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6 独唱(4)

 外部生の星、成績優秀な名倉にいろいろ勉強のコツなどを聞いたり、最近はまっているBCLについての説明をしているうちに余裕で一時間過ぎた。

「そろそろ行こうか」

「そうだな、音楽室に行くか」

 B組の一部生徒が集まって練習しているだけなので、それほど時間も取らないだろうと話していたもののあの静内のこと、どれだけヒートアップしているかわからない。いつのまにか清坂も羽飛と一緒に図書館を出て行ってしまったし、気がかりもない。

「だが、例の女子は今日、明らかにさぼってなかったか」

 名倉はしつこく問う。確かに羽飛といろいろ相談事項があったようだが、ハサミを持ち出して工作したりイラスト書いたりと、明らかに遊びに近いことをしていた。立村の伴奏練習につきあうというのであればまだ言い訳もできるが今日はどうだろう。

「いろいろあるんだろう。B組のことにはかかわらないほうがよさそうだ。静内も言ってただろう。プライベートには踏み込まないとか」

 乙彦がつぶやくと、名倉は首を振った。

「とっくの昔にあいつは俺たちのプライベートに踏み込んでるだろう。ずかずかと」

 ──確かに。


 音楽室に向かう階段を昇り、そっと中を伺う。思った通り合唱練習らしき歌声が響いてくる。あまり防音の効果がなさそうだ。

「やってるな」

「ああ、真剣だな」

 短く区切って何度も繰り返させている。途中静内が何度も、

「もう少し声を張り上げて。でないと響かないから」

「ここはゆっくりと。あせらないで」

 結構細かいところを指摘している。

「あいつ芸術科目はなんだった?」

「音楽だったな」

 それなりに音楽に対するこだわりはあるのかもしれない。あまり芸術絡みの話は好きではないと言うけれども、それなりの素養はありそうだ。

「関崎、指揮者はそこまで音にこだわらないとまずいものか」

「本来はそうなんだろうが、俺はそこまで指示できそうにない。たぶんパートリーダーに任せるだろう。あとは古川か」

 自分で歌う分にはなんとでもなるけれども、さすがにハーモニー管理までは手が回りそうにない。せいぜい立村と合わせることに徹するのが関の山か。

「前から静内に聞こうと思っていたんだが」

 思い切って乙彦は切り出してみた。

「何かあいつ、楽器か何か習っていたんだろうか。そんな気がするんだ」

「わからん。あいつに聞いても教えてくれない。いつもの、プライバシーに踏み込むな、発言で終わりだ」

「なんであれだけ嫌がるんだ? カラオケであれだけ絶叫している奴が」

「それ言うなら関崎、お前もなんであれだけ歌えるのに楽譜が読めないんだ」

「俺は音楽の授業で習ったこと以外覚えていない。それに楽譜は読める。音符と休符、フェルマータくらいはわかる」

 ふたり、時間つぶしの会話に専念した。どうもこの調子だとまだまだ終わりそうにないらしい。もし遅くなるようならこれから学食に場所を変えて自由研究の今後について相談したほうがいい。とりあえず、待つしかないということだ。

 突然、呼びかける声を聞いた。

「関崎、待ったか?」


 別に待ってはいないがその声に聞き覚えはある。乙彦が声の方向に振り向くと、そこには満面の笑顔でもって階段を駆け上がってくる男子がひとりいた。

 ──立村?

 びっくりはするがあれだけ嬉しそうな顔を見せられるとなるとこちらもそうしたくなる。片手を挙げて合図すると、立村はすぐ乙彦の前に立ちはだかり、

「ごめん、これから一緒に指揮と伴奏を合わせようか」

「あ?」

 名倉が怪訝そうに乙彦と立村、そしてその後ろからゆっくり登ってくる女性の先生の顔を見やった。すぐに気づいた。B組の担任、野々村先生だった。髪の毛をひとつにまとめたいかにも物静かそうな雰囲気を保っていた。

 立村は乙彦が返事をしようとするのを遮るようにして続けた。

「補習終わるの待っててくれて助かったよ」

 隣りで名倉が乙彦に囁きかける。

「お前、先約あったのか」

「ない」

 短く答えたが立村には聞こえないようだった。さらに続けてくる。

「すぐに入ろう。ちゃんと楽譜持ってきたからさ」

 いつもの、A組で見せる控えめな態度とは百八十度異なったフレンドリーさに思わずたじろぐ。今度は腕を掴んできた。何があったんだろう。

「どうした立村、俺を待ってたのか?」

 少なくとも、乙彦が誘った時に立村は補習を理由に断ったはずだ。それともそれは乙彦の勘違いだったのだろうか。まさか立村は待ってくれていると思って感銘受けたりしたのだろうか。わからない。。

「さっき話してただろ。やはり俺も、指揮と伴奏をあわせる練習だけはきっちりしなくちゃいけないと思ってたんだ。なんとか通しで二曲とも弾けるようになったから」

 ──そういうことか。

 それにしても随分説明的な喋り方をしている。乙彦は立村の側に寄り添っている野々村先生にも頭を下げた。この先生と立村との間にいろいろ面倒な噂があるらしいと聞いたが、誤解されてもしかたないような行動をしているようにも見える。

 立村は音楽室の扉に目をやり、また尋ねた。

「誰か音楽室にいるのかな」

 ちょうどピアノ伴奏が始まっている。再度初めから合唱の開始だった。「翼をください」が再度流れている。まだ終わりそうにない。もう一度乙彦も扉の奥に目をやり答えた。

「ああ、今、B組がいる。全員ではないんだが、グランドピアノを占拠しているようなんだ。俺もB組の女子に用があるのでこうやって待っているんだ」

 野々村先生もその答えを待たずに音楽室の扉の前に立ち、じっと見据えている。この先生はB組の担任だし、義務として様子をうかがいたいのだろう。開けるんじゃないかと思ったがあえて手はかけなかった。立村に向かい、改めて、、

「そういうことだったの。ごめんなさいね。クラスの練習ということであれば邪魔しないほうがいいわね。でも、立村くんだけはできるだけ何らかの形で練習できるようにしたほうがいいので、その点は麻生先生や肥後先生にも伝えておきますから。練習がんばってくださいね」

 そこまで一気に立村のみに語りかけ、また頭を下げた乙彦と名倉には目もくれず一目散に階段を駆け下りていった。

 ──なんだあの先生?

 

 一応はクラス担任なのだから様子を伺うと思っていたのだがあてがはずれた。もし麻生先生だったらためらうことなくひょいと顔を出していただろう。思わず、

「B組の先生なのに、自分のクラスの様子を見に行かないのか」

 つぶやいてしまった。隣りで名倉も頷いた。立村はふたりに向かってかばうように、

「生徒の自主性を優先しているんだよ。いろいろ事情があるようだし」

 説明し、改めて戸を細く開きのぞき見た。

「ピアノ空いてるし、入って練習させてもらっていいかな」

 振り返り、輝く瞳で乙彦に問いかけた。今までの立村に見かけたことのない明るい表情が浮かんでいた。こいつと友だち付き合いしてから、たぶん初めてだ。

「お前、そんなに本気なのか」

 

 古川から立村が伴奏者に立候補した時には、クラスの危機を救うためになんとかしたいと普通に思っただけなのではと思っていた。自分でやりたくてならなかったわけではなく、しかたなくといった部分が大きかったのではとも感じていた。

 藤沖をはじめとするクラスメートたちも、事情が事情だけにしかたないと理解こそするものの、あくまでも臨時の扱いであって立村のピアノ演奏技術についての期待はさほど内容に思えた。乙彦も、正直なところ演奏者としてよりも「元評議委員長」としてのプライドのほうが強かったのではと考えていたところもある。

 しかし、

 ──立村、本当は、心底ピアノを弾きたかったんじゃないのか?

 まず、考えられなかった結論。

 ──ずっと親の手ほどきだけで練習してきたけど、本当は人前で思い切り演奏して喝采されたいとか、そんな気持ちが隠れていたんじゃないのか? 

 ──どんなに下手と言われても、ピアノ鍵盤に触れたくてならなかったんじゃないのか?


 理由はわからないが、乙彦の中で熱くほわほわと湧き上がるものがあった。そのままに言葉を連ねた。両手を握り締め、そっと立村に近づいた。

「立村、わかった。全力で協力する。お前が本気でやるんだったら、俺も指揮者として義務をきっちり果たす。練習しよう。古川とも相談して、できるだけ早くクラス全員での練習に持ち込めるようやってみる。俺も正直自信がなかったんだが、せっかくお前がこんなにやる気になっているんだったら、それに付き合わないわけがない」

 名倉ひとりおっぽいてしまうようで悪いが、こればかりはA組の指揮者としての義務をどうしても果たしたい。そこまで本気を出している立村を支えたい。今日はそれが終わってから三人で学食に行くことに決めた。少し小遣いが寂しいがコロッケ二枚くらいは食べられる財布の余裕もある。名倉に話しかけた。

「そういうわけで名倉、せっかくだから音楽室で待ってようか。俺は今からこいつと合唱の指揮と伴奏の練習をする。その後静内と一緒に学食あたりで自由研究のことについてもう一度話し合おう。それでどうだ?」

 話している間に立村はそそくさと音楽室に潜り込んでいった。名倉が首をひねりつつ、

「学食に行くのは構わない。だがあの先生、なんだ?」

「野々村先生か」

「なんで音楽室の前で回れ右したんだ」

「俺に聞かれてもわからん」

 要するに、名倉も乙彦と同じ疑問を持ったということらしい。当然だ。できればあとで立村に詳しい事情を聞いてみたい。ふたりは後に続いた。

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