10 インタビュー(2)
「他の人たちも興味を持っていると思うので、伺ってよろしいですか」
「ぜひ」
もう静内のスイッチは入り、どんなことでも問われれば即しゃべりだしそうな状態だ。放送局長もその感覚を掴んでいるのかじっくりと攻め入ろうとしている。
「その前にせっかくですのでどうしてこの青大附高に入ろうとしたのか、その理由を教えてください。面接の時に答えた模範解答ではなく本音でお願いします」
「本音しか私、話す気ありませんし」
さらりと切り返す。静内も口調は決してきつすぎるものではない。むしろ女子の中では丁寧であまりちくちくした言い方をするタイプではない。だが内容がかなり厳しいものなのも事実だった。本性をさらけ出すのはできればクラス外のほうがいいのではとも思っている。隣りで苦笑している放送局顧問の先生ふたり。
「中学時代は自分なりにテスト点数を稼いでいたので自然と先生たちから勧められたというのが表向きの答えなんですが、本当は青大附属の図書館を使い倒したいというのが目的でした」
みな笑った。先生たちも一緒だった。乙彦も初耳だった。名倉も同様かはわからない、にこりともしない。
「図書館、まあ確かにうちの学校の図書館は本が揃ってますよ」
「学校祭に行くよう先生たちに勧められ、それでなんとなく来てみたら図書館が中学のと比較して十倍くらいの広さでした。さらに私、歴史ものを読むのが好きだったんですが一生かけても読みきれないくらいの本がずらっと並んでいるのを見たときにもうノックアウトされてしまったというか」
「本が目的ですか。でも、それだけじゃないでしょう?」
「まあもちろん。でも悪いんですけど学校祭でそれ以外の記憶ってのが全然ないんです。たぶん展示とかいろいろ見て歩いたとは思うのですけれどもあまり印象に残らず、結局図書館の蔵書の量だけに圧倒されてしまったんでしょうね」
「それで、実際入学してみていかがでしたか。そこまで図書館の虫になるのだったら、図書局に入るとか、考えましたか?」
変化球を投げてきている。初めて聞いた静内の青大附高受験動機。どこまで本当なのかは眉唾ものだが、実際静内が読書の鬼ということは認めている。しかも文学の棚には一切近寄らず本人の申告通り歴史棚しか手を出そうとしない。ここまで極めると清々しいものがある。
「最初それも考えましたが、何度か図書館に通ううちにやめました」
「それはなぜ」
「そこが外部生なんでしょうね」
無理やり静内は話を戻してきた。
「図書局員は本を無制限に借りることができるというというメリットに惹かれたものの、雰囲気がなんとなくおしゃべり倶楽部のように感じられたんです」
「おしゃべり、倶楽部?」
──静内、大丈夫か本当に、そもそもこのインタビュー、放送されたらまずくないか?
正直者の静内は決して嫌な奴じゃない。だが、このままだと不必要に内部生を攻撃しているだけに受け取られてしまう。思わず隣りの名倉と顔を見合わせる。やはり危険性を感じているようだ。なんとかせねば。
「三年間しかこの学校にいられないわけですからとことん好きなことを勉強したいし興味のあることをもっと突き詰めたい、そう思っていました。私は特に青潟という街特有の歴史をもっと知りたかったし、そのことに関心のある友だちと出会いたかったんです。でも、図書局のことに限らず私の求めているものと一致する価値感の人たちとはなかなか出会えませんでした。こいつらふたりを除いては」
ちろ、と静内は乙彦と名倉を見ていたずらっぽく微笑んだ。
「場合によってはここ、オフレコにしてもいいんですが」
「いえいいですよ、私、隠すつもりありませんから」
遠慮がちに申し出た放送局長の言葉もひらりと交わし静内は続けた。
「私は決して内部生の人たちを嫌っているわけではないです。いい人もたくさんいます。ただ、どうしてももったいないと思ってしまいます。たった三年しかないのに、自分の興味ある勉強や部活動に打ち込まず、なんとなく友だちと遊んだり喫茶店でお茶飲んで時間つぶしをしたり、自分を安売りしてとっかえひっかえ男子と付き合ったり、時間を無駄にしている人が多すぎるように思えてならないんです」
「静内、もうやめとけ」
さすがにこれはまずい。乙彦は割って入った。オフレコにしてくれればいいが。
「いいの、先生たちもいるところで言っておきたいんだからさ」
「無駄に敵作ってどうするんだ」
「いい、そのつもりだから。先生すいません。言わせてもらいますがいいですか」
もう諦めているのは先生ふたり。にこにこ頷いている。
「別に優等生ぶりたいわけじゃないです。私も口ではこんなガリ勉じみたこと言ってますが成績なんてがたがたですし、それに勉強よりも好きなことの本ばっかり読んでいますからかえってど顰蹙ですよ。たまたま自由研究の件で箔がつきましたけど、私はただやりたいことをやってるだけなんです。なんでやってるかっていうと、自由に勉強していられる期間がたった三年しかないからなんです。私には全然時間がないんです」
「確かに。ですが僕が思うに、高校時代だからこそできることは勉強や研究以外にもいろいろあるんじゃないでしょうか」
さりげなく反論する放送局長。
「僕も正直、クラスの女子たちがファッションやアイドルの話で盛り上がったり、結論の出ない話で時間つぶししているのを見ると静内さんと同じことを考えることはあります。くだらねえなあ、みたいな感じですね。ですが、そういう第三者からしたらなんの価値もないことにうつつを抜かせる時期というのは、非常に大切なんじゃないかなと最近思ったりもしています。まあ、本音を言えばひとりくらい可愛い彼女がいるといいなくらいですが」
少し笑いを誘おうとしたらしいが、顧問教師ひとりの、
「可愛い彼女は諦めろ。あとで嫁の尻に敷かれるのが関の山だぞ」
シビアな発言で一掃された。
「失礼しました。静内さんは限りある高校三年間を有意義なものにしたいという意思が非常に強いということですね」
「かなり悲愴な決意です」
笑いながら静内も答えた。
「外部生と内部生の違いと軋轢をもし考えるとするならば、内部の人たちにとって今はまだ折り返し地点に過ぎないのに対し、私たち外部生にとっては助走期間がないまま本番を迎えてしまっていることに対するあせりがあるのかもしれません。ある意味私がひがみっぽいだけなんでしょうけど、なんか嫌なんですよ。時間を無駄にしている人たちを見るのが。局長さんの言う通り今だからできることもまだあるかもしれませんが、私には時間が本当にないんです。だから余計なこと考える暇なく突っ走るしかないし、気のあう連中とだけしか付き合う暇がないんです」
ここまで静内は楽しげに語った。
放送局長は静内に礼を言うと、今度はなぜか乙彦を飛ばし、
「では、名倉くんにこれからインタビューをさせていただきますがよろしいですか」
切り替えた。その気持ちはわかるような気がする。静内のいないところで局長には、静内の発言をできればカットしてもらうよう頼んだほうがいいだろうか。おとなしくしている乙彦としては、これから先どういう反応をすればよいのかが非常に悩める問題だった。なにせ、
──自分の興味ある勉強や部活動に打ち込まず、なんとなく友だちと遊んだり喫茶店でお茶飲んで時間つぶしをしたり、自分を安売りしてとっかえひっかえ男子と付き合ったり、時間を無駄にしている人。
おそらくだが、特定のひとりしか静内の頭には思い描かれていないような気がする。