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19 幻の制服(2)

 規律委員会では最初に学校祭の予定組みと三日間のローテーションが発表された。すでに三年生たちが勝手に組み込んでいて下級生の希望を取り入れる余地はないはずだった。しかし誰も文句を言わないのは上級生が横暴なわけではなく、もっと早い段階で個人的に予定を確認していただけのことらしい。

「先輩、せめて俺たちにもそのこと伝えてくださいよお」

 甘えた口調で南雲が口答えする。

「俺だって、ちゃんとそれなりに予定はあるんですからね」

「わかってるわよ、南雲の予定は別ルートからちゃーんと確認済」

「あららん」

 わかる人にしかわからず乙彦には全く見当のつかない会話を先輩後輩同士で交わした後、三年生たちの意思により一方的に決められた、規律委員会特別プロジェクトの発表がなされる。すでに噂は流れていたので驚きもさほどない様子だった。

「それでは、今回規律委員会の特別プロジェクト象徴キャラクターとして、一年の中からこの三人に立ち上がってもらうことにしました。さあどうぞ!」

 南雲が「はーい」と元気よく前に出た。次に清坂が周囲の席の女子たちに頭を下げつつ教壇前へ、最後に乙彦もつられるように進んでいった。

「ではでは、今回この三人に青大附高で取り入れられるかもしれなかった幻の制服を着てもらうことにします。選ばれなかったとかいっていじけたらだめですよん。てなわけで、まず前で合わせてみてちょうだいな。

 クリーニング屋から運ばれてきたばかりとしか思えないビニール包みの制服を女子先輩が取り出しそれぞれに手渡した。薄青いビニールがかかっていてはっきりとした色は見分けられないがなんとなく濃いように思える。南雲、清坂とも顔を見合わせてとりあえずは身体にぴたりとあわせてみた。

「これじゃあわからないって。じゃあ直接あんたたち着替えてらっしゃいよ。トイレの個室でさっさと着替えてきて」

「はい、行ってきます!」

 清坂がうれしそうに制服を抱えて飛び出していく。その姿を目で追いつつ南雲が、

「そいじゃ、関崎も行くか? 男子トイレで悪いけど」

「そうだな」

 一礼して男子ふたり教室を出て行った。拍手で見送られた。


「それにしても想像以上にど派手ですな」

 ビニールごしに何度も眺めて南雲がつぶやいた。

「写真で見た時も相当のけばさだったけど、まじでここまでとはなあ」

 男子トイレには幸い誰もおらず個室も二部屋空いていたが、

「さっさとここで着替えても誰も来ないだろ」

「もっともだ」

 見られて困るものなどないということで、広い場所を使ってさっさと脱ぎ着した。ビニールを広げて床に脱いだものを置き風呂敷のようにくるめばいい。南雲も同じようにしていた。

 ──しかし、この色はなんなんだ。

 南雲の言う通り写真で確認した色とは全く違う。パステルカラーで少し淡さのある色ならまだしも、この露骨に夜の闇に光りそうな蛍光色、これはひどすぎる。しかもこれで学生服だ。百歩譲ってブレザーならまだしも、学ランだと面積が広すぎて全身蛍光ライト化させているとしか思えない。横目で南雲を見ると、すでに自分の運命を受け入れているのか髪の毛を丁寧に撫で付けたり前髪あげたりといろいろ工夫しているようすではある。

「まあ、学校公認での校則違反させてもらう機会ってのもそうそうないし、楽しみますか」

「もっともだ。前向きに捕らえよう」

 乙彦も同意した。最初から自分の趣味とは言えないことは承知している。学校祭にきっちり参加できるだけでも自分は恵まれているのだとも思っている。まあアイドルユニットというネタは別としても、それなりに仕事をもらえるのは青大附高の生徒としてうれしい。

「ああ、そいで関崎、ちょっとここだけの質問していいかな」

 南雲がさらりと声をかけてきた。

「バイトのことか」

「違う、りっちゃんのことなんだけど」

「立村か?」

 昨日に引き続きずいぶん立村のことを聞かれるものだ。ほとんどがネガティヴな内容ばかりのはずだが南雲は立村と比較的仲がよい。あまり気を張らなくてもいいだろう。

「りっちゃん、最近どう? 落ち込んでたりしない?」

「別にそれはない様子だが。何かあったのか」

「いや、いろいろとさ。噂を耳にするんでね」

 言葉を濁す南雲。こういうあいまいな言い方をされると乙彦もついいらいらする。

「噂とは具体的になんだ」

「噂だからあまり具体的に言えないんだけどね」

 南雲はまた歯ごたえのない返事をした。乙彦もそれに見合った答えを返すことにした。

「落ち込んでいるというよりも、ずいぶんやる気を出しているなという気はする」

「へえ、やる気?」

「そうだ。知っているだろうが合唱コンクールでの見事な仕切りがクラスの連中には高く評価されている。今までは女子たちの受けもあまりよくなかったんだが少しずつ見直されているような感じもする。それもあるんじゃないのか」

「たとえば具体的に」

「英語の看板やプログラム作成に自分から立候補していたぞ」

 立村の周囲を見る限り、プラスの要因しかないような気がする。自分に自信がなさ過ぎだった立村が少しずつ周囲から見直されていく姿は、友人としてもうれしいことに決まっている。クラスが別だとやはり気づきづらいのかもしれないが。

「そうか、それならいいけどさ。俺も最近りっちゃんと直接話す暇なくてさ。噂ばっか流れてくるからなんかなあとか思ってただけなんだけど」

「南雲、差し支えないんだったら俺にもその噂を聞かせてほしいが無理か」

 思い切って乙彦は尋ねた。あいまい過ぎるのが耐えられない。首筋に久々当たった白い襟が痛い。南雲が渋い顔をした。

「噂だけど、いいのかねえ」

「南雲は俺よりも立村と親しいはずだ。ならそれなりに根拠があって言っていることだろう。俺も英語科クラスメートのひとりとしてあいつのことが気になるのも事実だ」

「そっか、じゃあ同じ規律委員のなじみもあるし言いますか」

 一呼吸置いて南雲は乙彦に向かい、

「りっちゃんの好きな子のこと知ってる?」

 軽やかに問いかけた。言葉に詰まる。確かに知っているといえば知っているが認めたわけではないのも事実だし。迷う乙彦を静かに様子見しながら南雲はさらに続けた。

「清坂さんじゃないってことも知ってるよな」

「ああ」

 ここは即答できた。

「彼女が青大附中卒業してから他の高校に進学するという話、聞いたことある?」

 ──どう答えたらいいんだ、めちゃくちゃ難しいぞ。

 なにせ自分がその問題の最大なる関係者なのだから。南雲は気づいていないのかそのまますぐに答えを告げた。

「彼女、青潟以外の学校に推薦で進むことになったんだって。そういう噂が中学から流れてきてて、りっちゃんがそれ知ってたらどう思うのかとか俺なりに気になったってわけ」

 そこまで言って南雲は外に出た。誰にも言うなとか口止めは一切せずに。


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