20 中間試験後の家庭科室(2)
「なんで家庭科室での集合なんだ?」
きりのよいところで乙彦が尋ねると南雲が説明してくれた。
「清坂さん曰く、家庭科室だと針と糸、はさみなど使い放題だからという理由らしいんだ。確かに中学の規律委員会でも家庭科室にはお世話になったしなあ」
「『青大附中ファッションブック』の撮影会場でもあったな、なぐっち覚えてるか?」
「もちろん。来年あたりから復活させたいよな」
すでに南雲と東堂の気持ちは来年に飛んでいる。後期の人選はともかくとしても二年以降クラス替えにもかかわらず規律委員長なんて狙えるのだろうか。南雲の実績を考えるとそれも自然の流れになるのだろうか。よくわからない。
「けど遅いなあ。女子たちもそろそろ集まってくれてもよさそうなのになあ」
「ほんとだな。場所間違えたなんてことはないか?」
「んなことねえよ」
三人三様それなりに憶測を繰り広げているところへ待ち人が現れた。
清坂美里が、立村を伴って現れた。
「来てくれたんだね。よかった、ありがとう」
あまりありがたくもない顔をそれぞれしていたのだろう。清坂は少しばつの悪そうな表情を浮かべつつ、背後で大きな袋をぶら下げている立村に向かい、
「ほら、入って」
促した。いかにも荷物持ち扱いしているその様が哀れである。南雲がけらけら笑い手招きしつつからかった。
「りっちゃん、あれ、今日は清坂さんの秘書っすか」
「そういうわけじゃないけど」
乙彦と顔を合わせて頭を下げ、すぐに隣に回ってきた。腰を押し付けるつもりらしい。東堂も最初はむっとしていたようだが立村の登場に満足したのか、
「ちょうどいいとこだった立村、さっきなぐっちとお前の噂してたんだよ」
すぐに紙袋を受け取り覗き込んだ。
「思ったよりも軽いなこりゃ」
「人形に詰めるパンヤ綿だって。たくさん作ることになるからこのくらい必要らしいんだ」
「それで荷物運びかよ」
ちらりと東堂が清坂を見やる。もともとこの二人の関係が悪化しつつあるのは見るからに事実だが、さすがに紳士として振舞っている。たださりげなく嫌味を言う。清坂も気づいていない振りで立村に話しかける。
「立村くん、手伝ってくれてありがと。でね、もうひとつお願いしていい?」
「いいよ。今日は暇だから」
「助かる! あのね、ちょっとこっち来て」
かばんを乙彦の席脇に置き、立村は立ち上がり清坂に駆け寄った。最奥の席に座り清坂からなにやら説明を受けている。清坂もかばんから大きめの封筒を取り出し、中から型紙らしきものを取り出した。遠目から見ても型紙と分かるのは、フェルトマスコットのような緑色の物体を取り出してきたからだった。人形ではなさそうだ。
「ありゃなんだあ?」
「結構大きめだよな、シングルレコードくらいはあるよあの大きさ」
「だが顔がない。人形じゃないな」
三人遠くから覗き込みつつ好き勝手な感想をつぶやく。その間も立村は清坂の手元にある型紙らしきものをフェルトに当てて何かかしら尋ねている。
「まさかとは思うが、立村も俺たち縫い縫い規律チームの助っ人投入か?」
「その気配ありありだよ」
「だがなんで連れてきたんだろうな」
このふたりが英語科A組の裏事情を知っているとは思えない。後期の規律委員がほぼ八割方の確率で立村に決定しかけていることに気づいているだろうか。南雲あたりは鋭くかぎつけていそうだが東堂はどうだろう。言葉を選ばないとなるまい。もっともふたりとも中学時代は立村と同じクラスで結構親しかったとも聞いている。それほど気にすることもないのかもしれない。
「だがなあ、なぐっち」
東堂が小声で耳打ちしているのが乙彦にも聞こえる。ちっとも内緒話ではない。
「別れた彼女にいまだに都合よく足として使われる立村が、俺はむしょうに哀れなんだがな」
「いや、たぶんりっちゃんにその意識はないよ」
南雲はさらりと答え、また最奥のふたりを眺めた。口元をほころばせ、
「りっちゃん、清坂さんとは過去現在未来にいたるまで親友以外の付き合い方しかしてないような気がするんだよ。俺の勘だけど。だってそうじゃん? 好きだった子に振られて親友付き合いするのって結構地獄だよ。経験者は語る」
「なぐっちに言われると笑えねえなあ」
とかいいながら笑っている。こいつらの軽さに乙彦はちらと苛立った。
──人のことネタにするじゃねえよ。友だちとか言ってるくせにな。
やがて話し合いにけりがついたようで立村は立ち上がった。清坂から型紙入りの封筒を受け取り抱え。
「わかった。それならこちらでもそのように準備しておくよ」
「立村くん、ありがと。じゃあ、またあとでよろしくね!」
「じゃあまた明日」
背を向けて去っていく清坂を見送った。乙彦たちには何も告げず急ぎ早に家庭科室から出て行く清坂を眺めやりながら東堂がつぶやいた。
「妙な緊張感がなくなったのはいいことだなこりゃ」
──心底こいつ清坂を嫌ってるな。
なんだか気持ちがざわつく。ふたたび立村が封筒を抱えて戻ってくるのを待った。
「今日は、どうした。それと清坂はどこ行った?」
乙彦が尋ねると、立村は手元の封筒からさっきまで広げていた型紙と黄緑のフェルトマスコットを二体取り出した。頭も手も足もない。
「いや、今日たまたま規律委員の女子たちが忙しかったらしくて清坂さんがひとりで準備してたんだ。それもあってよかったら手伝おうかって話になっただけなんだ」
南雲と東堂が顔を見合わせた。
「一年規律委員全員来るとか言ってたのにか」
「いろいろ事情があるらしい。ただ人間関係の問題ではないと言ってたな」
「あとでうちのクラスの相棒さんたちにも確認してみるか」
実際今日はD組の男子規律委員も来てないのだ。実際集まったのが清坂を入れて四人。それに立村が加わって五人。さらにそこから清坂がひかれて結局四人。
「んで、マスコット人形ってのはこれか」
東堂が紐で吊るしぶらぶらさせた。南雲が言う通りシングルレコード盤の大きさほどある巨大なフェルト製マスコットは、手にとって初めてわかった。「幻の制服」を形どったものだった。男子は学生服っぽいタイプなので見るからに四角い手鏡のようなフォルムだし、女子もそれなりに手が混んでいるように見えるけれども実はすべてフェルトをボンドかなにかで貼り付けてこしらえたようなもの。白いネクタイやセーラー襟のラインも同様で、針でかがっているのは外側のみ。
立村がフェルトに型紙を当てて説明する。
「さっき清坂さんから聞いたことを伝えるけど、俺たちが今からやることは、とにかくひたすらフェルトにこの型紙を当てて枚数分切り抜くことだけだって。明日以降に縁かがりを女子の規律委員のみなさんが学年問わずやってくれるらしいんだ」
「ああ? じゃあ何か、俺たちの手作りマスコット一人二体っていう無謀な要求はなくなったのか?」
東堂の質問にも立村は冷静に答えた。
「そうらしいよ。俺も向こうの言い分聞いただけだけど、やはり男女問わず針と糸が苦手な人多いから、二体も作るのは苦労だってことは分かっていたようなんだ。それでせっかくだったら分業制にして全員で得意分野だけ担当したらどうだろうってことになったようだよ」
「りっちゃん、それ清坂さんが決めたの?」
南雲がほんのわずか含みを持たせるような言い方で尋ねた。
「そうらしいけど」
「りっちゃん、嘘言っちゃだめだよ。顔にみんな書いてるよ」
「嘘じゃないって」
東堂とふたりで「なあ?」と頷き合ったのち、南雲は立村の顔を覗き込み語りかけた。
「俺たちの知らない間に清坂さん説得してくれたんだろ? いやあ助かったよ。俺も縫い縫いするの超苦手だから誰かに頭下げて頼まないとまずいかなとか思っててさ。切り抜きクラブだったらまだ俺もなんとかいける。なあ、東堂大先生? 関崎もそうだろ?」
すっかり困りきった顔で恐縮している立村の様子を見ればわかる。嬉々としてフェルトと型紙をセッティングして待ち針で留め、裁ちばさみを器用に操っている東堂をちらと見て立村は小さくため息をついていた。