17 伝説の生徒会長(1)
南雲のやる気半端なし、で特に乙彦も手伝うことはないとのこと。
「とりあえず俺が全部準備しとくんで、また次の委員会時にでもよろしく!」
それだけで終わってしまった。清坂もさすがに話にけりがついた段階ですぐに、
「じゃあ私も用事あるし、お先に!」
さっさと帰ってしまった。仲間ふたりも残念ながらしびれ切らしたのかいつのまにか姿を消している。ひとまず乙彦がすべきことは、
──伝説の生徒会長。
と銘打たれた内川に電話して、褒め称えてやることくらいだった。
家についてからすぐに内川宅へ電話をかけた。水鳥中学三年、最後の学祭、きっと燃えているはずだ。忙しいんじゃないかと思いきや、
「関崎先輩、うわあ超うれしいです! 今度先輩うちに遊びに行っていいですか」」
ありきたりながらも嬉しいことを言ってくる。
「どうしたんだ。学祭死ぬほど忙しいだろう」
「そうでもないんですが関崎先輩しかできない相談があるんで」
奴にしては珍しい。もともと内川は頼りなさそうに見えるがするべきことはしっかりするし意外と芯も強い。乙彦が内川を知るきっかけとなったのは、小学校時代もっとも足が遅いくせに一番熱心に練習をしている姿を見かけたことだった。当時から長距離ランナーとしてそれなりに評価の高かった乙彦がおせっかいながらアドバイスをしてから妙に懐かれてしまい現在に至るというわけだ。
「俺で役立つのならなんでも聞くがいつがいい」
「来週の土曜日、どうですか」
本当に学祭大丈夫なんだろうか。去年の今頃は乙彦も受験勉強一直線だったもののそれなりに最後の学祭へ全力投球していたはずだ。急ぎの事情であることは確かなのだろう。
「わかった、それなら来週うちに来い!」
その間にも規律委員会内で学祭警備に関する話し合いは南雲ひとりで進められていた。東堂も事情を知っているようだがなんとなく乙彦に割り込ませたくない雰囲気がありありと感じられたためあえてノーコメントを通している。乙彦以外にも清坂をはじめ他女子たちにも詳しい話はしないように口止めされてしまったのには驚いたが、東堂曰く、
「なぐっちに任せとけば悪いことにはならないんじゃねえ?」
なんとなくみなそういう雰囲気らしい。面倒なことではある。
──まあいいか。規律委員会も今回でたぶん最後だろう。
藤沖に言われた通り、恐らく乙彦が規律委員に関わるのは学校祭が終わるまでだろう。それまではアイドルユニットだか宣伝チームだかわからないがとりあえずするべきことはする。だが南雲の言動などを観察している限り、
──もうこれから先、こいつが委員長やっているグループで関わりあうのはごめん被りたい。
そう結論が出ている。願わくば無事に藤沖が応援団をまとめあげ順調に評議委員推薦されることを願うのみだ。評議になれば今度は静内もいるし相棒役はよっぽどのことがない限り古川だろう。なんとかなりそうな気はする。
待ちに待った土曜日、乙彦は外部ふたりに事情説明の上急いで家に戻った。
可愛い後輩のためだ。母にもその旨伝え、今日は兄貴も弟も遊びに出て行っていることを確認の上自分の部屋へあげることにした。内川から前もって連絡があり、昼飯を食べてからくるとの連絡があったそうだ。
「内川くんもえらくなったわねえ。生徒会長でがんばってるってねえ。おとひっちゃんのこと大好きだったわよねえ」
「昔からだ。じゃあ母さん、食うものうちになければコロッケまとめて買って来る」
「あるわよ失礼だねえ。そこまでうちも貧乏じゃないんだからね」
乙彦のどけちぶりを知っている母は、冷凍食品の肉まんを四つほど蒸し器に入れて火をつけた。
「しっかり食べてもらわなくちゃ困りますよ、中学生男子はねえ」
しばらく乙彦も部屋を片付けたりなんなりしていたところへ、ようやく内川が現れた。乙彦が階段から下りるまでもなく、すぐに母の案内で部屋にやってきた。
「関崎先輩! お久しぶりです。あの、この前電話ありがとうございました!」
やはり後輩。きっちり正座して両手をついて一礼。時代劇魂染み付いている所作である。
「まあ礼儀正しいわねえいつも。内川くん、これから肉まん用意するから待っててね」
「あ、嬉しいです!」
目を露骨に輝かせる。ひょろひょろしたその姿、ろくに飯食べてないんじゃないかと心配になりそうだ。肉まんを持った皿と温かい麦茶が運ばれてくるのを待ち、乙彦は問いかけを始めることにした。
「学校祭なんだが、どうなんだ。来週だったよな」
「はい! 準備万端です! うちの生徒会はみな自分でどんどん進めてくれてるんで俺がいなくてもすっごくうまくいってるんです」
──なんだちっとも不満なんてなさそうじゃないか。
乙彦たちの代が去ったあと、内川が名実ともにトップとなりその上でやりやすくなったところもきっとあるのだろう。先輩の立場からしたらまだ危なっかしいところもあって口出ししたくもなるのだが、総田に力ずくで止められていた。
「やることとしてはフォークダンス三年連続でやりますし、あと座談会、あれも最近先生たちが盛り上がってて校則みたいな堅苦しい内容じゃなくて、新しいイベント作りの参考にするためのワークショップみたいなのをやろうかって盛り上がってるんです!」
「なんだそのワークショップというのは」
初めて聞く。詳しく教えてほしい。内川が続けた。
「うちの中学あまりイベントらしきものが少なくて盛り上がりに欠けてるので、どうせだったらみんなが盛り上がれることやりたいなとか、そういう話になってて。演劇発表だとクラスだけで面白くないんで、よく役者さんがやってるような即興劇みたいなのを体育館使ってわーっとやったら面白いんじゃないかなあって」
全くよくわからない。一通りの流れで理解したのは内川が時代劇に限らず演劇に対してかなり興味津々ということくらいだった。水鳥中学には演劇部がない。こういう奴こそ本来であれば青大附中の評議委員会に入ってビデオ演劇に情熱燃やすべきだったんじゃないかと乙彦は思う。
まあどちらにせよ、内川ががんばっていることだけは伝わってきた。南雲の語る「伝説の生徒会長」というのもまんざら外れているわけではない。
「この前電話でも話したけどな」
乙彦は話を少しだけ戻した。
「うちの学校で、最近水鳥中学生徒会の話題がいい意味で出てくるようになったんだ」
「それ、まじでびっくりしました! 関崎先輩、俺今でも信じられません!」
興奮気味に、それでも正座を崩さず内川は両手を震わせる。
「だって、青大附高ですよ? あの、超エリート集団の、あの青大附高ですよ? 俺も先輩たちに連れてってもらって交流会参加しましたけど、あの人たちなんかみんなすごくないですか? 半分以上俺、あの人たちが同い年かひとつかふたつ上ってことが信じられなかったし、いや一年下の人だってもう、すごすぎてついてけませんでした」
ショックが大きいのはお互い様だ。
「あの学校は独特の文化があるからな。動揺するのも無理はない。だが実際接してみるとみんないい奴だ。親の職業や生まれ育ちなんぞ関係ないということがよくわかる」
「そうですか、俺、あんなすごい人たちの前で先輩みたいに普通に友だちできるの信じられないです」
内川の場合はそれほど青大附属の連中と接したことがあるわけではない。仕方のないところもある。乙彦も立村とやり取りするまで青大附属に合格した奴らは別の世界の人間だと思っていたところもある。いつかそんなことないと証明するために、誰か友だちを紹介して一緒に学食で食うのもいいかもしれない。とりあえず藤沖よりも片岡の方が話、合いそうな気がなんとなくする。
「で、結局のところお前の相談ってなんなんだ?」
ふかふかの肉まんをお互いに平らげた後、乙彦は問いかけた。
「あの、先輩。青大附高目指すって今からでも間に合いますか?」
思い切り熱い麦茶を吹きそうになった。
──内川、何考えてるんだ? もう中学三年十月だぞ? とっくに志望校決めておかないと無理な時期だろうが!