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20 中間試験後の家庭科室(3)

 男子四人で黄緑と白のフェルトをひたすら切り抜いていく作業は、それでも意外と楽しく過ごせた。一枚しかない型紙をそれぞれ取り合ってはチャコペンで輪郭を取って裁ちばさみで切り続ける。東堂と南雲のふたりが、傍から見ても唖然とするほど盛り上がっているのがなんとも言えなかった。

「いやあこれまじすごい。遠めからみてもちゃんと制服に見えるぞこれ」

「顔とか足がない作りってのもなかなかだよなあ」

「そうそう、女子の制服だとセーラーの部分は白いフェルトをボンドで貼り付けるだけだろ? ナイスアイデアだよ。これ、一枚一枚はっつけるのかと思って思い切り気分がダークだったんだけどな」

「手芸じゃなくて手作業ならなぐっちは得意だもんなあ。年季入ってるし。おばあちゃんの仕込みもあるし」

「仕込まれてないけどなあ。結構手作りの品は俺、マイフェバリットかもな」

 一方乙彦も立村とふたりちまちまと型紙をいじっていた。どうも乙彦には向かない趣味だった。形ができればそれなりに感動もあるかもしれないが、そこまで清坂が燃える理由が掴みかねた。立村も南雲たちとのんびりしゃべりつつも懸命にチャコペンを握り締めて縁取りに苦心している。今気づいた。こいつは不器用だ。はさみの導線がすべて曲がっている。見るに見かねて乙彦が代わりにフェルト裁断を担当してやることにした。

「関崎、悪いな」

「こういったらなんだがお前、指先が器用とは言えないだろう」

「否定はしない」

 四人分の手があれば片付くのも早い。あっという間に五十体分のフェルトが机に積み重なった。次に立村が持ってきた大きめの安全ピンで縁を留めていく。本当は待ち針を使う予定だったがこれも立村の提案で安全ピンの登場となったらしい。

「りっちゃんナイスアシスト」

「そうでもないけど」

 南雲と東堂に褒められつつ立村はその理由を述べた。

「待ち針だとかならず手に刺して痛い思いするのがわかってたから。手の器用な人ならそんなことないだろうけど俺の場合は確実に血だらけになるのが目に見えてるよ。緑のフェルトだと血がついたらちょっとしゃれにならないし」

「ホラーマスコットになっちまうわな」

 東堂の台詞に思わず笑いがこぼれた。立村の不器用ぶりを見ればその恐れもさもありなんと思える。たぶん手伝う以上は自分が楽したかったのではないだろうかと疑いたくもなる。


「さてと、これをまた清坂さんに渡すというわけか」

「今日は俺が預かっておいてロッカーに隠しておくよ。明日どうせ顔合わせるから渡す」

 立村は丁寧に、組にしたフェルトを袋に詰めなおした。まだパンヤ綿も手をつけていない。かなりの大荷物だ。

「明日以降に規律委員の人たちと一緒にかがるらしいけど、これだけたくさんだと時間かかりそうだよな」

「全くだ。一体かがるにしてもかなり大変そうだぞ」

 小学校時代女子たちがきゃあきゃあ騒ぎながらこしらえていたフェルト手芸をちらと覗いたことがある。乙彦には縁がなかったが雅弘によく誰かがプレゼントしていたことを思い出す。貢物を見せてもらったが、実に細かくかがられていた。手間がかかりそうではある。乙彦はごめん蒙りたい。もう仕事は終わったはずだ。

「女子だからって言って縫い物好きな人とは限らないし、男子だからといって抵抗があるとも言えないし、難しいよな」

「あのさあ、なぐっち、個人的俺の意見なんだがなあ」

 東堂が、立村のしまいこんだフェルト包みを覗きこみつつ、

「規律の連中もみなそういうの好きとは言えないしな。ただでさえ学校祭準備で面倒だろ? 追試がある奴もいるし」

 立村がため息とともに頷いている。四教科追試だったらそりゃあ困る。

「だったらさ、得意な奴見つけて一気に片付けてもらうのが一番効率的だと思うんだがどう思う?」

「東堂大先生、間違ってはいないけど問題その一、誰に頼むんだ?」

 南雲がフェルトを指でつまみ上げつつ尋ねる。

「得意な人だれか」

「いるか誰か」

「ええと、うーんと」

 しばらく東堂は考えこんだ。考えること自体が乙彦には謎である。

 立村が知らぬ存ぜぬで荷物を片付けている。その気配を気づいたのか突然東堂が立村に、

「あっそだ、立村、ちょいとな」

 呼びかけた。顔を挙げた立村に東堂は前の席に回りこみ、

「ひとつ提案なんだけどな、これ、俺たちの妹ちゃんに預けるってのはどうだろ」

 パンヤ綿の入った紙袋を持ち上げ、軽く振って問いかけた。

「妹?」

「そ。お前さんもご存知の通り」

 立村が言葉に詰まったのを予定通りと見てか東堂はにやつきながら続ける。

「俺たちがやるなら時間せっぱつまってるけどな、あの子たちがやるんだったらあっという間にこしらえてくれると思うんだわ」

「でも、それは」

 力なく立村が言い返そうとする。

「あのふたりにか」

「そうなんよ。なぐっち、いいアイデアだと思うだろ。俺んちの妹ちゃんが妙な遊び覚える代わりに針でちくちく仲良しちゃんと縫い物してくれてたほうがずっと健全だろ」

「でもそれはまずいって」

 立村がはっきりと首を振った。

「いきなりだと困るだろうし、中学は中間試験のあとすぐ実力試験があると聞いたよ。きっと忙しいよ。いくら先輩だからといって仕事押し付けるわけにはいかない」

「全部とは言わないって。とりあえず二組分あずかっといてよし?」

 東堂は袋の中から男子用と女子用のフェルト組を二枚ずつつまみあげた。

「俺もこの半年、規律委員としていろいろ考えてたんだけどな、やっぱ押し付けはよくないよなあ。なぐっちの緑マフラーくらいならはさみでちょきちょきですむけど、マスコットは大変だわやっぱし」

「マフラーもただきりっぱなしだとほつれるよ」

 妙に立村は詳しい。そちらのほうが気になる。東堂はあまり興味がなさそうだ。

「んでだ。俺が思うに、あのふたりならもともと手芸も好きだろうし、お前さんのかわいい妹ちゃんもほら、刺し子細工だったかそれとも」

「クロスステッチだとか言ってたけど」

 また詳しい。ひそかにこいつも手芸のマニアなんてことないだろうか。

「ああそれそれ。とにかく針と糸が好きそうだろ? あのふたりならあっという間に五十人の幻制服組を完成させてくれそうなんだよな。それ持ってけば規律のみなさんも満足だろうし余計なことしなくてもよさそうだろうしな」

 困りきった顔で対処に迷う立村を、南雲がさりげなくフォローする。

「まあまありっちゃん、これは東堂の愛があふれまくっているだけだから。一体くらいフェルト渡して作ってもらう程度で話のネタになればいいんじゃあないかなあ」

 しばらく立村は言葉を発せずに組になったフェルトを摘み上げていた。東堂がしつこく言い募るのを聞き流しているのが見え見えだった。


 ──立村、断れよ。

 東堂の言い分は第三者である乙彦から見てもかなり横暴な内容だ。東堂の恋人らしき女子が中学三年にいるとは聞いたことがある。手も器用な子なのだろう。しかしいきなり縫い物を押し付けられて喜ぶとは到底思えない。自分の身になって考えろと言いたい。

 また立村も、たぶんあの葉牡丹の君のことをいじくられているのだろう。進学関係でいろいろ面倒なことが起こっている彼女に、東堂のほうからまたちょっかいかけられるのは耐えられないのかもしれない。乙彦も少し割って入ってやりたいがいかんせん、葉牡丹の鉢植えを手渡しされた身の上ゆえ藪をつついて蛇が出てくるのは避けたい。

 立村がほっとした表情を突然浮かべた。乙彦と一緒に南雲が気づきぎょっとした風に覗き込んできた。


「東堂、そうだね、それは面白いかもしれない」

 いきなり切り出した。立村は型紙の入った封筒に手をいれ、型紙を取り出した。

「全部縫わせるのは無謀だと思うけど、せっかくなら桜田さんたちにこの型紙とフェルトを見てもらって意見をもらうのもいいかもしれない」

「え、立村?」

 思ってもみない反応だったのか戸惑っているのは東堂のほうだった。

「そう、俺も今思ったんだけどさ。型紙と一緒に渡して、どうすればきれいに見えるかとかそういうことを意見もらったほうがいいんじゃないかって気がする。清坂さんも後輩たちに面倒なこと押し付けることについては大反対すると思うけど、ファッションセンスのいい後輩たちの意見をもらってよりよいもの作るというのだったら大賛成するよきっと」

 立村は型紙を広げじっくり眺めた後、

「俺からも清坂さんには誤解されないように伝えておくから、東堂からできればあのふたりに、フェルト手芸に関するアドバイスをもらいたいと伝えてもらえないかな。きっとそう言えばあのふたりは喜ぶよ。東堂もたぶん感謝されるんじゃないかな」

 殺し文句らしきものを放った。


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