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14 指揮台上の背中(4)

 マンション最上階の部屋にて桂さんお手製の醤油と葱および牛乳入りという通常の味覚ではあまり発想できないラーメンを食した。味はまあ、悪くない。

「どうだ、麺から作ったんだぞ。な、司?」 

 三人男子を前に誇らしげな表情で桂さんは語る。

「俺がよく行くラーメン屋が駅前にあるんだがな。あそこではいろいろトッピングができるんだ。まあなあ、たれは親父さん秘伝なんで教えてもらうわけにはいかねえが、俺の黄金の舌で分析した結果、かなり近いレベルまで達したんじゃねえかと思うんだ」

 ──牛乳を無理に入れなくてもそのままで十分行けると思うが。

 乙彦たちの本心を気づいてないようで、桂さんは熱弁を振るう。

「だが、今日はまだ仕込みがまだ足らない。ということでこれからも味の追求をしていかないとなるまいってとこなんだ。んでだ、司」

「なんだよ」

 とりあえず味には満足している様子の片岡に桂さんは語りかけた。

「頼むから、麻生先生とは仲良くしてくれよ。下手に反抗なんかすんなよ」

「なんで」

 スープまですっからかんになるまで飲み干し、桂さんは説明した。

「あの先生はなあ、俺と同じ趣味の持ち主でいわゆるB級グルメにうるさいんだ。この前焼肉この部屋で焼いただろ。あの時も肉から始まり安い定食屋とかもちろんラーメンとかもつ料理とか屋台とか、その辺りの情報をたんまり頂いたんだ」

「確かにそんな話、していたような」

 藤沖も納得しているようだった。ただし、スープはあまり飲んでいない。当たり前だ。喉が渇くし塩分の摂り過ぎは身体によくない。

「なにせ学校の先生で担任となったら、ある程度気を遣わねばならないとこもあるんだが、司との関係が良好ならまあ多少の脱線も許されるだろ」

 ──公私混同?

「お互い、この夏休みはいい店を開拓しようぜということで約束してたんだ。そうするとどうなる。貴重なうまい店情報が入手できて俺様の舌でその味を再現できて、こうやってお前らにうんまいラーメンを食わせられる。ラーメンだけじゃない。関崎くんは焼き鳥、好きかな」

「はいもちろんです」

 即答すると満足したように桂さんは膝を叩いた。

「実はな、この前麻生先生から連絡があってだな。極上のタレを使った焼き鳥屋台を発見したとの情報をもらったんだ。今んとこはガキンチョ連れて行けるような場所でないから近いうちに俺が足を運んでみる。そこでOKなら、楽しみにしてろ。あ、それと司、お前が手っ取り早く英語でトップ取れればすぐに連れてってやるぞ」

「そんなあ」

 困りきった顔で片岡がラーメン丼を見つめる。果て無き夢である。


 ラーメンどんぶりを三人で洗った後、健康にいいらしいラズベリーのジュースをそれぞれ口にした。確かにおいしい。

「目にいいらしいぞ。お前らそれなりにやらしい本闇で読んでるだろうからそこんとこもちゃんとケアしろよ」

 よくわからないことを伝えた後、

「そいじゃあちょいと俺は用事があるんで隣りの部屋に移動する。三人とも仲良くなんか食いながら話してろ」

「わかった」

 邪魔者退散、といったところか。桂さんは確かに気さくだし年齢的にもそれほど離れていないし一緒にいてもかまわないのだが、改めて考えるとまずいことも確かにある。桂さんがいなくなり三人だけになったところで、乙彦は片岡に尋ねた。さっきの話の続きである。

「さっき片岡、合唱コンクールの時に全員一致でトリの合唱をすることになったってことなんだが、それまでかなりもめたのか」

「うーん、どうでもよかった」

 気抜けする返事が返ってきた。すぐに割り込んで来るのが藤沖だった。

「俺に説明させてくれ。さっき話しただろ。俺は条件付きで賛成派だった。他にもそういう奴がいたはずだ」

「だが、それがなんで」

「立村がいきなり話をひっくり返してそっちに持っていった。いきなりなんと言ったと思う? 評議の責任だからすぐに決を取れとかいいやがった」

「決を取る? 話し合いなしでか」

 立村にしては珍しい焦り方だ。気になるところではある。藤沖も頷いた。

「話し合いをせずにいきなり採決といわれても、その場の雰囲気に流される可能性もある」

「じゃ、藤沖が賛成したのは、それか」

 乙彦も畳み掛けた。たぶんそれだ。間の悪そうな顔で藤沖もため息をつく。

「やはり、舐めるべきじゃなかったということだ。立村は腐っても元評議委員長だったということだ。会議の荒らし方とまとめ方をよく熟知している」

 褒めているのかけなしているのかわからないが、乙彦にしてみればそれなりの「褒め言葉」と認識していいのではないかと判断した。


「けど、歌ってよかったよ」

 少し沈黙が続いたが、あどけない口調で片岡が話を切り出した。

「片岡は賛成だったんだな」

「本当はあいつの言い分を受け入れるなんて、なんかやだったけど」

 そうだった。片岡はもともと立村のことをあまり好きではないはずだ。英語科トップのライバルというだけではなくさらに面倒くさそうな原因がありそうだが。

「でも、それはそれこれはこれだよ。伴奏は疋田さんが弾いたから、ほら、関崎が歌った時のようなゴージャスな雰囲気になったし」

「確かに疋田のピアノは見事だった」

 藤沖も認めた。

「それに、すごく歌ってて気持ちよかったんだ。いろいろあったけど、このままだと宇津木野さんが自分のせいだと思い込んで落ち込んじゃうからってことでなら、大丈夫平気だったよ早く戻っておいでって言えるし。そうだろ、関崎?」

「そうだな」

 片岡も意外とまともなことを考えているものだ。少し驚く。

「だから、歌ってよかったってこと」

「それでか」

 藤沖がいまいましそうにつぶやいた。

「片岡、お前があれだけ嫌っていた立村に握手求めたのはそういうことか」

 乙彦は気づいていなかったがそういうことがあったようだ。改めて問い返した。

「そうなのか。俺もなんで片岡があれだけ立村を嫌うのか謎だったんだが」

「いいことした相手にはそれなりに拍手するのが義務だから」

 ぽかんと口を開けそうになる。片岡はためらいなく言い切った。

「立村があの場でさっさと決を取らなかったらいつまでたってもどうするか結論でなかったと思うし、そうしたら歌うことにもしなってたとしても準備が間に合わなかったよ。あの場だけで言えば、藤沖が戻ってくる前に立村がさっさと決めてくれたのは正しかったと思うんだ。他のことは別だけど」

 思わず乙彦は片岡の肩を思い切り叩いた。痛がる気配はなかった。

「片岡、お前ほんとに、いい奴だな」

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