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15 礎祭(1)

 次の日は合唱コンクール後の後片付けや麻生先生の思い出話、宇津木野の容態、その他もろもろと慌ただしかった。それなりに授業もあるにはあるのだが、先生たちもドラマチックな展開甚だしい一年A組英語科の連中にはそれなりに敬意を払ってくれているらしい。なんだか四時間目終了の鐘が鳴る頃には、

 ──なんだか俺はすごいクラスにいたのかもしれない。

 意味なく誇りを持ってしまっている自分に気づいた。

 話をしたことのない上級生にいきなり呼び止められて、

「君、すごいよ。よくやった」

 と褒められたり、よく知っている結城先輩には、

「さすがだねえ。僕のお見立て通り、ちゃんと勲章を手に入れてくれたねえ」

 とわけのわからないことをつぶやかれたりもする。

 外から見ている限りだと、全学年で最優秀賞を勝ち取った一年C組の連中は我が世の春とばかりに舞い上がっているように見える。よくわからないが前代未聞の出来事だったとも聞く。通常一年がいきなり二、三年を追い越して最優秀賞を獲るなんてことは普通ないのだそうだ。さぞ元評議三羽烏も舞い上がっていることだろう。さっきも教室を出て行く前に天羽が立村を引きずり出していったのを見た。先輩たちと集まって何かするらしい。

 ──立村も、これで少しでも評価されればいいんだが。


 一段落したところで、乙彦は図書館へと向かった。向こうの三羽烏には用がないがこちらの「三人組」には誘いの連絡をしたい。すでにいつものテーブル席を陣取っていたのは名倉だった。

「関崎、昨日はすごかったな」

 やはりこいつからもお褒めのことばを頂戴する。

「かたじけない。ところで名倉、突然だが今日これから暇か」

 同じことを褒められるよりも話を全く別に持って行きたかった。

「暇、といえば暇だ。今日は夕方から塾だ」

「それなら、昼間なら大丈夫ということだな」

 乙彦は切り出した。名倉の都合を考えると早めに話を進めたほうがいい。

「実はこれから、青工の学校祭に行こうと思っているんだがよかったらお前も来ないか」

「青工?」

 青潟市立工業高校。略して青工。

「中学時代の友だちが青工の建築に行っているんだが、そいつからチケットをもらったんだ。今回はちょっとした子ども向けのおもちゃや遊び場をクラスで開くらしくて俺にも来いとの誘いがあったんだ」

「俺はあまり行ったことがないが」

「俺もない。兄貴も同じ青工なんで顔合わせするかもしれないが、人畜無害だ。よかったらこれから高校の学校祭がどんなもんだかを偵察に行こう」

「そうか。関崎が言うなら面白そうだな。もちろん静内も連れていくんだろ?」

 にこりともせず、言葉だけは前向きに名倉が言う。ぶっきらぼうなのはいつものことだ。気にしない。

「そういう静内は遅いな」

 乙彦が腰を浮かせ図書館の入口を眺めやる。まだ気配なし。だいぶ席も埋まってきているというのに。珍しい。いつもなら一番で座っているくせにだ。

「あいつは昨日相当悔しい思いしてただろうな」

「どうしたんだ」

 一年B組の合唱コンクール結果、意気込みが空回りした扱いをされていると聞いている。乙彦はそもそもその歌を聞いていないのでわからないしクラスの連中に聞くのも気が退ける。

「間違ってはいない。しくじってはいない」

 とつとつと名倉が腕組みしてつぶやいた。

「単純に、先生方に評価されなかっただけのことだ」

「あいつの燃え方は相当なものだったがな」

 きっと上手なクラスはいくらでもあったのだろう。そう考えるしかない。二年、三年だって下克上をそうそうされるのは嫌だと思う。

「詳しいことは聞いていないが、直前で相当誰かともめたらしい」

「清坂か」

 すぐに口から出てしまう。一番怪しい結論。名倉は首を振った。

「誰かはわからん。だが、あまりいい乗りで歌えたわけではなさそうだ」

「お前のクラスはどうなんだ」

 聞き忘れていた。一年D組はどうなんだ。名倉はあまり興味なさげにつぶやくのみ。

「間違えなかったからたぶんよかったんだろう。俺にはわからん」

 一番平和に終わったクラスなのだろう。それはまたそれでよし。


「ごめん、待たせたね」

 しばらく名倉と青大附高の学校祭について話をしていると静内が小走りにテーブルへ駆け寄ってきた。息を切らせている。

「お前遅いな」

「まあね。聞いてもらいたいことどっさりあるんだけど、とりあえずなんか食べようよ」

「食うのはいいが、関崎、ほら」

 いきなり乙彦に名倉が振った。すぐにお誘いせよとのお達しだろう。

「そうだな。静内、今名倉にも話したんだがこれから青工の学校祭行かないか。この三人で」

「え?」

 静内が凍りついたように固まった。口が開いたままだ。かなり間抜けだ。笑いたくなる。

「お前も青工と言われてぴんとこないということか。青潟工業だ」

「知ってるよそのくらい。けどなんで」

 乙彦は再度、雅弘繋がりの案内を説明した。

「そうなんだ。関崎の親友が青工なんだね。そっかそっか、いいよ。私も行く! ってことは学食じゃなくてそのまままっすぐ、青工の出店とかそういうところで食べればいいってことだよね」

「そういうことだ。行こう行こう」

 入ってきた時は随分目もつり上がっていた静内だが、乙彦の誘いですぐに機嫌を直したようだ。今だにいろいろと尾を引いている合唱コンクールだが下手な愚痴を聞かされる位なら他の学校の新鮮な空気を吸ってリフレッシュする方がいい。少なくとも、

 ──あの学校に、静内のむかつくライバルはいないと見た。

 

「じゃあ行こう! 自転車ならすぐだよね」

 声も浮き立ちすっかりいつものさらりとした笑顔に戻った静内が隣りにいる。階段を降りて生徒玄関に向かおうとした時、清坂美里と羽飛貴史のふたりとすれ違った。

「関崎くん」

 まずいタイミングだ。静内が名倉としゃべっているのを幸いに頭を軽く下げて挨拶だけした。

「おつかれ」

 隣りの静内には目もくれず、清坂はそのまま羽飛と一緒に階段を昇っていった。やはり静内は気づかないままだった。


 


 


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