18 初顔合わせ(1)
約束した通り月曜の放課後、乙彦はあらゆる誘いを振り切って片岡と一緒に桂さん運転する黒い車に乗り込んだ。本当は規律委員会の「アイドルユニット」衣装が届いたので合わせたりしなくてはならなかったが、男の友情が最優先ということで周囲を納得させた。南雲も清坂も、事情を説明したところすぐに納得してくれた。
「そうかあ、後輩が受験なんだあ」
「そりゃ一肌脱がねばならないよなあ」
「私たちが先輩にそう伝えとくから、今日はすぐに行ったほういいよ。けどなんで?」
清坂が不思議そうな顔をして尋ねたが答える必要なしと割り切ってすぐ教室を飛び出した。
「なんで、片岡くんに手伝ってもらおうとするのかなあ」
その片岡は桂さんにヘアブラシを渡されて仕方なく髪をとかしていた。
「なあ司、初対面が大事なんだぞ。男女問わずそれはそうだ」
「そんな大げさなことじゃないと思うけどなあ」
とぼけた口調で言い返しつつも、素直に言われたまま身繕いをする片岡を見ていると、
──夕張メロン以上の高級感があるか、だよな。
自分の家族の前とはいえ結構失礼なことを口走ったことを反省してしまう。今日は桂さんも片岡の身支度には目を光らせたらしく、ハンカチティッシュから新しい靴から何から全て傷ひとつない格好に整えてくれている。
──そんなにめかしこむとこじゃあねえだろ俺のうちは。
母にも兄弟にも、内川と片岡との初対面儀式であることは伝えてあるし、全員邪魔をしないという約束はしてもらっている。桂さんにはさすがに遠慮してもらうということで承諾は得ている。部屋もそれなりにこの土日で片付けた。
「あの、そんな堅苦しいことやるわけじゃないんですが」
「いやいや、やっぱな、司にはこのくらい言っとかないとな」
「桂さん!」
「いいじゃねえか。まあ関崎くんの弟分ならきっとあったかい奴だ。いい友達こさえてこい」
あっという間に我が家の玄関前に到着した。
「それじゃ、きりのいいとこで俺も電話かけるからゆっくり遊んでろ」
「わかった」
「ありがとうございます」
乙彦が頭を下げると桂さんはにやつきつつ、
「こういう機会なかなかねえからな。じゃあよろしく」
──だからそんなに気合い入れる必要あるのか。
友だちを紹介するだけなのに桂さんといい片岡といい、一体なんなのだ。
しょっちゅう乙彦のいない間に部屋に上がり込んで待っている雅弘みたいな奴だっているというのに。車が走り去った後、乙彦は片岡の肩をたたいて促した。
「桂さんいつもああなのか」
「うん」
短く片岡も答え、前髪を軽く指でかき回した。
「友だち自分で選べないのか」
「そうでもない。けど一応桂さんが全部チェックする形になるんだ」
「それは寂しくないかよ」
「慣れてるから」
片岡がやたらと乙彦に懐いてくる理由がどこか透けて見える。どう考えても十六歳男子の日常とはかけ離れている。寄り道もできないどころか友だちまで管理されている。いわゆる「ご学友」のひとりとして選ばれた乙彦としては迷うことしきりだ。
何はともあれ家に招き入れた。きょろきょろ見回しながら、
「関崎、どこで寝てるの」
無邪気に聞いてきた。
「二階だ。兄貴と弟と三人で部屋分割してるんだ。今はカーテンで区切ってるからちゃんとプライバシーは守られている」
「テレビはどうしてるの」
「居間にしかねえよそんなの」
「観たい番組あったらどうする? チャンネル争いとかしないのかなあ」
「する。が最近俺は脱落した」
BCLに目覚めてからはテレビよりもラジオのチューニングおよび受信報告書書きに没頭していると、まだクラスの奴に話したことはなかった。隠すつもりもない。いい機会だ、片岡にも教えてやろう。先週、東欧の放送局からベリーカードもらえたので見せびらかしてもいい。
「ただいま、友だち連れてきた」
玄関で靴を脱ぎながら家の奥に呼びかけた。
「おかえりおとひっちゃん、内川くん来てるわよ」
母の声が響く。すぐに現れ、まじまじと片岡を観察している。もちろん笑顔で迎え入れてはいるのだが、やはり片岡の佇まいに思い切り仰天しているのが伺える。
「ほら、この前話した片岡。同級生」
「ああら、おとひっちゃん、この前メロンをいただいたお宅の方でしょ。その節はありがとうね」
片岡が笑顔を浮かべた。社交辞令のありがとうくらい言うだろうと思っていたが甘かった。
「あのメロン美味しかったですか」
──開口一番これかよ!
乙彦も目の前の母も絶句している中、片岡は安心したように次の言葉を発した。
「メロンはもうないんですけど、今度おいしい栗がたくさん届くと思うので持ってきます。あの僕、関崎くんのこと大好きなのでよろしくお願いします」
──片岡、それはありがたいんだが、うちの母さんの前で言うことじゃないだろ!
「まあおとひっちゃん、よかったわね。ええと、片岡くんだったかしら、さあ、さあ上がって。内川くんもいい子だから仲良くしてね。さあさあ」
完全に母の言葉は大混乱している。少なくとも乙彦の友だちでこういう雰囲気の奴はいなかった。夏休み立村を家に連れてきた時もここまで戸惑ってはいなかった。立村の場合は社交辞令に長けているし片岡のように突拍子なことを口走ったりはしない。まかり間違っても「俺は関崎くんのことが大好きで」なんてことを口が裂けてもいうわけがない。
「ほら、片岡、靴脱げ」
「ありがとう」
きちんと靴を揃え脇に置く。後ろで母が、
「礼儀正しいわねえ。青大附属のお友だちはみな靴を揃えるのねえ」
と感心しているのだが乙彦からしたら水鳥中学の奴もそれはできると言いたい。階段を昇りながら片岡が質問してきた。
「関崎、友だち結構遊びにくるのか」
「そりゃあ来る。天気悪い日とかならしょっちゅうだ。遊ぶところないだろ」
「ふうん。じゃあ青大附属の奴も来るの?」
いたってさらりと片岡は問いかけてきた。
「来たことあるぞ、俺が学校でぶったおれて寝込んだ時に藤沖や古川たちが来たし、あと夏休みに立村も来たし」
「あいつも?」
片岡がきょとんとした顔でつぶやいた。そのあとすぐに、
「じゃあ、俺でもしかして、青大附属の奴って四人目?」
続けた。思わず「ああそうだぞ」と答えそうになったが飲み込んだ。言い直した。
「いや、五人目だ。お前の知らない奴がひとりいる」
「そうなんだ」
とりたてて追求はされなかった。
──清坂も、そういえば来たことがあったな。
特に無理して訂正する必要はないが嘘は言いたくない。