15 礎祭(2)
青潟市立工業高校は街のど真ん中に位置していた。兄の関係で学校祭の話を聞かせてもらったことはあるのだが、それほど面白そうな印象はなかった。あまり兄はでしゃばるほうではないからだろう。しかし今回は雅弘があれだけ力説しているのだ。期待せずにはいられない。
校門の前にはティッシュでこしらえた花が色とりどりに貼り付けられている。いかにも学校祭といった感じではある。中学のものとそう変わらない印象だった。
「中に入ろうか」
「その前に自転車どこにつける」
「あ、あそこにお客様用自転車置き場とかあるよ」
静内の指差す方向へ移動し、自転車をまずおいた。だいぶ客入りがよさそうで、乙彦たちが押し込んだ段階で満車のようだ。
「土曜日なのにずいぶん人がいるな」
「そりゃそうだよ、青工の学校祭ったらやっぱり興味しんしんでしょうよ」
「そういうものか」
三人三様に思ったことを口走りつつ中に入り、受付担当者に雅弘からもらったチケット一覧を見せてみる。すぐに一年建築科クラスが担当しているという「キッズルーム」と、ドーナツセットがもらえる店を教えてもらった。一パック三個ずつ入っているという。さらに吹奏楽コンサートを聴いてくれた後に食堂に行くと半券一枚でお茶もサービスしてもらえるという。同行者全員という話だった。
中に入って見ると模擬店もだいぶ賑わっている様子だ。もらった白黒パンフレットを片手に中をうろついてみる。学内は普段靴を履き替えねばならないらしいが学祭中はそのまま上がって問題ないとのこと。気楽に進む。
「なんか食いたいな」
名倉がぼそりと言う。腹の虫も鳴いている。
「ドーナツだけだとちょっと寂しいよね。関崎、食堂に寄ってみようか」
地図を見ながら学生食堂に向かう。静内の言うのももっともなのだがいかんせん、席が埋まっていて乙彦たちの座るスペースがない。学生は少なめなのだがそれこど子ども連れが圧倒的に多く、ひとりの席をふたりぶんぶんどってラーメンやらカレーライスやら食べまくっている。ウェーター、ウェートレス担当の生徒たちも食券を受け取っては運びの繰り返しでかなり混乱している様子だ。
「まさかドーナツだけということはないだろう。夜店のチョコバナナとかたこ焼きくらいは並んでいそうな気がするぞ」
乙彦が慰めつつ、体育館に足を向けた。キッズルームはどうも体育館の一角に設置されているようで、中に入るとそれぞれパーテーションで区切られていて、子どもを遊ばせている間に親たちも一服できるような休憩場もある。椅子と机がぽつんぽつんと並んでいる。かなり集まってはいるけれども乙彦たちの席は確保できそうだ。
「ここは穴場だね」
「ドーナツを先にもらってきてここで食うのはどうだ」
静内、名倉も満足したらしい。ふたりを席につかせて、乙彦は最初に雅弘を探すことにした。子どもたちだけがはしゃいで、手押し車や木製がらがら、その他積み木に戯れている。様子をみつつぴりぴりした表情の男子生徒を捕まえ、
「すいません、佐川くんいますか」
声をかけてみた。
「佐川は今、出かけてますがそろそろ戻ってきます。そこの休憩室で待っててください」
ぶっきらぼうな返事だった。様子を伺う限り子どもたち当番の生徒が五名ほどいて、ローテーションを組んでいるらしい。運悪く雅弘の休憩時間に重なってしまったようだ。
「わかりました。それで、休憩室でなんか食べていいですか」
念のために聞いておく。あっさり返事がきた。
「構いませんが煙草はやめてください。それとアルコールも」
──やるわけねえだろうが!
待っているふたりを腹空かせたままにするのも申し訳ない。相談して静内と名倉のふたりでドーナツを引換えてくることにした。幸い静内は必要なところをすぐ発見出来る女子なので乙彦がいなくても問題なく目的地にたどり着けるだろう。
「関崎の友だちが帰ってきた時に関崎本人がいないと大変だしね」
静内も納得顔でチケットを握り締めた。名倉も食い物にありつくためならと足が浮立っているのがよくわかる。まあ男子はそういうもの、自分でも意識ありだ。
「じゃあ、待っててよ。あとなんか美味しそうなものがあったら買ってくるかもよ」
「頼んだ」
見送りつつ、乙彦は改めて椅子に座り直した。
──青大附高の学校祭は本当にどうなるんだろうな。
ちらちら話には聞くのだが、クラスイベントを行うとかお化け屋敷や模擬店やるとかそういう情報は一切ない。委員会絡みで何か参加させられるのかもしれないがどうなのだろう。立村にもちらっと聞いたことがあるが、中学とは別組織で行うらしいので高校の事情は全然わからないとのこと。ただ、ピアノを中心とした学内演奏会が行われるのと、吹奏楽もそれなりにコンサートを開くらしいということは耳にしている。
──さっき見た感じだと、雅弘のこしらていた引き車をはじめ、丁寧に角を落とした積み木とか、穴に紐通して遊ぶおもちゃとか、あれは夏休み中に準備しないと間に合わないものだろ? ああいうものだともう少し準備が必要だと思うんだが、うちの学校は少しのんびりしすぎているんじゃないのか。
来週学校に行ったらそのあたりも聞いてみようと思う。もし規律委員会が学校祭でそれなりの役割を担わされるとなるとどういうものになるんだろうか。先輩たちがそのへんは詳しく教えてくれるんじゃないかと期待はしておく。
「あれ、おとひっちゃん!」
明るい声が響いた。一緒に休憩場でたむろっていた人々も同時にその声のほうを見た。
「雅弘、来たぞ」
「ほんとに来てくれたんだ! よくここわかったよね」
雅弘が駆け寄るようにして乙彦の隣りにひっついた。すぐ隣りの席に座った。
「みなここ探せなくて教室ずーっと探してて、やっと来るってパターンだったから」
「地図を見れば誰でもわかるだろ」
なぜ迷うのか、その方が正直不思議だ。雅弘はいつものどんぐり眼をきらきらさせて、
「さすがおとひっちゃん! 今日は学校終わってから来たの? ひとりで?」
きょろきょろあたりを見渡した。
「違う、友だちふたり連れてきたんだが、お前が送ってくれたドーナツを引換えに行ってもらってるんだ。ここで食ってもいいということなので、ゆっくり食べようと思う」
「そうか、そうなんだ」
少し戸惑った風に雅弘はうつむいた。すぐに顔を挙げ、
「ちょっと待ってて、会わせたい人来てるんだ」
小走りに体育館入口へ戻っていった。後ろから、
「佐川、早く戻ってこい!」
さりげなく怒号も聞こえる。どうやら休み時間オーバーしているらしい。あとで乙彦も一緒に謝ってやったほうがいいかもしれない。誰か同じ中学の出身者でも来ているのだろうか。まさか総田なんてことはないだろう。さすがに雅弘だってばかではない。同級生だろうか。
雅弘が伴って現れたのは、確かに水鳥中学時代一緒だった生徒だった。
──水野さん!
思わず立ち上がっていた。雅弘の後ろにそっと隠れるようにして、しっかり編みこまれたお下げ髪のやさしい微笑みがすぐ側にあった。さらにその奥にもうひとり、水野さんと同じ制服を来た女子生徒がちらちらしていたが、どんな顔かはわからなかった。
「さっきたん、おとひっちゃんに会うの、久しぶりだろ?」
水野さんは雅弘にやさしい目線を投げ、改めて乙彦に頭を下げた。