21 初めての学校祭(1)
いったん動き出すと流れは速い。意味なしと思っていた規律委員会の制服マスコット作りから始まり、ど派手な蛍光カラー制服を身にまといクラスに学校祭注意事項チラシを撒いたり、はたまた周囲をあちらこちら歩いては先生たち……なぜか生徒たちではない……から面白そうに写真撮影されたり、気がつけばあっという間に学校祭当日と相成った。
「おとひっちゃん、青大附高の学校祭、私たちも行っていいんだよねえ」
母も乙彦の「幻の制服」姿をぜひこの目で見たいとのことで近所の人たちとツアー組んで乗り込むとのことだ。しかもその中には内川の母までいる。本当は母になどあの蛍光黄緑学ランなど見せたくはなかったのだがベルト部分の調節とか丈出しとかいろいろあって頼らざるを得ない。ゆえにあの怪しげな制服姿を十分家の中で見慣れているにもかかわらず、なぜ来ようとするのだろう。
母に尋ねるとあっさり返事が返ってきた。
「内川くんのお母さんがねえ、あのお坊ちゃんにどうしてもお礼を言いたいというのよ。一番の目的はそれなんだけど」
──片岡へのお礼か。
それならしかたない。片岡は委員から外れていることもあり、乙彦を交えないところで内川と連絡を取り合っているようだ。まだ確認していないがしょっちゅう家に呼んでは徹底的に英語を教えているらしいと聞いた。もちろんそのあとのディナーとして焼肉かもつ鍋かとんこつラーメンか、そのあたりを平らげビデオで時代劇を仲良く鑑賞しているところまでは想像がつく。
「母さん、内川、どうしてるか聞いてるか」
しばらく忙しくて連絡を取っていなかった。一応学校祭のパンフレットは送っておいた。
「あんたからもらった学校祭のプログラムを枕元において寝てるらしいわよ」
もう本気だ。あとは片岡に任せる。お坊ちゃまオーラを撒き散らしている片岡であればたやすくすむだろう。
朝一番のバイトをすませ学校に向かう。ど派手制服はすでにアイロンをかけてもらい学校のロッカーにセッティングしてある。校門前もすでに学校祭用の立て看板が用意されているし縁取りも金銀の派手なテープと紙の花で溢れている。確か美化委員が学校祭の美術関連はすべて担当していると聞いている。
グラウンドからは放送委員たちがメガホンを持ちながらテントを組み立てている。プログラムによると三年のあるクラスが野外劇を企画しているらしい。噂によると観客をも劇に引きずりこむという冒険的な内容だという。某時代劇マニアの彼と似たような発想だと思う。教えてやればよかった。
教室に向かう途中で難波とすれ違った。もっとも向こうは乙彦に気づいていない様子だった。これもプログラム情報によると、音楽委員は学内演奏会の準備にこき使われていると聴く。本番は明日の夕方なのだが、いろいろあるのだろう。疋田が出演するのでクラスの有志たちと応援に行こうと決めている。花束も古川が用意してくれるはずだ。
──それで、評議委員会は。
たぶん藤沖、古川、および静内も忙しいのではないかと思う。めずらしく今日は顔を合わせていない。評議委員会と言えば実際は学校祭の元締めみたいな立場のはずだ。仕事がないわけがない……と思った矢先、聴きなれた声が聞こえた。腹から出した男気のある声。
中庭から聞こえてくる。
「みな、腹から声を出せ、いいな!」
「おっす!」
「声が小さいぞ!」
「おっす!」
──藤沖か。
全く気づいていないわけではなかった。評議の仕事がどんなものかまでは確認とっていないが、藤沖はやはり委員の立場を捨ててできたてほやほやの応援団を仕込んでいるようだった。めんどくさいので邪魔せず乙彦はすり抜けた。
「おはよう! 関崎くん!」
後ろから声をかけられた。もうわかっている。今日のアイドルユニットのひとりだ。乙彦は振り返り挨拶を返した。
「おはよう。早いな」
「関崎くんだって同じくらいじゃない。そうだ、関崎くんもう着替えちゃう?」
清坂は手提げかばんだけをぶら下げていた。学校祭はさすがに授業がないので皮のかばんなど必要ないのだ。よって学校祭期間中はみな思い思いのバックを持ってくる。
「時間あるうちにそうしたほうが面倒くさくないだろう」
「そうだね。私もそうする。楽しみね」
うきうきわくわく気分が溢れているのがわかる。お下げ髪にきっちりむすび、ひまわりパワーを抑え目にした清坂の姿は意外と似合っている。
「規律委員会も最後の最後で楽しいイベントに参加できてよかった! ほんっとそう思うよね」
「確かにな」
清坂の言う通り、このままだと規律委員会イコール違反カード切りくらいしか仕事がないのではとうんざりしていたのだが、学校祭にがっぷり四つで組む形で参加できるのはやはりうれしいことだ。ただの傍観者ではなく、やはりしっかりとっぷり学校祭に浸かりたい。たとえど派手な学ラン姿でうろちょろするとしても。
とりあえず男子更衣室で着替えることにした。道すがら乙彦は清坂に最近気になっていたことを尋ねてみた。
「清坂にひとつ聞きたかったんだが」
「なあに」
「最近、東堂とうまく話ができているようだが」
きょとんとした顔で清坂が立ち止まり、首をかしげた。
「私、普通に話してたけど」
「清坂はともかく東堂がこだわっていたようだが、わだかまりがなくなった感じがする」
「あっそっか。そう見えてたかあ。そうだよね」
ひとりで清坂は納得したように頷き、お下げ髪をなでた。
「東堂くんからなんも聞いてなあい?」
「ない」
「南雲くんからも? 立村くんからも?」
「ない。俺が不思議に思っただけだ。もし水どけムードならそれはそれに越したことはない」
「そっか。内緒にしてくれてるんだね」
それ以上は何も言わず、清坂はB組の教室に入る寸前に手を振った。
「じゃあ、朝のホームルームが終わったらすぐ職員玄関前に集合ね!」
すでに一年の教室はすべて椅子も机も展示用に並べ替えられていた。ゆえに朝のロングホームルームが始まるまで立ちっぱなしでいざるをえない。A組の教室は生徒玄関から一番近いこともあって、第一休憩室として椅子が点在しているが、人数分はない。机もそれぞれ島に固められていてテーブルクロスがかかっている。みな、班行動するときのようにそれぞれ椅子に腰掛けた。立村が吹奏楽部の連中としゃべっているのが見えたので挨拶だけしておいた。
──何かあったんだろな。
マスコット作りを終える頃から、あれだけ険悪だった清坂と東堂との間にふつうの空気が漂うようになった。清坂も笑顔で「東堂くん、ありがとう、すごいね」と声をかけるし東堂も「ああどうもどうも、こっちこそ」とこれまたへらへらと受け入れる。一時期の慇懃無礼なやり取りに規律委員たちもびくびくしていたためなおのことその変化には驚かされる。
本来なら南雲あたりに聞くのが筋だろうが乙彦もそこまでずうずうしくはない。
何か、お互いを認め合えるような出来事があったのだろうか。
──立村あたりなら知っているかもしれないが。
すぐに考えるのをやめた。人間、かならずどこかで理解しあえるところがある、それを知っているのは乙彦自身のはずだ。
そういえば雅弘は学校祭、来るつもりあるのだろうか。せっかく学校祭パンフレット送ったのに、返事ひとつよこしやしない。