10 インタビュー(3)
青立狩 高校一年・二学期編 10 インタビュー(3)
名倉は最初なかなか口を開かなかった。無視したわけではないのだろうが、放送局長の切り出し方と名倉の返事とが噛み合わずしばらく沈黙が続いた。
「名倉、もう少しなんか話せよ」
見かねた乙彦が声をかけるも、どう答えていいのかわからないらしい。
「そうだよ名倉、あんた私たちとしゃべる時は普通なのに」
「すいません」
小声で謝るところを見ると、それなりに申しわけなくは思っているのだろう。困りきった放送局長に乙彦はひとつ提案をしてみた。
「俺が名倉に聞きましょうか」
「一緒にですか」
「はい、それのほうがたぶん、話しやすいんじゃないかと思ったんですが」
乙彦もあまり名倉のD組での学校生活を確認したことがない。ただクラスで浮いていることと、名倉側もあまり馴染もうと思っていないことだけは知っている。そのくせ乙彦や静内相手だと好き勝手にしゃべるのだから、極端に内気というわけではないのだろう。しかも、恋する姫君の前では不器用ながらも騎士を演じているあの姿を見たら誰も名倉を引っ込み思案だと思う奴はいなくなると思う。
「お前もそれだったら、協力できるんじゃないか」
静内とも頷き合い、乙彦は話を進めた。名倉は不機嫌そうに黙っている。
「放送局の人たちが求めているのは外部生と内部生との対立をこれからどうやってよい形に持っていけばいいのかといった見方なんだ。俺も、この半年でいろいろ考えてることがある。静内も同じだ。お前だってそれなりにあるだろう。それを話していけばいいんじゃないか」
「そのくらいわかっている」
わかりきっていることのように、苛立ちつつ名倉は答えた。
「だったらそれをしゃべればいいだろ」
「いや、違う」
名倉は指を組んだまま、首を振った。はっきりした意思をもって、
「俺は最初からそんなのに興味ないです」
さすがに気を遣ったのか丁寧語で答え、乙彦と静内には、
「対立したってしなくたって、やるべきことをやってればいいだけだろう」
そう答えた。全く埒が明かない。どうもこの調子だと名倉は一切付け入る隙がなさそうなので、乙彦は改めて放送局長に切り出した。
「だったら俺のほうがしゃべりますか。俺なりに言いたいことはあります」
「ぜひに」
ほっとした表情で放送局長が身を乗り出した。顧問の先生たちが何か名倉の方に視線をやり、不安げな顔をしていたのだけが気になるがそんなのは無視していく。
「関崎くんがこの学校に入るきっかけというのは」
「実は中学受験で失敗していたんでそのリベンジです」
「そうだったんですか。意外ですね。それで高校では英語科にですか。さっき伺いました生徒会絡みの付き合いがあってということで」
話がするする進む。乙彦は安心して続けた。
「詳しく言うと、当時評議委員長だった立村くんがいろいろ俺に青大附属での勉強方法とか、特に英語での点数の取り方とか、いろいろアドバイスしてくれたってことが大きいです。彼は、今だに英語が学年でトップですから、彼に手伝ってもらえたのが実は英語科に進むきっかけだったのかもしれません」
周りからは立村とのつながりを隠すよう言われていたこともあるがもう無視だ。事実を隠すのは嫌いだ。
「評議委員長の、ああ、本条の下の代の、ああ彼ですね」
すぐ気がついたのか放送局長は頷いた。
「また学校入学前のオリエンテーションでも、わざわざクラスのひとりを勉強手伝い役につけてくれて助けてくれました。あの、当時生徒会長やってたという藤沖くんです」
「はいはい、藤沖くんわかります」
「結構入学時に学校側からフォローしてもらえていたという印象が俺自身はあります。だから尚更スムーズに馴染めたのかもしれません」
「うちの学校はそういう面では過保護に近いくらい面倒見いいですよね、先生」
放送局長は顧問に話を振った。男性の顧問が引き取った。
「そうだな、確かにうちの学校はひとりひとりの顔と名前を覚えて全力でフォローするのが努めという校風だからなあ。だがこれは、結構過労の原因なんだぞ。お前たちも少し教師をいたわれ」
「とりあえず却下ということで。インタビューを続けます」
なんだか放送局ののどかな雰囲気が漂ってくるようなやり取りだった。
「ただそれは英語科に入学する外部生がひとりだけだったからできたことだと思います。静内さんや名倉くんのように複数生徒がいる状態だとなかなか厳しいんじゃないでしょうか。やはり英語科は特殊です」
「静内さんはどうですか?」
冷静に首を振った。
「私も一応、最初はお手伝い係の生徒さんを用意されそうになりましたが、すぐ断りました。いくらなんでも、幼稚園から小学校に入るとかなら別ですけども。それでよかったと思いますし、今のところ普通に付き合いはできてますから」
「クールですね静内さん。名倉くんは?」
「そんなのありませんし、俺もたぶん断ると思います」
となると、あれだけ手厚い出迎えをしてくれたのは英語科A組だけだったということか。女性の放送局顧問が口を挟んできた。
「補足しておくとね、外部生のみなさんを迎える時の対応はそれぞれのクラス担任に任されてるの。関崎くんの担任は麻生先生でしょ? 麻生先生は昔からひとりひとりに対して細やかな対応をすることで有名な先生よ。あの顔ではそう見えないかもしれないけど」
大爆笑だった。確かに。
「でも、それがいいか悪いかはケースバイケース。関崎くんにとっては外部と内部の枠がなく馴染んで現在の生活に至っているかもしれないけれども、人によってそれは苦痛でしかない可能性もあるというわけよ。静内さんはそれを言いたかったんじゃない?」
「その通りです。もし関崎くんのようにお付きの元評議委員さんとか用意されてたらもうたまったもんじゃないです!退学してたかもしれません」
「俺も同意です」
こういうところだけ名倉が賛成するのはどういったものか。どちらにせよ、放送局長がこれまで外部生を担任がどうやって迎えているのかその詳細を知らなかったということが判明し、新しい切り口を見つけられた様子が伺えた。
「手厚く迎えて成功するケースもあれば、嫌がられることもある。難しいですね。となると今までいろいろと内部と外部の人たちをなじませていくためのイベントなども、ある意味邪魔なものかもということですね」
「百パーセントそうとは思いませんが、無理強いしなくてもいいような気がします」
静内が言い切った。
「何度も言いますけど、外部生にとっては馴染む時間がもったいないんです。だからこそあまり気の合わない内部生の人たちと無理に仲良くなるよりは、やりたいことのために気の合う連中と集ってあれこれやるほうが効率的なんです」
「ですがそれだと視野がせまくなりませんか」
「なりますけど、自由研究の過去データなどを確認したり反論してきた人たちとどちらが正しいか議論する暇あるならもっとレベルの高い研究をすることに私としては専念したいんです。私、今回のインタビューに参加した一番の目的は、限られた時間を有益に使うために無駄なエネルギーを使いたくない、だから内部生の人たちには邪魔しないでって言いたい、それだけです」
──静内、なんでそんなに「時間が足りない」って連呼するんだ?
インタビューはなんとも盛り上がらずに終わった。結局ろくに口を利かなかった名倉としゃべるだけしゃべった静内と、ありふれた言葉に終わった乙彦と。この三つ巴の話題をどうやって放送局の人たちは活用しようとするのだろう。全く想像がつかない。乙彦の得た収穫といえば、自分が英語科A組でかつ麻生先生に受け持たれたことは最大の僥倖だったこと、静内は時間に追われるアリスだったこと、名倉にインタビューは避けたほうがいいこと、これらを知ることができた点だった。そして、頭の痛い現実もひとつ。
──心底静内は、清坂を嫌っているんだな。