16 規律的学校祭準備(4)
南雲の発言に乙彦は思わずむせた。隣りで清坂も、
「いきなりどうしたの」
ぽっかんとした顔で南雲、および先輩ふたりを交互に眺めている。
「ちょっとちょっとなによいきなり言い出すのよ、南雲、先走るねえ」
軽やかにあしらおうとするのが見え見えの女子先輩と、
「今誰も二年いないからこうやって馬鹿言えるが場所わきまえろよ」
さすがにたしなめる男子先輩。南雲も悪びれることなく、
「いや、俺も夏休み前からちょこっと考えてたんですよね。これでも俺は青大附中生粋の規律委員でしたから。やっぱ、高校に入ったらあれやろうこれやろうできなかったこともやっちゃおうとか夢を持っていたわけですよ。それがただ違反カード切ってるだけだとはっきり言ってだるい。そんなとこがあったんです」
「顔に書いてたもんね、わかるわかる」
「それでいろいろと何しよっかなあとか、B組の東堂あたりと頭付き合わせて相談していたんですよ。あいつもまた生粋の保健委員だったのを無理やり規律に引きずり込んだのが俺なもんで。清坂さんにはご迷惑かけてます」
「いいわよ、私」
不穏なB組の男女規律委員、雰囲気はやはり感じ取っているらしい。南雲は続けた。
「そしたらですね、面白いことを小耳に挟みました。なんでもとある中学の生徒会においては本来立つべき生徒会長が立たなかったと。そこで何を考えたか次の世代では一年生が下克上しちまったと。最初はわーとなったものの結果としては先輩たちも可愛い生徒会長を面倒みるし、生徒会長はごろにゃんして無事任務を果たし、結局校史に残る素晴らしきかな生徒会と謳われたと。これつい最近の話ですが」
「南雲、ちょっと待て」
さすがにこれは乙彦の出番だろう。先輩を差し置いて失礼かもしれないがいくしかない。
「その話、どこから仕入れたんだ」
「え、そりゃ、まあいろいろと」
「立村あたりか?」
こいつと立村は親しい。出処としてはそこしか考えられない。追求した。
「その話は最近だと聞いたが、まさか半年前の話とは言わないだろうな」
「え、あらら、なんで知ってる?」
結構焦っているのが見え見えの南雲、乙彦を避けるように両手でバリアを張っている。まさか、「校史に残る素晴らしきかな生徒会」の関係者が隣りに座っているなんて思いもよらなかったというわけか。一応、一年前の水鳥中学交流会には乙彦も参加したので元規律委員長たる南雲が知らないわけがまずはないのではないかと思う。
清坂が救いの舟を出してくれた。
「あのね、南雲くん。それ私が話したことでしょ。この前規律の一年で集まって話をした時にちょこちょこっと話したことだけど、それがきっかけだったの? ちょっとびっくりしちゃった」
──清坂がか?
乙彦と目が合い、気まずそうに清坂は口を尖らせたが、
「けど、悪口言ったわけじゃないからね。関崎くんのこと聞いてて当然でしょ。私も評議委員だったんだから、交流会出てたしね。水鳥中学の事情は知ってたよ」
「ああ、嘘じゃないことは認めるが」
いきなり一年前の水鳥中学生徒会の薄汚い部屋が脳裏に蘇る。生徒会室では南京錠を開けて全員集まり、乙彦の言い分に総田副会長がせせら笑い、会計の川上に鼻であしらわれ、見かねた内川生徒会長が一生懸命間を取り持つために時代劇の殺陣を真似てしらけさせるといったなんともいえない環境ではあった。とにかく和やかな雰囲気でまとまったことなど一度もない。断言してよい。とはいえ、無駄なエネルギーを使わず当時の水鳥中学教師たちと話を通し、とりあえずゆるい天然パーマは大目にみようとか、柔らかい内容の文庫本も漫画でなければ持ち込み可にしようとかいろいろ校則を変えたりもした。誰が偉いのかとなると、残念ながら乙彦も自身もって俺だと言い切れないのが辛いところではある。
三年先輩ふたりは一年たちのわたわたぶりを見てにこやかに微笑んでいる。二年差は実に大河の流れで遮られている。
「南雲に聞きたいんだが、なぜうちの学校の生徒会が歴代に残る名生徒会なんだ? 俺もその中にいたがとてもだが内部はひどいもんだった。お世辞にも褒められはしない」
「ああ、それさ、聞いた聞いた。確か関崎の話が出てきた時だったよね、清坂さん」
呆れたい思いで清坂を見やると、申し訳なさそうに縮こまっている様子だった。
「たまたまよ、それたまたま! けど、生徒会の話題が出てきたのがきっかけで、そういえば関崎くん交流会で来てくれたよねって話になって、あ、そういえばって」
「俺さあ、あの時喪中だったんで交流会出てなかったんだよね。残念なことに。だからその交流会の話はりっちゃんからいろいろ聞いてたけど実際詳しいことは清坂さんから初めて教えてもらったってこと。ほーすげえなあ、やるじゃんとは思ったよ。悪いけど今まで俺の関崎に対する印象は、バイト先で無遅刻無欠勤でしっかり朝の仕事片付けてくれてる、不真面目な俺にとっては比較対象としてしんどい相手でしかなくってさ」
笑いこけるのはやめてほしい。南雲をはじめ、先輩がた、ついでに清坂も笑っている。いつもの外部三人組席から鋭い視線が飛んでいるのを乙彦も気づいていないわけではないのだ。あとでどう言い訳すればいいんだか。
「んで、話戻します。その伝説たる生徒会の話を聞いてから俺なりに考えたのは、別に一年が委員長やったっていいんでないかってことなんです。一学年下だと、まあこれ男女差別って言われそうですけども女子が生徒会長になっててみんなどっひゃあとひっくりがえりましたよ。もっとも彼女もなかなかのやり手なのでたぶん青大附中の伝説生徒会長になる可能性は大ですけどね。とにかく俺としては、常識を多少ひっくり返して伝説化されるのもありなんじゃないかなと、そう思ったわけなんです」
「伝説の規律委員長を狙うというわけか。いい度胸だな」
皮肉混じりに三年男子先輩が言う。言いたくもなる。乙彦は同情した。
「ただまあ、非常識だってことは承知してますので今のうちに仁義を切ったというわけですが、俺も単純に威張りたいから言い出したわけじゃないっすよ。せっかくこういう面白い機会頂いたんでここは久々に張り切りたいところです。その上でもしよければ俺に任せてもらえると嬉しいなあと思った次第です」
「どう、この自信家っぷり。なんなのねえ、南雲」
そう言いながらも結構うれしそうなのが女子先輩だった。女子は概ね南雲に対して甘いのが通例ではあるが、辛い味付け扱いの乙彦としてはあまり面白いものではない。反発したい気持ちもあるのだが、いかんせんここでどう受け止めればいいのかがわからない。清坂が南雲に問いかけた。
「それ、仕切るのは任せるけど私、歌ったり踊ったりするのは絶対いやよ。関崎くんだって嫌でしょ」
「俺もこの三人でデリンジャラスなユニット組むのはどうかと思ってるけどね」
非常に失礼な言葉を交わしたのち南雲は、
「やっぱ、俺たち規律委員ですから。規律委員らしいアピールを考えますよ。せっかくこんなパステルカラーの黄緑制服衣装着せてもらえるんですから外の警備やらいろいろと目立つところで動きますよ。で、最終的には気持ちよーく学校祭を楽しんでもらえるようにサービスもたんといたしましょってとこでどうでしょうか」
先輩たちを唸らせつつも南雲ひとりはへらへらと機嫌よく笑っていた。
──南雲、いったい何する気なんだ?
「わかりました。私も協力します」
観念したように清坂も頭を下げた。
「私も南雲くんの気合に負けました。踊ったり歌ったりするんでなければがんばって働きます。そうですよね、規律委員会がつまらないって本人が思っちゃったらおしまいですよね。あと一ヶ月で任期も終わっちゃいますし、私も全力尽くします」
「みっさとちゃん! ありがとう! やはりこういう馬鹿の側でうまく支えるのは美里ちゃんみたいなパワフル女子よね」
無理やり清坂の手を握り締め三年女子先輩は何度も振った。
取り残された感のある乙彦には三年男子先輩が穏やかに語りかけてきた。
「関崎くん、君が頼りだ。伝説を再度、作ってくれよな。俺も南雲の性格を知らないわけじゃないが、とてもでないが押さえられそうにないんでな」
「俺が何をすればいいんですか」
戸惑うが、とりあえず答えることにした。
「とりあえず、歌えと言われればそれなりに歌います」
──水鳥中学生徒会が伝説になっていたのか! 内川に電話して教えてやるとするか。あいつも来年受験だよな。そろそろ改選も近いしな。
内川が生徒会で振り回されつつも頑張った姿を、他校のちゃらちゃら野郎が噂に聞いてやる気出したという話は、十分誇りに思っていい。景気づけにコロッケご馳走しながら語ってやりたたかった。