16 規律的学校祭準備(1)
合唱コンクールも一段落したところで、
「さあ次は学校祭だな」
月曜の朝、いつものように藤沖と話をしていた。片岡の家でも多少は話題となったのだが実際曖昧な情報しか飛び交っていない。三人とも高校の学校祭がどういう形で行われるのか自体がわからないというのもある。一応元青大附中生徒会長だった藤沖としては多少なりとも交流があったようなのだが、
「今までは全く別ものとして行われていたはずなんだが、今年からだいぶ方向が変わるらしいとは聞いている。今までならば夏休み前から学校祭実行委員会を公募で集めてその連中が細かな割り振りをするはずなんだが」
「全くそういう情報なかったぞ」
乙彦の疑問に藤沖も首をひねった。
「そうなんだ。俺も不思議だったので結城先輩に聞いてみたところ特に学校祭実行委員を公募する予定はなく、もともと存在している委員会と部活動を活用する形で運営するんだそうだ。実際締めるのは生徒会で、若干足りない分を二年、三年から集めるということだ」
「それは間違っているような気がするな」
元水鳥中学生徒会副会長としてもそう思う。高校時代は留年でもしなければ三年間のみ。あまりにも短い。その間に経験を急いで積まねばならないというのに貴重な一年生の時期を無駄にするのはもったいなさすぎる。
乙彦の考えを訴えるも藤沖は首を振った。
「俺も関崎の意見には賛成なんだが、いかんせん現実は甘くないんだ。特にこの一年くらいは学校の方針が大幅に変わってきている印象もあるし、今までのびのび生徒の自主性を重んじるやり方から教師率いるやり方に切り替わっているようだしな」
「それを、許しているのか?」
乙彦が食い下がると、
「今までが特殊過ぎたんだ。そうとしか考えられない」
きわめて曖昧、玉虫色な答えしか帰ってこなかった。
宇津木野の病状は「安定した」以上の情報が一切入ってこなかった。
不安がる女子たち、特にピアニストコンビの疋田は毎日のように連絡を入れているらしいが、古川にあえて控えるようやんわり止められていると聞く。
昼休みに少しだけ古川から話を聞いた。
「いやね、あんたも知っての通り」
声をひそめる。病院でまずい中華丼を食った仲ではある。
「しばらく宇津木野さんのご家族意向もあって学校休ませようってことになったみたいなんだ。たぶんこのままだと休学かもね」
「古川もそれを心配していたな」
食堂で熱心に訴えていたのを思い出す。最も至極といった顔で頷く古川。
「たぶんそうなるんじゃないかってのはあったから水際で止めたかったというのはあったけどね。やはり親の価値観をそう簡単には変えられないよ。あとは、私らがいつか宇津木野さんが戻ってきた時にできるだけ自然に迎え入れられるようにしとかないとね」
「どうやってだ」
「まあ任せておきなさいよ」
自信ありげに古川は笑った。あくがなかった。
「私もそれなりに経験積んでるからね」
普通の授業が開始され、通常通りの学校生活が再開された。合唱コンクールに関わった一ヶ月というのは乙彦が想像していた以上に内容が濃く、自分にとってもクラスをまとめたという実感を抱けた時間でもあった。なによりも周囲の目が変わった。今までは単なる外部生に過ぎなかったのが、
「歌がやたらとうまい外部生」
に置き換わっていることが何よりもの違いかもしれない。書道の授業でも、
「関崎、悪いな、筆はマイクにならないんでな」
と全く笑えないギャグを先生から飛ばされる。さすがにそれはない。
まあ近いうちに麻生先生から許可をもらってカラオケで打ち上げを行う機会があれば嬉しいことは嬉しいが。
放課後に突入した。規律委員の乙彦としてはやはり行かねばならない夕方の週番。
──あと二ヶ月で週番も終わりか。
重要な役目なのはわかっているつもりなのだが、青大附高ならではの個性的展開が全く存在しなかった。立村から前もっていろいろ噂を聞いていたから入学前想像をたくましくし過ぎたきらいは確かにあるだろう。隠れ手芸部だとか、ファッションブック作りとか。
──違反カードを切るのは面倒だが仕事だしそれはいい。だがこちらもあまりにも仕事なさすぎじゃないか。
職員玄関前に集合した。当番制なので全員ではない。一年は三名で南雲、清坂、そして乙彦のみ。二年、三年の先輩たちも各三名。合計九名。いつものように三年の先輩が週番ノートを開いて、
「本日は遅刻者が十名と非常に多いため規律委員会では合唱コンクール後の気の緩みを注意して行かねばなりません。明日朝のホームルームにて全員に周知をお願いします」
などと読み上げた。決まりきった文言のみで正直意味がなさすぎる。実際乙彦もこのような周知が出た時はすぐに伝えるようにはしているが、全くと言っていいほど手応えがない。遅刻防止のための取り組みにはもっと別のものが必要ではないかとすら思う。
「それとこれから一年三人には残ってもらいます。緊急に連絡したいことがあります」
「先輩、どんくらいかかります?」
南雲が笑顔満面で尋ねた。女子の先輩だったこともあるのだろう。とげなく答えた。
「大丈夫よ、十分で終わるから」
「俺これからバイトなんすよねえ。生活費かかってるんで」
「わかってる。じゃこれからすぐ説明するね。美里ちゃんも?」
名前で呼ぶところからして清坂は女子の先輩たちから意外と受けがよいらしい。こちらも笑顔で答えた。
「もちろんです。よろしくお願いします」
「美里ちゃんがいると頼りになるなあ。関崎くんは」
「俺も大丈夫です」
先輩の言うことは絶対だ。三人入れば別に締められることもないだろう。まあバイトが詰まっている南雲には災難だがそのくらい我慢してほしい。乙彦が朝一番で汗だくになりダンボールの荷をほどいてきたのだ。しっかり売って貢献しろと言いたい。いつも店の奥さんとお茶飲んでだべっているだけが仕事ではないのだ。
「なんすかねえ」
「学校祭のことよ、きっと」
「すげえかったるいんですがどう思います清坂さん。今からファッションショー準備ったら徹夜覚悟じゃんとか思いません?」
「南雲くんとしてはやりたかったかもしれないけど、時間がないのはきついよね」
元同級生同士の気兼ねないおしゃべりが聞こえる。乙彦はそのふたりについて歩いていた。 集まるよう指示されたのは図書館だった。たぶん外部三人組のうちふたりはスタンバイしているだろう。静内があまり機嫌悪くしないといいのだが。なにせ清坂とかなりドンパチしたらしいとの噂が流れている。先日の青工学校祭でもさすがに愚痴れなかったようなので詳しいことは聞いていない。だが、
──委員会なんだ、しょうがない。
この一言で片付きそうな気もする。
「関崎くん、聞いてる?」
清坂が振り返り乙彦に問いかけた。ついでに南雲も横目でみやった。
「そもそも規律委員会でファッションショーを行うことが可能なのかと考えていたんだが」
「可能ですよん。みんなでたとえば民族衣装を作ったりしてみんなで着たりして試してもらったりするのはありでしょうよ。それからそうだなあ、縫い物得意な奴結構規律委員の中にはたくさんいるから、そいつらのコレクションショーにするというのもありですが」
さらさら述べ立てる。清坂が口を添える。
「これ、中学の時南雲くんが学校祭で企画したことだもんね。規律委員会で」
──本当かよ。
得意げな南雲の表情からして、嘘ではないらしかった。