたところ、その時だけはよしということで許可をもらった。一時抜け、ということだ。
「いいなあ関崎くん、私も本当は聴きたいんだけど無理そうね」
清坂がため息をついている。その一方で南雲も、
「俺も本当はうちのクラスの瀬尾さんの応援行きたいんだけどそれはだめだとお許しでませんでした」
たいして残念そうでもない口調でつぶやいた。
「うちのクラスは人数少ないのと、合唱コンクールでいろいろトラブルが多かったこともあって、今回できるだけ応援しようという話になっているんだ」
「そっか。そうだよね。関崎くんえらいね」
他の委員たちも控え室で頷いた。決して乙彦だけが例外なのではなく、上級生たちにも同じ立場の人がいる。
「そういえば、りっちゃんも行くって言ってたよな」
南雲が学ランの前ボタンをひらきながら清坂に尋ねた。
「言ってた。ものすごく楽しみにしてるみたい」
「ピアノが好きだから?」
「それもあるけどね」
清坂は言葉を濁しつつ、乙彦の顔を覗きこんだ。膝に制服マスコット二体を載せてなでている。同席している先輩たちに聞こえないようにささやいた。
「関崎くん、お願いあるんだけど」
「聞くだけ聞くが受け入れられないこともある」
「たいしたことじゃないんだけど」
南雲にも聞かれたくないらしく、席を乙彦に近づけ耳元に口を近づけた。
「演奏会でもし、立村くんが離れたところに座ってたとしても、絶対声かけないであげてね」
「なんでだ?」
そういえば立村も、疋田応援ツアーには参加できないようなことを口にしていた。ピアノに集中したいとかなんとか言っていたが。
「たぶん、杉本さんと一緒だと思うの。自分では言わないけど、たぶんね」
また膝のマスコットを握り、
「あの人のことだからできるだけ目立たない席に座っていると思うし、杉本さんと関崎くんの顔をできるだけ合わせたくないと思ってるはずだから、できるだけ知らん振りしてあげてね」
理由は飲み込めた。
「わかった。前もって言ってもらえて助かった」
素直に感謝の言葉を告げると、清坂はすぐ元の席に戻っていった。