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20 中間試験後の家庭科室

 中間試験を挟んで後、規律委員会では大まかな学校祭での活動予定が組まれた。

 ほとんどは上級生たちが決めたことであるが、取り入るのがいろいろとうまい南雲が一年たちのすべき仕事をしっかり押さえファッション関係をすべて仕切ることとなった。

「マントがよかったんだけどなあ」

 試験結果が一通り発表となり、放課後一年規律委員たちは家庭科室を借りてちんまりとたむろっていた。さすがに試験中は何も準備する余裕などなかったけれども終わればあとは学校祭一直線。全力投球しないと間に合わない。昨日も南雲の指示により一年規律委員が全員、ひとり二体のフェルト人形を作成することになってしまった。

「なぐっちまだ未練なのかい」

 男子三人しかいない家庭科室。これから女子たちも来るはずだ。黄緑色を中心とした大量のフェルトをテーブルに並べ、手芸用ボンドと裁縫箱もセッティングしてある。どうみても男子が好き好んで使う品物とは思えない。東堂がおとぼけ口調で問いかけた。

「時間がないもんな。しゃあないかって気もするんだけどね。ただなんかつまらないよな。俺たち三人が超目立つ格好でふらつくだけだとインパクトないしさ」

「いやあるぞ、ありすぎるほどある。なあ関崎もそう思うだろ」

 同意を求められても困る。インパクトにはあまり拘りたくない。

「マフラーでも十分過ぎるほど目立つと思うが」

「まあなあ、ブレザーにあの色じゃあなあ」

 結局南雲が選択したのは、黄緑色のカーテンを大量に購入して人数分はさみで切り取り、何も考えずに首に巻いて歩くといったスタイルだった。たまたま近所のホームセンター内で夏物のカーテンが投売りされていたのだそうだ。見つけた南雲も相当すごいものだ。盟友の東堂と組んで学校まで持ってきた。当然領収書も切ってもらった。あまったカーテンについては、警備準備室……おそらく学校祭時には一室あてがわれると聞いている……の飾りつけや場合によってはテーブルクロス代わりにしようかと思案している。

「あのくらいのマントだと結構インパクトあったんだがなあ」

「しょうがないだろなぐっち。人数分そろえるのはやはり無茶だっつうの」

 ──こいつら本気でマント作るつもりだったのかよ。

 乙彦はふたりの会話を聞き流しつつ、黄緑のフエルトをつまんでみた。かなり大きい。

「清坂さんの指示通りにそろえましたがいかに」

「ここから先は女子に任せていいんじゃねえの」

 東堂も口調はのんびりさせつつ、とげをこめてつぶやいた。

「マフラーだけにしとけばいいと思うんだが、あの人相当なにかやりたくてなんないようだしねえ。全くうちのクラスも不協和音ばりばりで大変なこった」

「そんなに清坂はB組で問題起こしてるのか」

 ずっと気になっていることを聞いてみた。静内とは火花を静かに散らしていると聞いているもののあくまでも女子の視点でしかない。しかし東堂も腹に据えかねているということであれば男子の視点として新しい見方が出来るかもしれない。

 東堂は南雲と顔を合わせてため息を吐いた。

「まあなんていうんか、余計なことに口を出さずにのんびり任せてもらえばいいのになあということか。こういっちゃあなんだけど規律委員会のファッションショーはそれこそ三人組の幻制服お披露目と、規律委員全員の緑のマフラーで決めて仕事をこなせばそれで十分だろ? それを何が楽しくてこんな針で縫い縫いしなくちゃあなんないんだか」

「だから清坂さんも男子たちにレクチャーしたいんだろ?」

 なだめるように南雲が語りかけるも、東堂は肩をすくめて首を振る。

「マスコット人形なんか作って腰にぶら下げて楽しいか? 俺は楽しくねえよ」

「楽しいと思う男子はいないんじゃないかな。けどさ、中学の時球技大会で女子たちが親指立てたマスコット作ってくれたことあったじゃん。あれは今でも保存してるよ」

「あああれな。俺はすでに成仏させました。そういやああれもあの人の発想だったんだよなあ」

 乙彦は蚊帳の外だが別にそれはそれでいい。考えることはそれなりにあるのだから。

 ──それにしても立村、まじで大丈夫か。


 幻の制服お披露目時に南雲から聞かされた立村の事情が気にかかってはいた。

 ──最近元気がないとか言ってたがそうでもなさそうだったんだが。

 合唱コンクールが終わってからクラスの行事には積極的に関わるようにしている様子だったし、露骨に落ち込んでいる顔も見ていない。見た目には問題ないのだ。

 ただ、今回の中間試験では想像以上に成績順位を落としたらしく、今朝も天羽たち元評議三羽烏相手に、

「理系はともかく文系の成績落としすぎたからかなあ。親呼び出しになってしまってさ。昨夜は徹夜で説教食らったよ」」

 深いため息をついているのを聞いた。さすがに盗み聞きの段階で尋ねるのも気が引けて、後でこっそり藤沖に「学校での親呼び出し基準」について確認した。意外にも青大附属の場合成績だけで呼び出すことは「よっぽどのことがなければ」考えづらいとのこと。むしろ日常生活のこまごましたことであればまた話は別だとか。

「どうした、成績が心配なのか。いつでも相談に乗るぞ」

「いや俺は大丈夫だ」

 適当に交わした。とりあえず乙彦も前回の実力試験と同じ順位をなんとか保つことが出来ているので何よりだ。


「ああそうそう、東堂大先生、可愛い彼女とのデートはしっかりお勤めしてますか」

 完全に乙彦は眼中にないふたり。今度は恋の物語をひとくさり。知ったことじゃない。聞き流す。

「しばらくご無沙汰なんだけどなあ。ほらご存知の通り妹ちゃんたちがまたこそこそとやらかしているみたいでお兄さんは胃が痛い今日この頃」

「あっそっか。そうだよなあ。お兄さんといえばりっちゃんとは打ち合わせとかしてるの」

 ──りっちゃん?

 南雲は立村のことを「りっちゃん」と呼ぶ。ぴんときた。東堂も頷きつつ、

「立村にも相談したいんだけどなあ。なかなかあいつ捕まらないし、やっと話できそうだと思ったら中学の後輩君と暗い顔して語らってるし。本当は今後のことを考えると立村とも膝突き合わせて相談したいとこなんだよ」

「そうだよな。けどりっちゃん、今はかなりどん底で落ち込んでるかもね」

 意味ありげに南雲が答える。承知しているのか東堂も同意する。

「そりゃあなあ。俺の妹ちゃんも泣いてたよ。立村の妹ちゃん、学校の方針でど田舎の修道院みたいな学校に幽閉されるって。しかも話、聞いたらあの学校っていわゆる高校という扱いじゃあないらしいんだよ」

「へえ、じゃあ、一種の塾みたいな感じなのかなあ。予備校?」

「よくわからんけど、学年トップの成績獲ってる子が行くとこじゃあねえよな。自業自得ってとこもあるらしいけどよ、でも、あれだけめんこがっている立村からしたらダメージでかいだろ。中間試験の成績が半端でなく落っこちたらしくって親呼び出しくらったらしいけど俺からしたら、英語だけでもトップを保ったってとこに立村の意地を感じたよ」

「俺からしたらあのわけわからん英語の問題で満点をあっさり獲れるりっちゃんの頭の中が最大の謎」

 南雲はにこにこしながら東堂に提案を持ちかけた。

「じゃあ今度、一緒に俺んとこの下宿で三者会議しますか。久々にあのめっちゃうまいハンバーガー食いに行こうよ。りっちゃんもいろいろしんどそうだし、東堂大先生も妹ちゃんについていろいろ相談あるだろうし。学校祭前にでも集まろうよ」

「ナイスアイデア!」


 がははと笑いあうふたりを横目で見ながら、乙彦は頭の中を整理する必要に駆られた。

 知っている話題なのに、よく把握できない。理解できたのはひとつだけ、

 ──立村の成績がた落ちの原因は、たぶんそこにあるのか。



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