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14 指揮台上の背中(2)

 みな和気あいあいと教室にもどり、麻生先生のお言葉、

「普通だったら俺もお前らの、涙が止まらない程の見事な締めに何かしてやりたい気持ちは多いにあるんだよ。だがな、宇津木野の詳しい病状を今の段階でお前らに話すことは難しいんだが、かなりしんどい状態ではあるんだよ」

 乙彦と古川からするとすでに予定通りの展開を聴いた。

「生死に関わるというわけではないのでその点だけは安心してもらいたいんだが、俺としては手放しで盛り上がることができそうにない。本当にこればかりは担任としてのわがままなんだがな。お前らの努力の結晶を無にするような言い草で申し訳ないんだが、今回の打ち上げだけは、来年以降に延期ということでどうだろう」

 要するに、合唱コンクール万々歳の打ち上げは行うなとのお達しだ。

 ──そりゃそうだ。あんなことがあったんだからな。

 全員揃ったわけではない。宇津木野の病状も正直乙彦たちすらよく把握できていない。そんな曖昧な空気の中でわあわあ盛り上がることはやはり気が退ける。

 静まり返ったクラスメートの中で、藤沖が言葉を発した。

「僕は賛成です」

「藤沖、わかってくれるか」

「ここで座っているクラスの人間はみな同じ考えだと思います」

 代弁してくれた。もし誰も発言しないのならば乙彦もそう言うつもりでいた。感謝した。少しほっとした表情を浮かべ麻生先生は全員に再確認をした。

「お前ら、本当にいいか? せっかくクラス一丸になれたってのに、申し訳ない」

 頭を下げたところに疋田が、これまた当然の質問を投げかけた。

「先生、いいんです。それより、宇津木野さんのお見舞いにはいつごろ行けますか?」

 麻生先生は一瞬凍りついたが、その後重々しく、

「残念だが、十月の学内演奏会には参加できそうにないだろうな」

 あまり明るい見通しではないことをさりげなく言い添えた。


 乙彦としてはなんとしても立村を捕まえて、いったいなぜこういう展開になったのかを確認したかった。藤沖に尋ねたが奴にしては珍しく言葉を左右にしてごまかすし、他の連中は歌い終えた達成感に浸りきっていてまともに話せる状態ではなかった。肝心要の立村に至っては逃げ出そうとしたくらいだから相当なもの。いつもなら古川があちらこちらで情報を集めてくれているのだがいかんせん本日は乙彦との運命共同体ゆえに期待できない状況だった。

 男子連中はみな立村をねぎらい、

「いやー、立村お前まじMVPだぜこりゃ」

「よくぞ決断したな! さっすが評議委員長!」

「本条先輩まじ感動して泣いてるぞ、よかったな」

 乙彦の後からみな手を取りがしがしと肩を叩いていた。少し困ったように肩をすくめていた様子だが、露骨に拒絶はしなかった。立村なりに思うところもあったのかもしれない。女子たちも普段は立村を昼行灯扱いしているけれども、さすがに今回ばかりは見直したらしく優しい言葉をかけている人もいた。これは進歩だ。

 ──立村、あれ、どこ行った?

 帰りのホームルームが終わり乙彦が立村を目で探そうとした時、不意に誰かが腕をひっぱってきた。隣りを観る。片岡がにっこり微笑んで立っていた。

「関崎、お疲れさま。すごかったよ」

 だいぶタイムラグがあるが、ねぎらいには感謝したい。

「いや、俺は何もしていない」

「違うよ。関崎のように全力で人を助けようってたぶん僕できないよ。すごい。すごいよ」

 まん丸の瞳を輝かせて片岡が語りかけてくる。いつのまにか片岡の後ろには藤沖が立っていて乙彦に物言いたそうな顔をしているのだが、本人は気づいていない。

「けど関崎は今日、全然合唱聞いてないんだよね」

「ああ、物理的に無理だった」

 間の抜けた答えを返すと片岡は少し首をひねり、いいこと思いついた風に両手を打った。

「そうだ、これから時間あるかなあ」

「まあ、一応は」

 あすだとちょっとまずい。一応雅弘の学校祭がある。最優先で行くつもりでいる。

「そっか。じゃあ関崎、これからうちに遊びに来てくれると嬉しいな」

「あ?」

 言われた意味がつかめない。片岡の素直そうな瞳をじっと見る。今日は別に英語のテスト順位発表なんてないはずだし、片岡が立村を押さえてトップを取ったなんて情報もない。

「だって、関崎一生懸命走り回ってたし、きっとお腹も空いてるかなって思ったんだ」

「いや一応食べた」

 あまりにもまずい中華丼だが。片岡はろくすっぽ聞いていない。

「よかったらうちで何か食べようよ。これから桂さんが迎えに来てくれるから、どこかラーメンとか食べてもいいし、あ、そうだ、桂さんがよく注文するマヨネーズとバターを混ぜ合わせたラーメン作ってもらってもいいし。何か店屋物とってもいいよ」

「そういう問題じゃないだろう。まあ、お前のうちに遊びに行く分には喜んで行くが」

 乙彦がそこまで話した時、片岡の後ろでじっと様子を伺っていた藤沖が両手をがっちり肩においた。片岡の表情が露骨にこわばった。


「関崎、せっかくの機会だ。一緒に片岡のうちで語ろうじゃないか」

「藤沖?」

 明らかに片岡の顔を見れば、藤沖が「招かねざる客」だということはわかりきっているはずなのだが、全く気づいていない。いや、気づこうとしていないだけなのかもしれないが。藤沖はそのまま何度も片岡の肩をドラムのようにたたいた。だんだん力が強くなっていくのが分かり、片岡はぐらぐら揺れている。

「それに片岡ともしばらくじっくり話をしてなかったしな。好都合だ。じゃあ片岡、お前の家に関崎を引っ張っていくってことでいいか?」

「いいけど」

 完全に予定外、と言いたげな片岡の困りきった顔を無視し、藤沖は改めて乙彦の肩に腕を回した。

「お前も、今回の件については少し細かい話を知りたいだろう」

「もちろんそうだが」

「事実関係を話したいところだが、人気のあるところではなかなか難しい。じゃあ行くか!」

 片岡が深いため息を吐いたのを、乙彦はあえて見ていない振りをした。決して仲が悪いわけではないのだろうが、きっと乙彦とだけいろいろしゃべりたいことがあったのだろう。

 ──機会作って、俺の家に呼んで見るか。藤沖には内緒で。

 

 教室を出て三人で廊下を闊歩していると、一年C組の教室から猛獣のごとき叫び声が響き渡った。まだ扉は閉まっている。まだ帰りのホームルームは終わっていないようだった。

「一体何だあいつら」

「ああ、さすがに優勝ともなると盛り上がるんだろう」

 あっさりと藤沖は返事した。

「前代未聞、アニメの曲を合唱の自由曲に選出したのが成功した理由だろう。難波の奴、目を潤ませて狂喜乱舞していたぞ。あいつのどこがホームズだ」


 ──そういえば言ってたな。結局一年C組が最優秀賞か。でも、B組は?

 結果を乙彦はまだちらとしか確認していなかった。静内は、結局どうだったんだろう?

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