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1 自由研究顛末(1)

 二学期は極めて静かに始まった。

 入学時に感じた喧騒も特になく、久々に再会した友だちという感覚もない。

 夏休み中なんだかんだと連絡を取り合ったりしていたし、夏期講習もしっかり行われていたし、少し遊ぶ間隔が広がっただけという程度のこと。

「おい、片岡お前、夏休みどこ行ってた?」

「まるまる休み中実家に帰ってた」

 これこそわかりやすい結論の男子もいれば、

「家族で二週間、イギリス行ってたんだあ。お父さんの休みが奇跡的に取れちゃって」

とか、一部の例外もいることはいる。あまり乙彦には関係ない話題ではあった。


 自由研究もグループで行った分は代表者が製本して提出することになっていた。乙彦たちの場合は、やはりリーダーがどう考えても静内なので任せることにした。他クラスの生徒とつるんで行うケースがA組の場合比較的多かったせいか、直接麻生先生に提出する人は少なかった。

「結局、関崎はあれか? 例の『青潟市の石碑地図』か」

 藤沖が興味深そうに語りかけてくる。ちなみにこいつの自由研究は日本の政治にまつわるよしなだという。乙彦に説明してくれたが正直全く意味がわからなかった。政治家への野心でもあるのだろうか。

「そうだが」

「あちらこちら歩いたと聞いたが交通費も馬鹿にならなかっただろう」

「石碑自体が散らばっているからな。ただ、こういうことでもなければ足を運べない場所もたくさんあるからそれはそれで面白い」

「当然、帰りにカラオケに繰り出したんだろう」

「昼、カラオケBOXで飯が食える場所を探して時間を節約した。そのくらいのことはしている」

 藤沖は吹き出した。

「おまえ相当喉を鍛えたな。そろそろ合唱コンクールなんだが、当然のことながらやる気はあるだろう?」

「クラスのイベントでやる気のない奴は普通いないだろう」

「関崎らしいといえばそれまでだが、そんなに甘くない」

 ちらと周囲を見渡し、女子チームではしゃいでいる古川こずえを見やった。男子にちょっかい出してばかりのように見えるが意外と女子の面倒もこまめに見ている様子だ。ちなみに古川の自由研究はクラス女子五人と一緒に、子ども向け絵本の翻訳だったと聞く。

「古川が電話をしょっちゅうかけてきて俺に愚痴るんだが、なかなか大変みたいだぞ。関崎の力がどうも必要なようだ」

「そんなにもめているようには見えないが。それ以前に合唱コンクール自体準備が進んでいるのかもわからないぞ。指揮者と伴奏者も決まっていないだろう? 第一、何を歌うかも聞いてない」

「課題曲は、『恋はみずいろ』、自由曲はこれから決める」

 藤沖は聞いたことのない曲を上げた。「恋はみずいろ」って、「恋」なんてこんな軽いテーマを、よりによって青大附高の合唱コンクールで取り上げていいんだろうか。

「もう少し、合唱曲らしいものはないのか。少し軟弱な印象だが」

「たとえばどんなのだ。軍歌はパスだ」

「俺の好みをなんだと思ってるんだ」

 しばらくくだらぬ掛け合いをしていたが、藤沖はすぐ話を戻して、

「俺も正直なぜと思うところもあるんだが、音楽科の先生が決めたことだ。口出しはできぬというわけだ。むしろバランスを取る形で自由曲を絞らないとならない。だがそのへんも、古川がすでに手をまわしてくれているらしいし俺はあまり心配していない」

 古川こずえに頼りっきりのような気もするが、藤沖のことだそれなりに考えもあるのだろう。乙彦はそれ以上こだわらずに別の話に切り替えた。

「ところで応援団の調子はどうなんだ」

「嬉しいことを聞いてくるな、まあ聞け」

 すぐに身を乗り出してくる。隣で片岡が興味津々といった顔で様子を伺っている。

「夏休み中は待望のスカウト日和だったぞ。授業がある時は昼休み以外に話を持ち出せないところもあるんだが、夏期講習中は中学から高校を股にかけていろいろと声をかけていくことができる。主に生徒会役員の紹介や、その他個人的に良さそうと判断した奴とか、まあ様々だ」

「手応えは?」

「上々だ」

 藤沖はあっさり答えた。太い指を折って数えていく。

「中学生はやはりすぐにその気になる。高校がもう少し盛り上がればの話だが、将来的には中高校連動で応援団組織が広まっていくとなおいいだろう」

 藤沖の応援団結成に対する情熱は並々ならぬものがある。本人曰く「本来ならば生徒会長よりも応援団長になりたかった」とのことだが、残念ながら中学でそれは果たしえなかった。しかし高校では先手、先手で攻めて行き現在はほぼ来年の結成が確定しているといった状況だ。後期はおそらく応援団の下準備もあるだろうから評議委員を降りることになるであろう藤沖、その後釜として乙彦なりに評議委員の覚悟を持っていた。ということを本当は結城先輩の前で言いたいことだった。


 しばらく藤沖たちと語らった後乙彦は図書館に向かった。夏休み一番よく通ったのが学内の図書館だ。乙彦を始め静内、名倉の三人で青潟の歴史を紐解き語り合ったものだった。当然今日も、外部三人組で打ち合わせる予定を組んでいた。

 すでに静内と名倉が仲良く隣り合って語り合っている。

「お前ら早いな」

「関崎が油売ってるんだろ」

 名倉に図星を刺されて頭をかく。

「いいじゃないか。久々に友だちにあったらそのくらい話すだろう。で、お前らのクラスはどうだった? 静内、ちゃんと自由研究提出したろうな」

「失礼だね、したに決まってるよ。うちの担任に笑顔満面で受け取ってもらっちゃったよ」

 静内はクールに答える。

「女子で標本まで用意して提出したのって私くらいだったから目立ったよ。うちの担任てっきりああいう男っぽいのだめかと思っていたけど全然。意外にああいうの好きだったんだなってちょっとびっくり」

「担任って、女の先生だろう」

 クラスの授業を持ってもらっていないので馴染みはないが、静内の担任は野々村先生という二十代半ばの女性教師だった。地味な顔立ちで長い髪の毛を結わえて後ろに流している姿は静内にぱっと見似ているようにも見える。静内同様、ぱっと見、大人しそうに見える。

「そう。この三ヶ月話してるけど、いかにもお嬢さまって感じの先生だなって思う」

「お嬢さまか」

「あんたのお嬢さまとは意味が違うんだからね」

 静内は名倉を軽く叩いた。

「いかにも箱入りって感じ。絶対お見合い結婚するようなタイプ」

「それは褒め言葉だろう」

「とは言えないかも。まあ悪い人ではないけど、おもしろくないよね」

 意外とシビアな静内の担任評価だった。

「でも、品行方正そのもので、ちゃんと門限にはおうちに帰り家事手伝いしておとなしくお休みってタイプかな。少しずれている女子のことすっごく嫌ってる」

「そんなこと言うのか」

 何か言葉ににごりがある。静内は続けた。

「いろいろあるみたいよ。私は幸い、関崎や名倉に見せるような格好をあの先生の前でしたことはないからいい子に思われているけど、結構犠牲者は多いね」

「犠牲者、と来るのか」

 乙彦が畳み掛けると静内はちらっと周囲を見渡した。ついでに図書館カウンターにも目を向けた。安心したのか胸をなでおろすような仕草をし、

「裏を返せば、普通の高校生でいれば嫌われないで済むってこと。羽目外して男女交際華々しくやらかしたり、男子選り取りみどりで遊んだり、そういうふしだらな女子は虫唾が走るらしいんだって」

「静内ちょっと待て、異論がある」

 突然、名倉が反対意見を述べた。

「お前は夏休み中、カラオケBOXでやたらと絶叫したがる歌を歌っていたじゃないか。パンクだとかロックだとかいろいろと。関崎と俺はふたりで凍りついていたぞ」

「名倉、その通り。静内のあの凄まじい絶叫ロックは一度見たら夢に見るぞ」

 乙彦があまり知らない過激なロック……という表現しかできないが……をエキサイティングにシャウトしていた静内の姿を見れば、おそらく野々村先生も「大人しそうな優等生」である静内菜種を即、ブラックリストに載せることは確実だと思う。

「ひどいなあ。あんたたちに何奢れば口止め料になる? ジュース、コーヒー、紙コップでだったらご馳走するよ」

 慌てた振りをしながら静内は、白いブラウスをすっきり着こなした極めて地味な、決して目立たない女子の顔をしてにやりと笑った。

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