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17 伝説の生徒会長(2)

 内川の成績はそういい方ではない。二年前乙彦が内川を生徒会長に担ぎ出した時、周囲がまゆを潜めたのもそのあたりに原因がある。詳しい順位は聞いたことがないが、国語と社会の歴史だけやたらと勉強する代わり他の授業はほとんど寝ているかぼーっとしているかのどちらか。歴史といっても興味は日本史のしかも毎年テレビの時代劇で放映されている時代のみと偏りすぎている。人それぞれだし成績の良し悪しが人間性を作るなんてふざけたこと思ったこともない。時代劇大好き生徒会長、それでもいいじゃないかと思う。

 だがしかし。それが受験と関わってくると全く話は変わってくる。

 なぜそんな血迷ったことを思いついたのか、尋問しなくてはならない内容だ。

「内川、今俺が聞き間違えたのであれば訂正してほしいんだが」

 前置きして確認した。真正面に正座してじっと内川の顔を観察した。

「お前、青大附高受けるとか言わなかったよな?」

「言いました」

「まじか」

 またこっくり、真正面から頷く内川だがさすがに自分の口走った内容が受け入れられるとは思っていないようだ。ばつの悪そうな顔をしている。

「そう言われると思ってました」

「承知しているなら理由を聞こう」

 まずよっぽどのことがない限りこいつが自分の成績を棚に上げて青大附高を受験しようという発想自体思い浮かばないはずだ。この数年ほど水鳥中学で青大附高を受験した生徒はあまりいないし過去三年間ではひとりも合格していないはずだ。水鳥出身の先輩が青大附高にいない現実がすべてを物語っている。

「俺も、そんな受かるなんておこがましいこと考えてないんですが、それでも」

「早く理由を言えよ」

 促すと覚悟を決めたように両手を膝に置き握り締めた。気合を入れているのだろう。

「学校の先生たちや周りの大人たちが、とにかく、受けるだけでも受けてくれって」

「なんだそれは」

 言っている意味がわからない。腕を組んで首をひねってみる。

「受けるったって受験料がかかる。ただではない」

「それは気にするなと言われました」

「先生方にか」

 受験料払うのは親だし乙彦が受けた時だって五千円くらいかかったはずだ。馬鹿にはならない。

「それより、水鳥中学の生徒会長が青大附高を受験するという行為が大切なんだってことを言われちゃいました」

「なんだそれ」

 別に生徒会長になったからといって無理に青大附高を受ける意味なんてない。乙彦が受験したのも中学受験でしくじったことへのリベンジといったところが大きい。また、自分で言うのもなんだが小学校の頃から勉強はそれなりにできた。その下地があって中学で学年トップを保ってきたわけだからいきなり思い立って受験しようと思ったわけでもない。

 内川は困ったように頭を掻きながら、

「俺も、とってもじゃないけど受かるわけないって最初は言いました。けど、いろいろな人から、関崎先輩が受かったんだからお前にもあの学校合っているはずだとか言われてしまって。あ、それもそうかなと思って」

「俺が受かったからなんでお前向きの学校だと思うんだ?」

 だんだん内川の周りにいる連中の発想について行けなくなりつつある。なぜ乙彦が進学したから内川に向いているという言い方をする必要あるのだろう。確かに乙彦は昔から内川を本当の意味で弟分として可愛がった。雅弘と違うのは実際年齢が離れているといった点だが。雅弘と比べるとあまりにもお人好しですぐ騙されるんじゃないかとも思っていたが実際生徒会長やらせてみると結構人を動かすのがうまい。頭が切れるとかそういう意味ではなく単に、頼り無さ過ぎて誰かがなんとかしないといけないと動き出し、丸く収まるというタイプだ。

 今回の受験話にしても、内川自身が発想したわけではなさそうだ。南雲曰く「伝説の生徒会長」と謳われるようになった内川にやる気を出させるために「どうだ、青大附高受けてみないか? お前を可愛がっていた関崎もあの学校通って青春謳歌してるぞ。きっとお前の性格にも合った学校だと思うぞ」くらいそそのかしたのかもしれない。

 ──いや、間違ってはいない。内川が青大附高の校風に合いそうなのはよくわかっている。

 一年前青大附中で行われた交流会において、評議委員会のイベント「ビデオ演劇」とかいう謎のドラマ作りについて最も食いついていたのは内川だった。あいつの頭の中ではいつかクラス対抗時代劇大会を企画したくてならないんじゃないかとは思っていたのだが。水鳥中学では絶対無理だろうし、もし青大附中にこいつが進学していたらきっとやりたい放題のことをやらかしていたんじゃないかと恐ろしくなる。

「率直に言う。内川、お前は考え直したほうが絶対にいい」

 本人のためを思えばこそ、言わねばなるまい。乙彦は続けた。

「確かに青大附高はお前と相性が良さそうな気はする。学校全体がいろいろな行事に情熱的だし、クラスの人間もまあ一癖あるが結構いい奴ばっかりだ。最近も合唱コンクールでいろいろあったが最後は感動した。水鳥中学のようなしらけた気分になることはほとんどない。まあ、多少金がかかりすぎるところもなくはないが俺の場合制服や体育着などは先輩たちから全部融通してもらっている。参考書とかもそうだ。中古でも中身は一緒だし不便はない」

「すごい、先輩」

 何を感動した顔しているんだろう。本当は乙彦が止めねばならないことなのだ。続けねばならない。

「いい学校だし俺も今のところ満足している。お前が後輩に来てくれるんだったらそれは本当に嬉しい。だがよく考えてみろ。俺が青大附高合格に向けて勉強しだしたのは中学入る前からだ。厳密にいうと中学受験で不合格になったその次の瞬間からだ」

「はあ」

 わかっていなさそうな顔で内川が答える。乙彦も力を込めて次につなげる。

「お前も知っての通り俺は水鳥中学生徒会のシーラカンスとして顰蹙買ってきた。総田とは罵倒の繰り返しだしお前が入る前の生徒会はまさに修羅場だったんだ。その中にあえて飛び込んで来てくれた内川、お前には俺も心から感謝しているしできれば夢を叶えてやりたいと思っているんだ。だが現実問題として、成績、今年の中間テストはどうだったんだ?」

「真ん中より下です」

 さらりと答える。つまり、前と大差ないということか。

「青大附高は今年外部生を三十人取った。受験倍率は五倍だった」つまり百五十人受けにきたというわけだ」

「すっごい倍率です。公立ってせいぜい一・五倍とかそんな感じだったような気します」

「俺と自由研究やってた奴がふたりとも公立上がりだがやっぱりそれなりに成績は良かった。さらに言うなら俺は水鳥で成績がそれなりにいい方だったが今は英語科で半分より少し上くらいの順位を保っている。こういっちゃなんだがプライドはぺしゃんこだ」

「関崎先輩、三年間成績一位でしたよね」

「そうだ。それでも学校に入ってみたらこの通りのざまだ。それでも青大附高は面白い奴が多いし視野が果てしなく広がるしなかなか面白い学校だ。後悔はしていないが、やはり勉強は大変だぞ。宿題の量が半端ではない。外部生は補習だってある。お前、そんな環境耐えられるか? まあもっとも、お前の趣味に没頭はできるだろうな。図書館にはお前の好きそうな歴史小説がどっさり並んでいる。資料も大学経由で入手できる。すでに大学の教授から直接勉強を教えてもらっている奴もいる。ほら、お前も知ってるだろ、青大附中時代評議委員長だったあの立村だ」


 諦めさせるために語っていたつもりだった。

「関崎先輩、そうなんですか。そういうとこなんですか」

 まさかとは思っていたが、

「迷ってたんですけど、やっぱり俺、受けてみます!」

 いったいどこが奴の琴線に触れたのかわからないが、目を輝かせて、

「俺、成績よくないし今まで全然受けること考えてなかったですけど、関崎先輩のお話聞いて、なんかむしょうに行きたくなっちゃったんです! 先輩、ぜひアドバイスお願いします!」

 まさに土下座して頭を下げられてしまったからにはどう返事をすればいいかわからない。

「やめろ内川、面を上げろ! お前、正気か!」


 ──間に合うわけないだろ! もうあと四ヶ月あるかないかだってのに!

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