16 規律的学校祭準備(3)
「南雲も知りたいだろうけど、まあ学校の方針変更が一番のきっかけかな、だよね」
南雲のことを呼び捨てにするところが親しげだ。女子の先輩が説明に入った。
「君たちの世代が入学する前の青大附高は比較的おとなしい雰囲気だったのよ。中学とこうも違うのかってくらいの差があったのよ」
「それはなんで」
「まあなんというか、中学と違って毎年クラス替えがあるしそれに伴い委員会もメンバーがなかなか固定化しないしで面倒だったのは認める。でも一番の理由はやはり、現在二年の中に核となるリーダーがいないってことなのよ」
「いないですかねえ。ああそっか」
思いついたように南雲が膝を打つ。
「あのお方にかなう奴はそうそういませんねえ。全くだ」
──誰だそれは。
問いたいが隣りの清坂もぴんと来ているような顔をしているのであえて飲み込む。男子先輩があとを引き継ぐ。
「そうなんだ。本条が結局青大附高に入学しなかったのが一番痛かった。実際中学時代は生徒会イコール傀儡組織で実質生徒の力を誇示できたのは評議委員会、その上で専門委員会が上手く裏で活動する地盤ができていた。俺も万年規律委員だったからそのあたりはわきまえているつもりだけどね」
「先輩さすがです」
元規律委員長だった南雲が気軽に話しかけるのも無理はない。長年の先輩で関係も良好と見た。
「俺たちの代では一応、結城が現評議委員長としてそれなりに影響力を持っているけれどもあまりあいつも目立ったことをするタイプではない。結果、真ん中あたりの二年連中がなあなあな行動をとり続けて結局のところ、教師たちに頭を押さえられるという繰り返しだった。規律委員会もそんな感じだったよな」
今語りかけてくれるふたりの先輩はどちらも委員長ではない。三年でありながら平扱いといっても差し支えない。それでもずいぶんと自分の携わる委員会の未来を考えて行動している様子が伝わってくる。
「そうそう。ところが突然風向きが変わって新しい方向に進み始めたわけだし、それならこれから何かやりましょうかというのが自然な成り行きよ」
「どこが自然なんでしょうか?」
清坂が不思議そうに尋ねた。
「私、中学時代はずっと評議でしたから規律委員会がどういう仕事しているのかだいたいはわかっているつもりです。けど、高校に入ったらずっと週番とか違反カード切りとか、あまり学校の行事に積極的に関わろうとしないのが意外だなって思ってたんです。でも、今の先輩たちのお話だとそれって違うって思ってらしたってことですよね」
「その通り、美里ちゃん。そうなのよ」
女子先輩は清坂に笑いかけ、ついでに乙彦にも、
「今の話何がなんだか正直わからないでしょ、関崎くん」
「そのとおりです」
「正直すぎるね。でもそれならもっと細かく話すよ。今のところ規律委員会はたまに出てくる校則変更希望の検証とかそれに伴う先生方との和やかなバトルとかそういった程度の仕事しかしてないように思われてるわよね。けど、実は違う。もっといろんなことができる委員会なんだってことを外部にもっとアピールしたいと思っていたの。そうしたら新入生のみなさんがなんとまあ、輝かしき経歴をお持ちで」
「俺はともかく、あとはどんな」
南雲が乙彦にちらと目をやりおもしろげに聞き返した。
「いろいろ噂があったのよ。今の一年は面白い奴が多いからきっと学校内の停滞したムードも変わるのではないかって、かなり期待されてたの。実際それって本当でしょ? この半年、目立ったことやらかすのは大抵一年ばかり。なんてったって合唱コンクールの最優秀賞を一年が獲るなんて今まで決して考えられなかったことなのよ」
「俺のことを褒めてもらえてるんだったら光栄っすね」
忘れていた。これでも南雲は一年C組だった。
「そこで考えたのが、今一番輝いている一年生に一働きしてもらって、規律委員会がやっていることをもっとアピールしてほしいのよ。単なる違反カード切りで嫌われるものではなくて、南雲、あんたのようにファッションにこだわるだけこだわってやろうと思ったらグラビア写真集も発行できてしまう。生徒のやりたいことをやれる雰囲気がある場所だということをアピールしてほしいの。そしてできれば、次の世代にも伝えてほしいとそういうわけ」
──アピールする必要、あるのか。そんなに。
乙彦が首をひねっている間に南雲は元規律委員長の本領発揮でもって、先輩たちに交渉を開始し始めた。清坂も様子を伺っている。首のつっこみ場所を狙っているような目つきだ。
「中学と高校の委員会が別ものだってことは意外と後輩たちには伝わってないですからね。そんなもんっすよ。俺も最初当然のごとく規律に参加してみてあまりのしらけっぷりに唖然としましたからねえ。俺の青春間違えたかとまじで頭抱えましたし」
「南雲の青春は別のところにあるからね」
きっぱり切り捨てる女子先輩。平伏しながらも南雲は続けて矢を放つ。
「このままだと俺たちがこれから入ってくるであろう後輩ちゃんたちに『悪いことは言わないから委員会よか部活で青春しろよ』なんて囁かれてしまうかもってこと、恐れたんじゃあないでしょうねえ」
「恐れたが悪いか」
憮然として男子先輩も答える。しかし口元は笑っている。
「そんなことする気はないっすよ俺。ただ、確かにこのままだと俺はさっさと別の道を歩んだほうがいいのかなとは思ったりしました。自分の感性に正直なんで、俺も」
──俺に対する牽制か。
あまりいい気はしない。あとで何か言い返さねば。
「そこへいきなりアイドルユニットとか持ち出してどうするんだと思ったりもしましたが、要はあれでしょ、俺たちに幻の制服を着せておいて規律委員会とはこういうことやってるんだ、あんなこともこんなこともできますよと種まきしたいとか。俺はさすがにリーゼント決めてマイク握りしめてかっこつけて歌うのはパスしますが、それでもなんか新しいことを試せるんだったらぜひ足を踏み入れたい気はします」
──こいつやる気なんだ。
本気で規律委員会のシンボルになるつもりなんだろうか。公平な目で見ればそれも正しいとは言えるが、乙彦としてはできれば避けたい。乙彦の思惑を無視して話はどんどん進んでいった。
「ただ、ひとつ条件がありますが、どうなんでしょ」
「条件? 面白いこと言うわね南雲、言ってみなさい。物によっては叶えてあげる」
「いいっすねえ。それなら単刀直入に申し上げます」
膝に両手を置き、背筋を伸ばし、にっこりして南雲は要求を伝えた。
「俺、後期の規律委員長狙ってるんですけど、そういうの、ありですか?」




