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21 初めての学校祭(2)

 朝のホームルームもそこそこに、三階の生徒相談室をアジトとし規律委員は全員集合した。玄関から遠く万が一何かあっても駆けつけにく場所だとは思うのだが、借りることができたのがそこしかないのだから仕方ない。蛍光黄緑学ランとセーラー風姿の三人にそれぞれ三人ずつ委員がくっついていき、来客にビラを配って回る。内容はたわいもないものだが、先輩方の提案もあり幻の制服に関する歴史などをちらと載せてある。その上で、廊下を走らない人とはぶつからない紳士淑女な振る舞いに徹底してほしいなどと綴ってある。

「チラシを配り笑顔を振りまくことで余計なトラブルを未然に防止できるだけではなく、幻の制服をきっかけにお客さんも盛り上がるかもしれないし一石二鳥!」

 ──そうなのか?

 疑問はあるが南雲も清坂も笑顔なので合わせておく。やることが少ないに越したことはない。もしあまりにも目に余る来客や生徒がいれば注意する義務はあるし違反カードも用意してある。場合によってはすぐ先生を呼んで対処してもらう必要もある。

「まあこの数年間はそんな危険なことはなかったよ。そんなに気にしないでも」

「え、でも出店で火を噴いたり他校の生徒と決闘したりといろいろあったじゃん」

 先輩方の思い出話に口を挟む南雲。

「なんすかその決闘って」

「それがねえ、大変だったのよ。ほら、私らの同期に評議委員長の本条くんいたじゃん。あいつが中学でぶいぶい言わせてから狙ってきた連中が結構いたんだよねえ」

「野郎がですか? 本条さんそもそもこの学校いないでしょうが」

「いや、それ知らないで本条くんに勝負もちかけてきたアホがいてね。同期の奴がお手合わせしようとしたんだけど結局止められてちゃんちゃん。うちの学校の気の抜けた運営はそれがきっかけかもよ」

 ──さりげなく重要なこと話してないか?

 つまり今までは学校祭実行委員会が寝る間を惜しんでイベント作りをしてきたのが、他校とのバトルがきっかけで毒にも薬にもならない祭に成り下がったのだから。

「そっかあ、本条さんも罪な男ですねえ。ま、とにかく俺たち規律委員の目標はなにごともなく祭を終了させる、これっすね」

 髪の毛をかきあげて南雲は微笑んだ。

「まかせてください。ほら、みなさんマスコットの装備は整ってますか」

「はーい!」

 清坂の声と一緒に女子たちも手を挙げてマスコット二体をふりふりさせた。

「それと、できれば俺の提案なんすが」

 南雲は続けた。

「使い捨てカメラみんな一台ずつ持ってるってことで、必要とあればお客さんと記念撮影しましょうや。俺たち制服部隊も協力しますから。そいで住所もらえる人からはもらっちゃって後で写真送りましょう!」

 最初から予定していた内容だが南雲が切り出すとどことなく特別な匂いがする。

「よっし、じゃあいくぞ。南雲はまず一階から二階に、清坂は三階から一気に降りて玄関回り、関崎は外に出てグラウンドを一周だ。走るなよ」

 それぞれのテリトリーを決めた後、それぞれ解散と相成った。


 女子たちはみな南雲と清坂にくっついていったこともあり、結局乙彦にはりついているのはむさい男子の先輩ばかりだった。一年がひとりもいないというのはどういう振り分けなのか。不公平と思わずにはいられない。

「さて関崎、お前さんもこれで完璧に青大附高の生徒に染まったなあ、えらいぞえらい。結城が目をかけていただけあるぞ」

 肩を叩かれつつ外に出てグラウンドを回る。すでに子どもたちが入ってきていてボール遊びに興じているし親たちもそれなりに出店で焼きそばに食らいついていたりする。チョコバナナ売りもいるしなぜか「かつおーかつおー」とか言いながら江戸時代の魚売りっぽく歩いている奴もいる。ポーズだけで中には風船のみ。子どもたちが欲しがってくっついてきているが配る気はないらしい。

 何がテーマなのかはよくわからないがそれなりに賑わって入るようだ。

「先輩、青大附高の学校祭のテーマは確か」

「路を切り開け!」

「それってテーマなんですか」

 学校側で勝手に与えられたテーマ。大抵は生徒か生徒会か学校祭実行委員会が決めるものではないかと疑問なのだが、誰も不思議に思っていないらしい。

「去年とは違ってるがまあいいじゃあねえのか。俺たちも道切り開かないとまずいお年頃だし」

 ──いいのかこれで。

 なんだか教師たちに骨抜きにされているようだ。今回の学校祭準備を通じて思ったことだが、どうも青大附高の二年先輩たちはあまり上からの管理に抵抗を感じずあっさりと受け入れる奴が多そうだ。どう考えても反発食いそうだったマスコット作りや緑のマフラーファッションも、結局楽しげに受け入れられてしまった。普通だったら下級生の分際でとかなんとか顰蹙かいそうな気がしたのだが。

「先輩、このマフラーはどうですか」

 一周のんびり歩き、時折ビラ配りと写真撮影に応じつつ、乙彦は尋ねた」

「俺たち一年が勝手に決めたものですが、先輩たちも何かしたいことがあったんじゃないですか」

「うんにゃ、ねえよ」

 機嫌よさげに返事が返ってきた。

「南雲、なっかなかいい案だよなあ。別に俺たちも無理に仕事したくなかったけど、マフラー程度で、しかもほとんど南雲たち一年が準備してくれたらあとはらくちんだよ」

「そういうものですか」

 乙彦の言葉は全く耳に入っていないようすだった。先輩たちは客を見つけては愛想良くビラをくばり、幻の制服に関する説明を熱心に行い、最後は乙彦を並べて写真撮影し住所を聞く、この流れを忠実になぞっていた。

 ──噂に聞いたとおり今の二年の人たちは、あまり行事に対して情熱的ではないな。一年の意見を柔軟に取り入れる気持ちはあるようなんだがなんでだろうな。


 しばらくふらふら歩いていると、不意にひとり、二年の先輩がグループから一気に駆け出した。

「おいおい、どうしたよ」

「ちょい、見ろ見ろ、あいつは!」

 突然他の先輩たち……三年の先輩含む……も立ち止まり、じっとその相手を観察するように腰をかがめた。

「本条だよ」

「本条がか?」

「まじですか本条くん」

 先輩たちがみな声をそろえてその名を呼ぶ。乙彦もその視線に合わせて様子を伺うと、そこには目つきのやたらと鋭い、背の高い男子高校生がじろじろとこちらを見ていた。

「先輩、あの人は」

「ああ、さっき話題で出てきただろ。去年の学校祭で決闘のネタになっちまった奴」

 三年の先輩が顔をにやつかせながらささやいた。

「つまりな、あいつがな、伝説の本条里希だよ」

「本条……?」

 口元で繰り返す。いまひとつぴんと来ないがあの顔には覚えがある。

「本来であれば二年のトップリーダーとして大活躍してたはずの本条だよ。成績優秀だがスケベも超一流、本条の目で女子はみな妊娠するんでねえかってくらいの色男」

「色男……?」

 乙彦が鸚鵡返しする中、さらに詳しく二年先輩がほざく。

「本当になあ、本条さえいればこんな俺たちの代、骨抜きにならずにすんだのになあ。ったく、なんであいつ青潟東に行っちまったんだよ、ちくしょう!」


 こちらに近づいてくる気配もなく、駆け寄って言った先輩も戻ってきた。どうやら乙彦たちに挨拶するつもりはないらしい。

「本条、何しに来たんだ? まさか女の調達か」

「違う。結城にまず会いたいんだと。それからほら、あいつの弟分も探したいらしいぞ」

「なるほどねえ。出来の悪い弟ほど可愛いっていうからなあ」

 三年の先輩がふと乙彦に尋ねた。

「そういえば関崎、お前A組だったよな。英語科」

「はい」

「立村、どこ行った?」

 いきなり立村のことを問われ硬直するものの、すぐに答えた。

「確か大学の留学生がらみのイベントで通訳の手伝いするようなこと話してました」

「どうもな、じゃあつたえておっか」

 二年の先輩がそれを聞きつけ、許可を求めるように片手を挙げた後すぐ駆け出していった。すぐにその本条という生徒に追いついて詳細説明している様子だったが声は聞こえない。

「先輩、立村とあの人は何か」

「お前知らねえの? それはまずいぞ、もぐりだぞもぐり!」

 背中を思い切りばしっとやられた。ひとりやふたりではない、全員に。

「本条と立村はまじで義兄弟の契り交わしてるからな。うっかり会い損ねでもしてみろ、立村のことだからどういうしっぺ返し食らわせるかわからねえぞ。関崎覚えといたほういいぞ。困った時は本条がそう言ってたとか言えば立村、一発で言うこと聞くからな。まじ秘法だぞ」

 ──そうか! 不覚だ、忘れるわけないじゃないか。俺の記憶力をなめるなよ。


 やっと思い出した。あの本条先輩なる人とは何度か会ったことがある。めがねかけてなかったからぴんとこなかっただけ、一度青大附中の生徒会室で顔をあわせたじゃないか。立村の前の、銀縁めがねの評議委員長。やたらと懐いていた立村が印象強すぎて相手を忘れていたがめがねをイメージでかけさせてみればすぐに気づく。立村が心底崇拝し切っているかの人だ。

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