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6 独唱(3)

 名倉ひとりがA組前廊下につっ立っているのを見て、自分の憶測は正しかったことを確認した。これはまずかった。平謝りに謝った。

「悪い、俺がすっかり忘れてたんだ」

「いい。静内と連絡は取った」

 ぶっきらぼうに名倉が答える。

「あいつも忙しそうだったがどちらにせよ相談したいことはあるみたいだ。合唱コンクールの練習を音楽室で一時間くらいやるから、その後で打ち合わせようとのことだ」

「そうか、ちょうどいいな」

 どちらにせよ名倉と時間を潰すのも悪くない。規律委員会の夕方当番も今日は外れていることだし、そのまま図書館へ向かうことにした。


 いつもの「外部三人組」用指定席に向かい、名倉より静内との話を詳しく聞くことにする。ノートとカンペンケースを取り出し、乙彦は促した。

「B組の様子はどうだった」

「相変わらずらしい。これからB組の有志で合唱コンクールの練習を行うらしいんだが、問題の女子が理由つけて参加しようとしないんだそうだ」

「清坂だな」

「静内もいきなり今日の帰りロングホームルームでの提案だからしかたないとは思っているらしい。だが担任も少しきついことを言ったとかでまた雰囲気が悪化していると言っていた」

「担任っていうと、あの女の先生か」

 野々村先生、大学を卒業して間もないようなまだ若き女教師だった。授業を持ってもらっていないので乙彦もどういう印象かははっきり答えられないのだが、名倉は把握しているようだった。たしか古典と現代文両方の担当だと聞いている。

「どうなんだ、授業はおもしろい先生なのか」

「可も不可もない。ふつうだ。ただ、面白みはない。静内も同意見だ」

 結構乙彦のいないところで意見交換しているのだろう。名倉は様子を伺いながら続けた。

「自由研究のことも話した。やはり静内も俺たちと同様壇上で褒められたらしいんだがどうも担任がそれと比較する形で、問題の女子が関わっている自由研究テーマを批判したらしいんだ。なんでも『地に足がつかないテーマを選んで背伸びしようとしている』とか言いつつ、その女子をじとっと見つめたらしい。明らかにお前だぞ的な視線だとか言っていた」

 となると、清坂と一緒に組んでいる立村、羽飛の責任にもなるということか。哀れだ。立村が提出した自由研究のテーマについては、夏休み中少しだけ聞いた。青潟から諸事象で海外に飛び出し一生戻らず生涯を終えたひとりの画家についてだそうだ。乙彦はそれこそよく言って「現代美術」的な絵しか描けないのでなんとも言えないが、普通考えないテーマだと思ったことは確かにある。

「地に足がついていないかどうかはわからないが、立村から聞いた限りはかなり真面目に取り組んでいたようすだが」

「わからん。静内も実際は見ていないからわからないらしい。ただその時の例の女子がかなりダメージを受けていたらしいのでクラスの連中はざまみろ祭りだったらしい」

「それは女子だけか」

「男子も一緒だ」

 これは重症だ。いくら清坂が「男にだらしない」と誤解されるくらい仲良し男子が多かったとしてもクラスで馬鹿にされているのであればこれはしんどいだろう。乙彦も清坂と接して非常に疲れる女子であることは認めるが、一歩間違うといじめにつながるのだけは避けたいとも思う。他クラスのことだし口出しはできないが。

「いつも言っていることだが俺は静内の相手の女子も顔見知りだからあまり悪口は言いたくない。静内が正しいとは思うがな」

「俺も同意だ、奈良岡の友だちだ」

 同じスタンスにほっとする。

「ただ静内はクラス内で妙な僻みを受けていないようで安心だ。またどこかから盗作とか焼き直しとかいろいろ言われる可能性もあるが、クラスではそんなことなさそうなんだな」

「たぶん」

 一番の懸案事項が回避されたようで乙彦としてはほっとした。


 ふと、振り返ると反対側のテーブルに噂の主プラスひとり男子が仲良く席についているのを見つけた。タイミングが良すぎる。名倉も乙彦の視線を確認し小声で、

「あの女子か」

 かがみ込むようにささやいた。乙彦も頷いた。

「そうだ、清坂だ、あと羽飛もいるな」

「C組の評議か」

 乙彦は頷いた。ちらと様子を伺ってみると、ふたりは楽しげに語らいながら大きな紙袋を取り出しテーブルに広げている。工作道具らしきセットも用意しつつ、身振り手振り大きく何かを伝え合っている。ふたりの席には数人附属上がりの友だちらしき連中が声をかけているが、乙彦の見る限りB組の連中は見当たらない。

 ──噂をすればなんとやらだな。

 本当はあまり清坂に関わりたくない。きちんと一学期終業式の昼下がりに言うべきことは伝えたし遺恨はないはずだ。清坂もあれからは特に乙彦へまとわりついてくることもなくなった。笑顔で挨拶したり規律委員としてのやり取りのみだ。ただ、

「私は関崎くんのこと好きでいるから」

 の言葉だけがどこか小骨としてひっかかっているのも確かだった。うっかり飲み込んでえらい目に遭うのだけは避けたかった。

「少し気になることあるんだ。すぐ戻る」

 乙彦は立ち上がり、まっすぐ清坂たちのたむろうテーブルに向かった。相手もすぐ気がついたらしく微笑みを浮かべて手を振ってくれた。嫌われてはいない。


「関崎くん、いつもあのテーブルで集まってるよね」

 開口一番、清坂が名倉のいるテーブルを指差して尋ねてきた。

「ああ、指定席になっている」

「お前さんも、あのなんだ、立村を面倒見てくれて助かるよ」

 羽飛も特に刺なく機嫌よさげに挨拶をしてくれた。

「あいつ、またいろいろといじけてるんじゃねえかってな。さっき美里から聞いたけどなあ自由研究のことで」

「貴史やめなよ。立村くん聞いたら怒るよ」

 ──やはりここか。

 ふたりのやり取りで気づくのは、下の名前で呼び合っているところ。乙彦の知る限り男子と女子との間でそのやりとりは相当親しくないとしないはずだ。苗字ならまだしも。このふたりが物心着く前からの幼馴染で双子の兄妹のような関係であることを鑑みても、この親しさは第三者のバリアとなる。その中に潜り込んでいる立村との関係がよくわからないが。

 乙彦の思惑を知ってか知らずか、清坂はハサミと分厚いボール紙を並べたまま、

「そうだ。自由研究最優秀だったんだね、聞いたよ。おめでとう!」

 たっぷりとひまわりのエネルギーでもって笑顔を向けた。邪気はなさそうだ。

「ありがとう」

「俺のクラスでも持ちきりだったぞ。製本するんだろ? 見せろよ。楽しみだ」

「ああ、悪い」

 名倉から聞いたような寒々した感想ではない。少なくとも清坂に嫉妬の影はない。

 いい雰囲気なので、乙彦なりに気分を壊さないように尋ねてみた。

「ひとつ確認したいんだがいいか」

「どうぞ」

「もしかして、立村のピアノ練習に付き合ってやってるってことないか」

「誰が? 私?」

 一種ぽかんとした顔をした清坂だが、すぐに羽飛と顔を合わせて大きく頷いた。

「こずえから聞いた? そうよ、そうそう。先週は貴史来なかったけど、先週今週とこずえの家でピアノの練習つきあったよ」

 やはりそうだった。乙彦の読み通りだ。そのままぺらぺらふたりが状況を語りだす。

「立村くんのうちピアノないでしょ。だからこずえのうちで練習しているんだけど、男子と女子一対一だと誤解されるからってことで私も一緒。最初は貴史も一緒だったんだけどね」

「うちのクラスはご存知の通り、指揮者が燃えまくってるんだわな」

 にやりと羽飛が笑う。

「難波がすごいだろ。あいつ音痴なんだがいったん火がついたらすごいぞ」

「噂は聞いている。俺も指揮者だからな」

 想像がつきすぎる。

「貴史はそれでC組の練習最優先なんだけど私はやはりついてかないとまずいかなと思って。関崎くん大丈夫。たぶんA組の人たち立村くんがピアノ弾けるかどうか心配してるかもしれないけど、今猛特訓してるの私、見てるから。だんだん上手になってるのわかってるから。安心してって言っといて」

 両手を握り締め、清坂が乙彦に訴える表情に嘘は全くなかった。羽飛も援護した。

「そうそう、俺も先週は行けねかったけど、あいつピアノの先生にもついてるし音楽室で練習も毎日してるし、まじ本気だぞ。まあ英語科天才ピアニストを踏み越えてとんでもねえことしだしているかもしれねえけど、あいつの気持ちだけはほんとだから、うまく汲み取ってやってもらえると助かるよなあ」

「わかった。伝えておく」

「よかった、ありがとう関崎くん!」

 清坂たちに見送られ、乙彦は改めて名倉のいる席に戻った。


「何を確認してきたんだ」

「なんで静内のライバルが練習をさぼるかその理由だ」

 簡潔に伝えた。

「うちのクラスの伴奏者練習に付き合ってやっているだけのようだ。A組指揮者である俺としてはありがたいんだが」

「だが静内としては」

「難しいな」

 互い、顔を見合わせてため息を吐いた。

                

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