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11 合唱コンクール開始前(2)

 朝練は必要なしと判断した、一年A組評議ふたりが立ったまま顔をほころばせている。

「おはよう、関崎」

「あんたも早いね」

 古川が鞄を自分の机にひょこんと座って足をぶらつかせた。

「今日は週番が免除されたんだ」

「あ、そうなんだ。じゃあ美里ももう教室にいるのかな」

「たぶん」

 すぐにB組に向かうのかと思ったが古川は首を振った。

「今はだめだめ。ライバルだもんねえ。終わるまではこのまま敵同士ってとこよ。とりあえずはあんたも、B組でいちゃつきたい気持ちもわかるけど我慢しなよ」

「誰のことを言っているんだ」

 乙彦も自分の席についた。今日は一応鞄を持ってきたけれども、教科書もない。財布と筆記用具だけ。軽いのが心地いい。

「それにしても関崎も今日は気合入っているって顔してるよねえ」

「もう少しで本番だ。気合が入るのも当たり前だろう」

 乙彦が答えると、古川はそっと扉の向こうを覗き込み、

「他のクラスはぎりぎりまで必死に練習してるみたいだね。さっきも音楽室で誰か歌ってたよ」

「B組は今日も六時から朝練だったと聞いているが」

「あらあら誰からよ」

 突っ込まれて気づく。しくじった。古川と一緒に藤沖も意味ありげに笑う。

「関崎はそういうところが意外と抜けているな」

「別に悪いことをしたわけではない」

 静内と会ったのは事実だがたまたまロビーで顔を合わせただけのことだ。古川の妄想たくましくふざけたこと言われてはたまらない。

「まあまあいいって。でもうちのクラスは腹八分が一番。ぎりぎりまでつっぱしったってこれ以上上手くなるってこともないし」

「古川に前から聞きたかったんだが」

 乙彦は軽く机をたたいて尋ねた。

「ベストを尽くしたいとは伝えてないのか。俺が見るからに古川は全力でクラスまとめに走り回っているんだが、肝心要の歌についてはこだわってないようだが」

「鋭いこといっちゃうねえ、そうだよ、その通り」

 藤沖がまゆをしかめた。

「藤沖、あんただって言ってたでしょが。うちのクラスはまっとうなやり方で太刀打ち出来るようなタマじゃないの。伴奏だってそうだし歌う人数自体が圧倒的に少ないじゃないの。他のクラスみたいに毎日きりきりやっててもかなわないところはかなわないの」

「最初から決め付けるのはよくないと思うが」

「違うって。ベストは尽くすよもちろん。でもね、出来ることと出来ないことってのはちゃんと分けて考えなくちゃ。私がみた限り、昨日が今のところベスト。みんなちゃーんと頑張って大きな声で歌ってくれたじゃないの。男子が全員あれだけでっかい声だしてのどの奥みせて歌うなんてすごいじゃない。それで十分。美しいハーモニーをどっかのクラスの人たちは追求し続けているけど、それよりみんながんばったって気持ちのほうを大切にしたいって、あんたそう思わない?」

 藤沖に問いかけた。即、否定。

「いや、本来ならベストを尽くすために朝練習もやるべきだとは思うがしかし」

「しかしなによ」

「朝は、眠いだろう」

 古川の笑い声が高らかに響いた。つまり藤沖も実はあまり、朝練に乗り気でないということだ。

 前扉が開いた。立村が教室に入ってきた。三人の顔を見て息を飲んだようだがすぐに、

「あ、おはよう」

 さらりと挨拶をして自分の席に鞄をおいた。

「おっはよー、あんたもずいぶん眠そうねえ。夜、まさか一発抜いてなんかないよねえ。あんた知ってるよね、気合入れる日まで一週間は抜いちゃだめだってこと」

「古川さん朝から鬱陶しいこと言うなよ」

 さらりと交わす。古川をあしらいつつ鞄から楽譜ファイル……先日清坂が立村のために一生懸命貼り付けてやったという大判のノートだった……を抱えて教室を出ていこうとした。

「あんたどこに行くのさ」

「音楽室。ピアノに触ってくる」

 こずえが感心したように頷いた。思わず乙彦も藤沖と顔を見合わせた。朝練なしとは伝えてあったけれども立村のためには無理にでも行ったほうがよかったのかもしれない。見送りつつ古川がつぶやくのが聞こえた。

「あいつもねえ、ほんとよくがんばったと思う。一ヶ月前には想像できなかったよ。立村があんなに、本気になってピアノに打ち込んでるなんてさ。ほんと好きなんだね」

「どこかの先生について練習していると聞いたが」

 乙彦が尋ねると、古川は頷いた。

「そうだよ。一ヶ月だけお願いしたって。けどそのためにピアノも買ってもらったとか、いろいろしてるね。うちでも練習してたけど、まああいつがこの一ヶ月で行き着けるだけのところにはたどり着いたんじゃないかなって思うんだ。よその誰かがあんなピアノで歌えるなんて信じられないとか言ってるみたいだけどね」

 ──静内のことを聞いているのか。

 嫌な予感がする。乙彦はあえて知らない振りをした。

「藤沖、あんたが立村に面白くないって思ってるのは知ってる。けどさこれだけは認めてやりなよ」

 付け加えるように古川は、藤沖の顔を正面から見て言い放った。

「今回に限っては立村、本気でうちのクラスのために伴奏引き受けたんだからね」


 タイミングよく他の連中もなだれ込んできたのと、女子たちが肩を寄せ合いながら現れたのもあって藤沖の返事は曖昧なまま消えた。古川もすぐ女子たちのグループに混じり合いきゃあきゃあ盛り上がっている。見ると、ピアニストふたりもやはり仲良く現れ、互いに何か語らっている。

「おはよう関崎、あのさ、実は今度」

 後扉から飛び込んできたのは片岡だった。相変わらずの丸っこい眼差しがくるくる動いている。

「合唱コンクールで賞獲ったら桂さんがまた焼肉パーティーしようって言ってるんだけど、来てくれるかなあ」

「はあ?」

 乙彦より先に藤沖が反応した。

「またやるのかおい。お前、英語でトップ獲るまではずっとおあずけってきいてたが」

「いや、だからそれだといつになるかわからないからって」

 口を尖らす。

「だから、上位に食い込んだらってことでOKもらったよ」

「片岡あのな」

 乙彦はため息を吐きつつ片岡に言い聞かせた。

「全学年で三位に入ることができるのかどうかってことは、今の段階では奇跡に近いぞ。お前、正直B組やC組に勝つことできると思ってるのか? あいつら今日も朝から練習してたぞ。あの気合と比較してみろ」

 しょんぼりうなだれた片岡を藤沖に預け、乙彦はゆっくり片手を振って見た。何度も身体に染み込ませた腕の動き。だんだんなめらかになってきたような気がする。本当は思いっきり合唱に入りたいところだが、今回はとことん指揮者で全力投球しよう。


 立村がもどってきた。やはりここはしっかり伝えなばなるまい。乙彦は近づいた。立村も少し安堵したかのように微笑んだ。

「今日は全力尽くすぞ。お前の責任は重いが、俺は信頼している」

 やはり困ったようにうつむくものの、すぐに穏やかな表情で頷いた。

「お互い様だよ。足を引っ張らないようにするから。そのくらいはできるし」

「頼む。俺もお前が頼りだ」

 見ると古川もいつの間にか立村の側に寄り、

「ほんとよくあんたも弾けるようになったよねえ。お姉さんは嬉しくて涙もんよ。さあ、あとは腹から思いっきり歌うのみだよね。思いっきり行きましょエクスタシー」

 下ネタ女王としては当然の励ましをしてやっている。

「古川さん、それは違うと思う」

 かわし方もさすが三年間で年季が入っている。これが内部生におけるアドバンテージというものだろうか。先日の放送局インタビューを思い起こしつつも、

 ──俺は半年で十分立村と同じくらい古川のネタ攻撃を交わせるようになったしな。

 内部生と外部生は半年あれば十分近づけるし、追いつくことができる、そう確信した。

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