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15 礎祭(3)

 雅弘は乙彦と水野さんを交互に見比べた後、付き添っていたもうひとりの女子も手招きした。

「よかったら一緒にどうぞ」

 その顔を見て乙彦の記憶がぴんと張った。もしやこの、ふんわりした髪の毛を高くポニーテールに結っているその女子は、たしかどこかで会ったことがあるはずだった。会釈して、まずは乙彦の方から挨拶した。

「あの、初めまして」

 じっとその顔を見つめながら、水野さんと同じ制服姿の女子が誰だったかを探る。大抵の場合乙彦は一度みた顔は絶対に忘れない。ただ名前とひもづいていない可能性もある。どこで会っただろうか。

「一緒に座りましょう」

 水野さんはそのふんわりした華やかな雰囲気の女子を隣りに置き、

「私の友だちの、霧島さん」

 微笑みつつ紹介してくれた。そのあとですぐに雅弘も、

「こいつ、俺たちの中学時代の友だちなんだけど関崎。あ、いつも俺、おとひっちゃんって呼んでるんだ」

 フォローに入ってくれた。なんだかめちゃくちゃな順番だが改めて自己紹介する。

「関崎といいます。水野さんとは水鳥中学で一緒で」

「私のこと、覚えてない?」

 ふんわり少女は首を傾げて少しだけ厳し目に乙彦を睨んだがすぐに品よくもとに戻し、

「霧島です。私、関崎くんとは去年、青大附中でお会いしているのだけど」

「青大附中?」

 思い出せない。どこかで顔を合わせたことだけは確実だと思うのだが。

「すまん、確かに会ったことはあると思うんだが」

 これだけ目立つ雰囲気の女子なのになぜだろうか。記憶に浮かばない。

 霧島と名乗ったその女子は、

「座っていい?」

 静かに席につき、乙彦たちが一緒に腰掛けるのを待った。雅弘が交代のため再度呼び出しくらったのを見送ったあとで、

「私、中学時代青大附中にいたのよ。立村くんとか、天羽くんとか、難波くんとか、更科くんとか、美里とか、琴音とか。それと」

 口ごもり、首をいったんきつく振った。

「水鳥中学との交流会にも来てたでしょ。私それ、参加していたから。生徒会副会長を忘れるわけないわ」

 隣りで水野さんがその口調に驚いている。雅弘相手にはずいぶんお嬢様っぽい話し方をしていたようなのだが、乙彦の顔を見たとたんかなりきっぱりしゃべるようになったのは何か思うところでもあるのだろうか。いや何よりも、きっかけだけははっきりした。青大附中で合同のイベントには参加したしその際に評議連中とはそれなりに挨拶もしたはずだ。ただ、目の前にいる彼女だけは今ひとつ記憶に残っていない。

「申し訳ない。そうか。あの場所にいたのか」

「お茶も出したんだけど」

「霧島さん?」

 おそるおそるといった風に水野さんが霧島さんの顔を覗き込んだ。

「青大附中のこと、話していいの?」

「いいわ。隠す気ないし」

 きっぱり答え、ふわふわ少女霧島さんはようやく雰囲気に合った口調に戻した。

「私、評議のひとりだったのよ。信じられないでしょうけど」

 隣りでずっと心配そうに水野さんが見守っていた。


 ──覚えてなかった俺も悪かったが随分言い方がきつい女子だな。

 二言三言話しただけで、即逃げ出したくなるタイプではある。

 ──水野さんもなぜこういう女子と仲良くしているんだろうか。

 素朴な疑問が沸くがもちろんそれは先入観だ。外見だけでいえば見た感じが今にも光でとろけそうな天使風にも見える。しかしそれは語るまでの間。なんだろうかこの投げやりな態度は。そもそもなぜ、青大附中にいたにもかかわらず今着ている制服は可南女子高校のものなのだろう。水野さんと接点があったとすると恐らくそこなのだろうが。

 ──学校差別をするつもりはないが、なぜ。

 一番謎なのはなぜ霧島さんが、青大附中から附高にエレベーター進学しなかったのだろうかということだが、さすがにいきなり尋ねるわけにはいかない。他の高校進学するにしても別の選択肢がなかったとは思えない。仮にも青大附中は青潟の優秀な生徒が集まる「はず」の学校なのだから。


 ──いや、待てよ。

 乙彦は霧島さんに尋ねた。

「俺の勘違いだったら謝るが、青大附中二年にいる霧島は、弟さんか。生徒会の副会長をしていると聞くが。俺も何度か話をしたことがある。優秀な奴だなと思った」

 霧島さんの表情が露骨に曇ったのがわかる。うつむいた。たぶんそのとおりだろう。もうひとつ尋ねてみた。

「それと、俺の同級生、あ、俺英語科なんだが、藤沖知ってるか」

「私の同期で生徒会長していた人でしょ。それが?」

 全く興味なさげに交わされた。やはり、あいつが話していた女子のことだ。

 ──藤沖がかつて想っていたという、あの女子だ。


 夏休み前に起きた中学女子たちを巡るいざこざに振り回された時、藤沖が乙彦とふたりきりの時にぽろりとこぼした言葉を覚えていた。

 ──何かの間違いで入学してきてしまい、苦労していた。

 ──誰よりも努力をしていたが、報われなかった。

 ──学校側の判断で格下にもほどがあると言われるくらい底辺高の可南女子高へ推薦で進学させられた。事実上の退学。

 助けられなかった自分を責めていたゆえに、藤沖は同じ轍を踏まぬがゆえに渋谷名美子を全力でかばう決意をした。第三者からしたら顰蹙物の行動かもしれないがその思いを強くするきっかけとなったのが、今目の前で厳しい表情をしうつむいている女子なのか。


「ごめんね水野さん、私、今日用事思い出しちゃった。先に帰るね」

「え、霧島さん」

「いいの。また学校でおしゃべりしましょう」

 女子に対しては優しい口調でいかにもお嬢様風に振る舞い、乙彦にも改めて丁寧に礼をした。

「変なこと話してごめんなさい。青大附属の人たちには私のこと、あまり言わないでね。みな私のこと、苦手だと思ってた人がほとんどだから」

 止めようとする水野さんを振り切るようにして霧島さんは背を向けた。乙彦が挨拶する間もなかった。


 水野さんはしばらく立ったままでいた。そのあとゆっくりと腰掛けた。乙彦も続いた。

「ごめんなさい」

「いや、水野さんは謝ることなにもない」

「校門くぐった時に、霧島さんが男子に声かけられて」

 言い訳するように水野さんは続けた。

「あれだけ可愛い人だからみんなの目を惹くのは当然だけど、その誘いの言葉が、その」

 言葉を言いよどんだ。

「言いづらいなら聞かなくてもいいが」

「いいえ、関崎くんなら、わかってくれると思うわ」

 水野さんは小さなため息をひとつつき、涙が少し混じった声でつぶやいた。

「霧島さんは真面目な人。何事にも一生懸命で、でも不器用だから報われることが少なくて。制服も全然着崩してないわ。でも、周囲の人は彼女を、遊び人扱いするの。今日もそう思われることが多くて、ここに辿りつく前に霧島さん、きっと傷ついていたんだと思うの。関崎くんなら、わかってくれると思うから」

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