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19 幻の制服(1)

 次の日、いつもの甘ったれ片岡に朝一番声をかけられた。

「関崎おはよう!」

「昨日はいろいろすまなかった、ありがとう」

 心持ちほっとして声をかけると片岡は声を弾ませて、

「あの後内川くんのうちに行って桂さんと一緒に挨拶してきたんだ。持ってった栗、すっごく喜んでくれたんだよ」

「ああ、うちの親からもくれぐれもよろしくと申し付かってきた」

 もちろん母からあとで直々にお礼の電話を入れたのだが、乙彦からもきちんと伝えておく必要がある。

「おいしいよ。今度栗ご飯にして食べてもいいしね」

 伝えるところのポイントが間違っているように思えるが、片岡の言いたいままにさせておいた。もう子犬そのものだ。しっぽぱたぱた、まさにこれぞ普段の片岡だ。

「これから毎週二回くらいうちに来てもらって勉強することにしようって決めたんだ。俺の塾ある時は難しいけど、それ以外なら大丈夫だし。合間に時代劇もビデオ録画しておくから安心して見られるし」

「お前野球好きだろ、それ、いいのか」

「しばらくは封印するつもりだよ」

 あっさりと片岡は答えた。

「だって、内川くんがあんなにやる気あるんだったら俺だって全力投球しなくちゃいけないし。関崎が俺のこと信頼して頼んでくれたんだから、ちゃんと結果出すようにがんばるよ。桂さんもOKしてくれたし。じゃ、また詳しいこと決まったら話すね」

 とりあえず、内川家での挨拶は無事終了しふたりの友情を積み重ねる準備は進んだようだった。なんだか乙彦は蚊帳の外のような気もするがふたりとも元気になったのならばそれでいい。見守ることに専念しよう。


 学校祭についてはいまだ全くクラスでのイベントなどなく、それぞれの委員会で準備を進めるのみとご沙汰が出た。ただし英語科の生徒で希望者がいるようであれば英語版プログラムの作成や立て看板の準備などの手伝いはさせてもらえるようだ。本当は乙彦もそちらに参加させてもらいたい気持ちがあるのだが麻生先生にはじかれた。曰く、

「あのなあ関崎、お前のやる気が溢れているのはよくわかる。だがな、人間からだはひとつしかない。しかも朝の古本屋バイトも続けているんだろう? そうなるとあれだ。お前たちの健康を保つためにもイベントはひとつに絞れ。つまりお前の場合は規律委員会活動だろ。そちらで十分目立てるぞ。制服もそうだ、あれ、幻の制服着る予定なんだろ?」

 当然といえば当然なのだが、すでに麻生先生も「幻の制服」に関する情報を仕入れているらしい。

「はい、かなり派手な制服でした」

「だろうだろう? B組の清坂にC組の南雲というのもすごい組み合わせだが、これは話題になるぞ。そっちで燃えて、あとはやることないかわいそうな同級生に譲ってやれ」

 ──そんなかわいそうな奴いるか?

 すぐに気がついた。そうだ、あいつがいる。手持ち無沙汰なあいつがいる。


 立村がすぐに立候補して参加することになったのは自然な流れだった。麻生先生の呼びかけにためらうことなく手を挙げ、

「ぜひ参加させていただきたいのですがよろしいですか」

 発言した時に誰も反対する奴がいなかった。なにせ学年で英語限定トップの成績を納めている奴なのだ。当然だろう。

「立村、ずいぶん最近積極的だな、何か思惑でもあるのか」

「とくにありません。興味があるだけです」

 きわめて慇懃無礼に立村は答えた。

「合唱コンクールといい今回といい、よいことではあるがあまり調子に乗るなよ」

「承知してます」

 ──ちょっとくらい調子に乗ってもいいと思うんだがな。

 あの合唱コンクールが終わってから立村を見る目が変わった連中が多いとは思っていたが、よくよく見ると立村の行動もずいぶん前向きになっている。最近は疋田とも古川を交えてピアノに関する話をよくしている様子だし、音楽がらみで男子の吹奏楽部トリオとも盛り上がっていることもある。音楽室には放課後よく出かけていて肥後先生ともコミュニケーションを積極的に取っている。少し気になるのはB組の担任である野々村先生とふたりきりで語らっているところをよく見かける。別の噂が立っているのだが立村はあまり気にしていない様子ではある。

 ──まあいい、あいつももう少し評価されていい奴だしな。

 

 放課後、規律委員会に向かう前に乙彦は立村を呼び止めた。

「学校祭の件だがよく立候補したな。うれしいぞ」

「別に、なんとなくだけどさ。委員会やってないから時間もあるし」

 静かに立村は微笑みつつ答えた。

「全く何も参加しないで過ごすのがなんとなくもったいないような気がしたんだ。それだけだよ」

「お前くらい英語が出来ればひっぱりだこだろう」

 桂さんに「こいつは天才」と言い切った乙彦の本音でもある。

「わからないけど役に立てればいいなってとこかな。そうだ、関崎」

 立村はふと思い出したように問いかけた。

「学校祭の中日にあるだろ、学内演奏会、あれ行く?」

「もちろん行くぞ。規律委員の仕事が関係してくるがわからないが、せっかく疋田が出演するんだ。クラスで応援しないでどうするんだ」

「そうだよな。やはりみんなで行くよな」

 少しだけ声を落とし、かすかに俯いた。

「お前も行くだろ?」

「行くよ。行くけどさ」

 迷ったように首を振り、

「クラスで行くんじゃなくて別行動してもいいよな」

 問いかけた。それはかまわないのではと思う。なんとなく仲間内で疋田の弾く「トルコ行進曲」を聴こうというツアーが組まれているが参加は強制ではない。乙彦も規律委員のアイドルユニット活動がどうなるかによって変わるものの、ほぼ参加のつもりでいる。

「誰か他の学校から来るのか、友だちでも」

「そういうわけじゃないけど、まあそれに近い」

 言葉を濁した後立村は言い訳するように、

「俺、最近ピアノ習い始めただろ。だから最初から最後まで全部聴きたいんだ。俺のついている先生は発表会とかしないから、なかなか他の人たちが弾くのを聴く機会ないから、ひとりでじっくり耳澄ませたいというのもあるんだ」

「そうか、わかるぞそれは」

 たぶんクラスの仲間で行くことになれば、疋田の番ぎりぎりに会場入りし、終わったら即解散になるだろう。もしくはその足で学食に行くかもしれないが最初から最後まで耳を傾ける根性はない。自分で歌うなら別だが聴くのはまだ苦行の未熟者である。

「だから、別で行くけどその時はよろしく」

 立村は話を変えた。

「ところで南雲たちから聞いたんだけど、『幻の制服』を着て学校祭の警備をするんだって? 清坂氏も楽しみにしてたようだからさ」

 ──とっくに噂となってたのかよ。

 想像以上に情報漏れしているようだが隠すことではない。

「そうだ。俺がちらっと写真で見た限りではかなり派手な制服だった。あの格好で学内をうろつくのはかなり勇気いるな」

「楽しみだな」

 生徒玄関で別れた。これからどこへ行くのか尋ねたら、

「中学の後輩と会うんだ」

「学食か」

「いや、外に出るんだ」

 それだけ答えると立村はすぐに背を向けた。

 ──霧島あたりか、それとも。

 

 乙彦は考えるのをやめた。まずは蛍光色黄緑のど派手制服とのご対面だ。

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